王子様は狐のお姫様とお話するようです

 泣いている姿を見せてしまってご心配をおかけしましたので精霊の皆様へのご挨拶を早々に、お茶を始めている皆様の元へ戻りました。どこか先程より和やかな雰囲気になったような気がしますが、何かあったのでしょうか。

 それとなく何かあったのかお聞きしようとしたところ、ウィリアム様が私を呼びました。


「ソフィア嬢、その──この菓子を作ったのは貴女だとお聞きしたが」

「は、はい。そうですが」


 そうか、と昨日作ったオレンジピールとチョコがけクッキーをひとつふたつと口になさいました。お口に合ったという事でしょうか。それなら良いのですが。


「ウィリアム。そうじゃないだろう、もう少し何かこう、素直に美味しいよとかさ」

「そうですよ団長。それに、ソフィア様のお菓子は騎士団でも人気なんですよ、知らぬ存ぜぬではないでしょう」

「ああ、デュランが騎士団はソフィを慕ってるって……そういう?」

「これだけではないと思いますが、理由のひとつかと。女性騎士達にも人気ですから」


 えっそうなのですか。いつもお邪魔しているのでたくさん作って皆様もお食べくださいってお配りしてましたけど、これからはもう少し多めにお持ちした方がいいのでしょうか。


「その、今日のクッキーは初めて作った組み合わせでして、本当は少し不安です。いつもは美味しいと自信できるお菓子をお渡ししますから……」

「使用人はみな喜んでましたよお嬢様、自信を持ってください」


 そう言うアンは大事そうに食べていました。私も美味しいと思って食べましたがちょっとオレンジピールがポロポロ落ちてしまいそうなので、これは要改良でしょうね。


「そういえばウィリアム、この池の周囲が気になっていただろう。ソフィに案内してもらったら良いんじゃないか」

「兄上、一体──」

「も、森の地形を理解するのなら良い機会かと思います団長っ。ソフィア様、私からもお願いします」


 楽しそうに笑うルーカス殿下と私に頭を下げるキャロライン様。ウィリアム様もまぁ気にならなくもないが、と殿下に渋い顔を向けつつ言っておりました。

 そういう事で小さな貯水池の周りを歩く事になったのですが、その、


(ふたりだけで歩くのって、初めてだったりしませんか?)


 お会いする時は騎士団の皆様など近くに控える方がいらっしゃいましたし、ふたりっきりになった事があったかすら怪しいです。

 という事は、そういう事です。


(じ、実質逢引き……デートというもの、では?)


 幼い頃みたいに耳と尻尾が出そう、それくらい気持ちが高まってしまって。いえ、多分ウィリアム様は本当にこの池の周囲を見回っているだけの可能性もあってしまうのですが。

 それより、やっぱり私の好きな人かっこ良すぎませんか。さらさらに輝く黒曜石の髪や瑞々しいルビー色に涼やかな目はもちろん、かっちりとした騎士団の装備や王子然とした礼服の下にいつもは隠されている逞しさったら。「かっこよすぎてヤバい」というやつです。

 でも険しいお顔で周囲に目を向けていらっしゃっていて、これは歩くだけで終わりそうな予感……がしたのですが。


「それで、ソフィア嬢。兄上とはどういう関係なんだ」


 あっ、なるほど。ここで聞くためにふたりきりになったのですね。殿下に介入をさせない為に。


「ルーカス殿下との仲についてでしたら、殿下に関係の開示について一任しております。ですので……私からお教えする事は出来ません」

「ならばその……名前、は」

「ソフィ、は家族などに呼ばれている愛称ですので、何も変な事はありませんよ?」


 ウィリアム様とこのまま結婚すればルーカス殿下も家族ですし嘘はついてません。いえ、やっぱり嘘なので心は痛みます。

 ふと、ウィリアム様が足を止めました。


「俺も、貴女をそう呼んでも、構わないか」


 迷うように視線を泳がせて、そうおっしゃいました。

 えっ、構います……! 呼ばれたらどうしたらいいのか分からなくなりますし嬉し過ぎて本当に耳と尻尾出ちゃいます。大袈裟じゃなく、本当に。


「せ、せめて、ソフィアとお呼びください……それだけでも私は嬉しいです」

「そう、なのか」


 戸惑いが含まれた問いに頷きます。

 それにしてもどうしたのでしょう、いつもならこんな話題にはなりません。誰それがこんな事があって婚約に至ったそうですよ、と私から話を振っても僅かに眉間にしわを寄せて一言ぽつりと話すだけで、ウィリアム様から話を振るなんて。

 これは殿下様々という事でしょうか。


「ソフィ、ア。こんな事、俺が切り出すのもおかしいと笑うかもしれないが……貴女と俺はちゃんとお互い、話をしなくてはならないと、思う」

「へ、ひぇ……っ?」


 迷いがちに名前を呼ばれてその後に続いた言葉が非常に、非常に、意外で。言葉にもならない声が漏れてしまって。照れと好きな気持ちでいっぱいいっぱいなのです。

 メイドさん達が言っていた供給過多というのはこういう事を指すのでしょう、多分。


「やはり、おかしいか」

「おかしくなんてありません、けど、非常に不躾ですがその、ウィリアム様がそう言ってくださると思っておらず……嬉しい、のです」

「俺を嫌悪したり、嘲笑したりはしないのか」

「け、嫌悪や嘲笑なんて! 絶対にありませんっ」


 誰がそんな事言ったんですか! いや何かしらの腹いせでウィリアム様に申し上げたのかもしれませんが! 私はウィリアム様にそんな事しません、私がそう思うようなよっぽどの事なんてウィリアム様だって私に聞かせないと願いますが!


「──そうか」


 ひどく安心したような微笑みで、ウィリアム様が私を見ます。


 あっ待ってください、耳と尻尾出そう、貯水池一周するまで耐えられるかしら──!

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