人間の王子様、狐のお姫様を探す

「──ウィリアム、すまない」


 庭園から戻り目の前でソフィアが消えた事を伝えると、兄上がそんな言葉を口にした。


「それは何の謝罪ですか。ソフィアに手を出した事ですか、それともエミリア様を止められなかった事ですか」

「ウィリアム。まるでわたくしが悪いような物言いね? 仕方ないでしょう。あの子がこの国、ましてや精霊にとって大切な子だとは知らなかったのよ」

「それはそうだとも。エミリアは我が国の王族でも、ましてや婚約もしていない異国人だからね。ソフィ……いやソフィア嬢自らにバラされてしまったけど」


 ソフィア本人も自覚しているのか分からないが、彼女はこの国をこの土地を愛してくれる限り王国にさちを恵む瑞獣ずいじゅうだ。

 この土地の精霊が彼女の祖母、クエール前伯爵夫人を筆頭にクエール伯爵家を同盟者友人とした事でこの国がやっと落ち着いたのが何十年と前の事。そしてその役目を継ぐ事を運命づけられたのがソフィアだった。

 しかしソフィアはひとり娘。いずれは婿を迎え、クエールの家を存続しなくてはいけない。そこに目を付けたのは王家だった。

 クエール前伯爵夫人は東の異国から来た。そんな彼女が家ごと祖国に帰ればこの国は痩せた土地になってしまう。クエール前伯爵夫人とその娘である現伯爵夫人は婚約が成立しなかったものの、ソフィアと近い年頃の子供──俺がいたから婚姻というくさびで繋ぐ事が出来ると王家は安心していた。


「──先王であるお祖父じい様も、まさかウィリアムが婚約について悩むと思わなかったのだろうね。ソフィア嬢はあんなに君を愛していたっていうのに」

「それは、そうでしょう。確かに最初はお祖父様に一生あのケモノを愛しなさいと言われて嫌悪を感じながら会ったのだから良い出会いになる訳もない。でもお祖父様も亡くなった今、彼女は自由に生きていい筈だと、そう思った」


 あんなに心の優しい子が、まだ右も左も分からない頃から大人の手によってこの地に縛り付けられているのが、心苦しかった。

 何度もその手を伸ばす事を辞めてくれないかと願いながら、しかし俺も彼女を縛り付ける物を外せずにいた。

 すると、キャロラインは俯きながら絞るような声を上げた。


「いつから、だったんですか。団長。いつから団長はソフィア様の事、」

「──出会って、数週間の事だ。ソフィアが体調を崩しているのを隠してまで会いに来て、庭園で倒れかけた事がある」


 あの時、木陰で横になっても苦しそうに息をするソフィアは、ずっと俺を心配していた。ふわりとした彼女の狐の耳を見たのもその時だったが、それすら愛おしく思えるほど、


「いつしか、大切な存在になっていたんだ」


 そう言葉にすると、顔を上げたキャロラインが涙を溜めて肩を震わせた。


「団長は、何故、ソフィア様にそうおっしゃって破棄しようとなさらなかったのですか! あんなに、あんなに優しい人をずっと傷付けてっ、団長は!」

「もし……ウィリアムがそう言ったら、彼女は自分の意思ではなくで行動に移すだろう。ウィリアムはそれが嫌だったのさ」


 俺の代わりに兄上がそう言った。


「──なんて、情けない。けれどお互いに想い合うが故に、どうにも出来なくなったその心中は察するに余りありますわね」

「ともかく、この事件の発端は僕だ。彼らの感情を考え無しに揺さぶって、結果、エミリアにソフィアの正体を見られ、そのソフィア嬢は消えてしまった。僕は王位継承権剥奪も覚悟の上で父にこの件を報告する」


 椅子から立ち上がり、兄上はデュランを伴って部屋を出ようとした。


「兄上、お待ちを。ソフィアの行方についてはクエール前伯爵夫人に聞けば分かる筈です。彼女が消えた時の精霊らしき子供の言葉から察するに、お祖父様の時代の話が絡んでいるかもしれません」


 兄上はそのアメジストの目を俺に真っ直ぐ向けながら、その根拠は、と問うた。父によく似た物事を冷静に見つめる目に応えるように、俺は頭でしっかりと整理しつつ解答する。


「あの精霊は俺に、最も愚かな人間の血を継いだ君、と言いました。それは王族を指しているのでしょう。この国はある時期に土地が痩せていた。土地が痩せていた頃は周辺諸国も知っている事です。そしてそれは、クエール前伯爵夫人が来た事で回復した」

「何が言いたい、ウィリアム」

「土地が痩せたのは、お祖父様が父上にも伝えていないがあったからだと俺は考えます。そもそも土地が痩せるという事件があったのはお祖父様が即位してすぐの事だ」


 俺も兄上も父上も、お祖父様ののような真似をしたくなかった。いや、クエール伯爵家と良い関係を築きたかったから過去を振り返ろうと、知ろうとしなかった。

 しかし、そのせいでソフィアが消えたのだとしたら。


「──俺は、クエール伯爵領へ向かいます」


 俺だけでもお祖父様の、身内が犯した事に向き合わなきゃいけない。例えそれを知った事でソフィアも許さないと俺を恨んだとしても、それを受け入れた上でやっと、彼女と正面から向き合える気がする。

 兄上は長く目を閉じてから、覚悟を決めた瞳を俺に向けた。


「ウィリアム、君がこれから行う事はお祖父様の──王家の尻拭いになるだろう。本来なら僕か父上が行わなくてはならない事だ。それでも、やるのかい」

「誓いましょう。ウィリアム・イーリス・アレキサンダーは、我がイーリスの王家の代表として、この件を解決すると」


 そう即答すると、兄上はいつもの柔らかな雰囲気を纏って宣言した。


「分かった。ならばこのルーカス・イーリス・アレキサンダーが全責任を持ってとソフィア嬢の奪還を許可する……父上と母上には僕が説得するよ」


 ありがとうございます、俺はそう口にして兄上の優しさに心の内で感謝した。

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