精霊と狐のお姫様

「申し訳ありません。座り心地悪いでしょうに乗っていただいて……屋敷の大きな馬車が荷馬車しか無かったばかりに」


 ゴトゴト揺られながらそう謝罪しますと、ルーカス殿下が笑いました。


「いやいや、僕には貴重な体験だよ。それに王家の紋章の入った馬車に乗ってきたこちらも悪かったからね。服まで借りてしまったし」

「ご同行されるとの事でしたからね。煌びやかなものをお召しでしたし、洋服を見繕わせていただきました……お嬢様とふたりきりで楽しむ予定でしたのに」

「アン、皆様に我が領地の森を見ていただくのですよ? また今度ふたりで行きましょうね」


 最後の方は恨みが詰まったような声でしたのでアンを諌めます。すると、キャロライン様が頭を下げました。


「私も止められず申し訳ありません……まさかウィリアム団長まで同行するとおっしゃるとは思わず」

「──クエール伯爵領、特にこれから向かう辺りは地図にされていない森だからな、何も異変が無いか見に行く。それだけだ」

「一応我々はお休みの筈なのですが、こんな時でも仕事の話を持ち出すのですか団長……」

「本当に真面目だねぇ、ウィリアムは」


 と頭を抱えるキャロライン様とそれも面白いと笑うルーカス殿下。

 皆様、お屋敷の使用人の皆さんが着ていたお洋服を着ていらっしゃるのですが、振る舞い等がきらきらしいので少しちぐはぐです。

 特にウィリアム様に至っては、胸元がしっかりと閉まるシャツが無かったので鎖骨まで見えてしまっていて、流石に胸がこう、高鳴ってしまって。未だに鎮まってくれません。

 何でしょうね、筋骨隆々な男性ならお屋敷近くの村とかにもいるのですが。これはやっぱり好きな人だからでしょうか。


 そんな会話を交わしつつ荷馬車に揺られながら森に到着し、中へと入って行きます。


「──これが、クエール伯爵領の、森か」


 どこまでも空に伸びて行くような高い木々。居心地のいい気候に、柔らかな風に乗ってくる葉の香り。木漏れ日が優しく降り注ぐため中は薄暗い程度で、腐葉土でふかふかの地面を歩くのにも苦労はしません。


「アン。いつもの池から水を汲む量、間違えないでね?」

「当然です、この森に入ったお客様ですから」

「……ソフィア嬢。この先に池が?」


 アンと会話しているとウィリアム様に問われましたので、首肯します。


「はい。小さいですが、綺麗な水ですのでご安心ください。皆様をこれから、この先の小川を越えたところに管理している小屋とその池がある場所にご案内致します」

「なるほど、その小屋まで行くのがソフィにとってのお散歩という訳だね」


 あ、その呼び名まだ続けるのですね殿下。と思いつつそうです、と応えます。アンが睨んでるような気がしたのでダメよ、と小声で諌めましたが、心なしかウィリアム様も睨んでいらっしゃるような。何かあるのでしょうか。

 小川を超えてから少し歩くと、小屋に到着します。この森で私が大好きな、貯水池のほとりです。

 家族で池のほとりでお茶が出来るよう組まれたテーブルと椅子が置かれているので、濡れていないか軽く確認してから皆様をご案内します。


「皆様お疲れ様でした、こちらに座ってお待ちください。アンがお茶とお菓子を用意致しますから」

「えっ、ソフィア様は座られないのですか?」

「私は少しご挨拶をして参ります、キャロライン様もお客様ですから、ゆっくりしていてくださいね」


 そうにこやかに答えて、少し小屋から池沿いに離れた先を歩き、小さな石碑に着きました。ここからなら遠くて見えないだろうと思い、耳と尻尾を現します。

 姿を偽るのは、失礼ですから。


「──こんにちは、精霊様。ソフィア・クエール、ご挨拶に参りました」


 淡い光と共に、緑や青の精霊の皆様がやって来ました。森の動物達も精霊の皆様にご挨拶するようにやってきています。

 クエール伯爵領の美しいこの森は、。私達が行なっているのはこの地に元々いらっしゃる精霊の皆様や動物達と人間の均衡を保ち、守っているだけ。森の主人は精霊の皆様なのです。

 お婆様が主にこの森を付きっきりで守っていらっしゃいますが、近くに来た時はこうしてご挨拶に行くのがクエール伯爵家の決まりなのです。


「今日はお客様と来ましたので騒がしくなるかと思いますが、アンと私で責任持って……あっ、そうです……あの方がウィリアム様です」


 微かな声であの人? と花の精霊様に示された方には、お茶を口にするウィリアム様がいらっしゃいました。

 花の精霊様はみな、恋の噂が好きな方々が多いので私の話を覚えていたのでしょう。

 きゃあきゃあと楽しそうにする精霊の皆様。


「そうなんです、見目もとても素敵な方です。前にお話した、私が気を失いそうになった時木陰でずっと傍に居てくださった、優しい王子様があの方なんです」


 思い出しただけで胸があたたかくなります。

 ──出会って少し経った頃。

 王城の庭園にて睡眠不足(ウィリアム様にお会い出来るので寝付けなかったのです)などによる脱水症状で気を失いそうになった時、ウィリアム様は木陰に私を移してくださってずっと手を繋いでいてくださいました。

 その頃私はまだ彼を殿下とお呼びしており、後日お見舞いにいらした時に「ウィリアムでいい」と名前で呼ぶ事を許可してくださったのです。

 幸せでいっぱいで、この人が私の王子様でよかったと、嬉しくて仕方ありませんでした。


「ああ──本当に、この恋が叶うといいのに」


 思わずそんな事を呟いて、涙がこぼれてしまいました。


 精霊の皆様の前ですのに、淑女失格ですね。

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