隣国のお姫様と狐のお姫様

 馬車に揺られながら王城へ到着して、すぐにルーカス殿下とエミリア様が控えていらっしゃる王城の奥、王族と関係者のみが立ち入る事が出来る「離宮」へと向かいます。

 王都の中心に堀で囲まれた王城は、大雑把に舞踏会や戴冠式等が行われたりする「王城」と王族や来国した貴賓の生活の場となる「離宮」と分けて呼称されます。

 執務・応接間と私室・居間で建物が分けられているのだと考えれば理解しやすいかもしれません。私室と言っても小さな屋敷ほどの建物ですし応接間も執務室も客間はもちろん、貴族の屋敷にある物は全て完備されております。

 その離宮の中、ルーカス殿下が暮らす王子宮のひとつ──紫水晶アメジスト宮の応接間に入りますと、殿下とエミリア様、そしてキャロライン様とデュラン様が迎えてくださいました。


「ソフィ、無事で何よりだ。そして紫水晶宮へようこそ。ウィリアムもお疲れ様」


 にっこりと微笑むルーカス殿下。その傍らには広大な麦畑を思わせる黄金の髪を優雅に下ろしたエミリア・ヨーレピオ様がこちらを静観しておりました。


「久方ぶりね、ソフィア。無事到着したようで安心致しましたわ。口が良く回る我が殿だけでは真相究明には至りませんから」

「お久しぶりですエミリア様。互いの安否が取れましたし、ひとまずは喜びを分かち合いましょう」


 ──ああ、この目は。この言葉に込められたものは。


「エミリア様、ご無事でよかったです」


 私を、責めるもの。

 分かっていても、悲しくて辛いのは変わりません。

 エミリア様はルーカス殿下との縁談が出る前から我が国イーリス王国と隣国ヨーレピオ王国間の信頼と平和の名の下、パーティーの来賓でいらっしゃる事がございました。その時に第二王子の婚約者としてご挨拶もさせていただき、学園という制度のある隣国の話などを年に一度話を聞くような関係でした。

 もう、あんな楽しい日々は帰らないのかも知れません。


「──まるで、私に虐められているような顔をしないでちょうだい。悪役になった覚えはありませんもの」

「そのようなつもりは、」

「いいわ、弁明しなくて。貴女が何を考えてルーカスに擦り付いたのかも知りたくないもの、事実ですから。この国の騎士や王族に愛されているとは言え、婚約者がいる身として恥ずかしいと思いなさい。打診しているヨーレピオとしてはいい迷惑です」


 その婚約者の心の内が知れるよと言われて殿下の計画に乗ったのですが、とは口にはしませんが思うだけなら自由です。

殿下には本当に然るべき対応をお願いしたいのですが──、



「まぁ、そういう訳で、私。浮気男は許せませんし、ルーカスではなくウィリアムと婚約させていただくわ。同じ浮気されたもの同士、仲良くしましょう?」



 まるでお伽噺のお姫様のような(実際にお姫様なのですが)、慈悲と親愛を感じさせる笑顔でエミリア様はおっしゃいました。


「え、エミリア、様……?」

「ルーカスよりは真摯な対応をしてくださる事でしょうし、貴方も興味のない女と結婚するよりはマシでしょう」


 よくお考えなさい? と笑みを深めてエミリア様はおっしゃいますが、ウィリアム様は眉間に皺を寄せて何か考えていらっしゃるようでした。

 私は今、ウィリアム様の心の中にある天秤の上で何と掛けられているのでしょう。ただ私はきっとウィリアム様にとって軽い存在でしょうしエミリア様の方に傾いてしまうと思います。

 でも私、貴方が、ウィリアム様が好きなんです。その思いに嘘偽りはないのです。


「──俺は、王位を継承する気はありませんが」

「あら、王位が欲しくて婚約するのではなくってよ。それに私と貴方が婚約を結ぶという事は2カ国間の関係がより強固に、より良好になると思いません? 私達が子を設けてしまえば更に良くなる事でしょうね」


 エミリア様の言葉は正しい。正しくて、私の勝ち目はない。感情的になってもいけないし理性的になろうとしてもエミリア様のおっしゃった事実に対抗出来るものは無い。

 私には、ウィリアム様を私の隣に引き留められるほどの物はない。


(そんなの分かりきっている事なのに、突き付けられると苦しい)


「エミリア、その。僕が悪かったから、後で事情を説明するからその話は一旦収めて、」

「ルーカスは黙っていて。本当に私は怒っているの、あんなにこの男を好きだとのたまっておきながらルーカスに唾をつけるような女だとは思ってもおりませんでしたから。裏切られたような心地だわ」

「でも君はウィリアムが好きって訳じゃないんだろう?」


 ルーカス殿下の言葉に、エミリア様は冷たい目を向けました。



「私達のような王族が恋愛結婚だなんて、本当に出来るとお思いなの?」



 ぷつり、と糸が切れたような心地がしました。


「ソフィア、」


 分かっているのに、ちゃんと頭では理解していたはずなのに、自分よがりな好意の気持ちを止められなくて、私はなんて子供らしい夢にしがみついているのでしょう。

 お伽噺のお姫様だって現実を精一杯生きて、王子様と幸せに暮らしたというのに。

 ああ、でも。

 最初で最後の恋くらい、好きな人に自分を好きになって欲しかった。

 ソフィア・クエールというひとりの少女の事を。


「──ソフィア、貴女その姿は一体」


 けれどウィリアム様をお慕いする期限はもう、とっくに過ぎていたのね。ごめんなさい、私がしがみついていたのが悪かったの。

 だから誰も悪くなんかない、私だけが悪いから、罰を受けるのは私だけにして。



「悪いわたしは去ります。どうか、おふたりはお幸せに。良い国を築けるよう、遠くからお祈り致しますから」



 もう狐の耳も尻尾も隠す事なく、私はその場から逃げるように立ち去りました。

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