穏やかな日々と狐のお姫様
舞踏会から二日後。私はお婆様のお屋敷での「療養」を満喫しております。
「お嬢様、こちら大奥様の祖国から取り寄せました
「ありがとうケンじいや。良い香り、美味しそうね」
「この前お読みになられた本の次巻が届きましたが、前巻までの本もお持ちしますか?」
「もしかしてあの本かしら。振り返りも兼ねてお願いするわね、アン」
ケンじいやもアンも楽しそう、なんて思いながら緑茶を口にしました。最初は渋くて苦くて苦手だった緑茶(今は慣れましたが)は、お婆様の祖国のものです。
王国からしたら何から何まで珍しい国ですが、私が一番好きなものは「キモノ」という衣服。ブラウスのようにもワンピースのようにも着られるとの事で、ドレスのコルセットに比べたらお腹の締め付けも強くないのでとても楽ですし大好きです。とはいえ私も着用は王都や領地の屋敷内に留めていますが。
だって、形はバスローブそっくりですから、初めて見た人は驚いてしまうそうで。お婆様もお母様も外出着にはしないですし。
因みにケンじいやもアンの一族同様そちらの国の方なので着方も熟知しています。でもキモノって本来ひとりでも着れるんですって、すごいと思いません?
「──ケン、アン。少しお下がり。そんな構いっぱなしじゃ楽しめるもんも楽しめないだろう」
そうため息混じりにやって来たのはお婆様でした。
「いやなに、大奥様に永らく仕えたせいかお嬢様が孫のように可愛くて」
「ケン、アンタは本当に減らず口だね。そりゃソフィは可愛いアタシの孫だから、お世話も精が出るんだろうけどねェ」
「これは失礼。ひぃ様が嫉妬なさるとは思わなんだ」
とても愉快そうに笑うケンじいや。実はお婆様が幼い頃から仕えていらっしゃるみたいで、こんな風にたまに言い合いをするくらいには仲が良いんです。
そんなおふたりが羨ましく思いつつ、やはり言い合いは止めたいので口を挟ませていただく事にします。
「あの、私はとても楽しいですよお婆様。ケンじいやも庭師のおじ様も皆さん良くしてくださってますし、近くの村の人達も私にと色々おまけして下さるって聞きましたし」
「ああもう本当、気付かないうちに甘やかされてるわうちの孫……」
「クエール伯爵家のお姫様ですからな、お嬢様は」
クエール伯爵家は別に王家とは関係は全く無いのですが、ルーカス殿下が仰ったように「クエール伯爵家の子は聡明」と言いますか、相手にとって利益となる事を周りに振りまいてしまうと言いますか……簡単に言えば「身の回りが幸せになってしまう」そうです。
というのも私達は狐でも「善い狐」らしく、豊穣やら何やら色々力を持っている一族の分家と言ったところでしょうか。
つまりは「なんかすごい力を持ってるから」王家でもないのにそんな「お姫様」なんて通り名が広まってるそうです。
今の王家に女の子がいらっしゃらなくて良かった、今でも不敬だと言われるかも知れませんけれど。
「そういえばソフィ。明日は予定あるかい」
お婆様がそう仰ったので思い返しますが、予定を作った覚えがありませんでしたので首を振りました。
「なら、森に行って挨拶して来るといい。天気も良く晴れるだろうし、たまには体を動かしておいで」
「それもそうですね、何かお菓子を作って持って行っても構いませんか?」
「別に構わないよ。代わりに、使用人達の人数以上はお菓子を作っておやり。ソフィの作ったものが食べたい奴らがここにはわんさかいるんだから」
「はい、お婆様の分も作りますね」
アタシはいいよ、なんて苦く笑うお婆様に微笑みながらアンと一緒にキッチンへ向かいました。
お婆様のお屋敷には少人数ですがケンじいや以外の使用人がいらっしゃいます。庭師のおじ様にメイドさん達、あとは料理人のおふたりです。
「おや、ソフィアお嬢様。如何様で?」
「こわぁい大奥様に怒られました?」
キッチンに顔を出すと、おふたりが気付いてくださいました。ちゃんとしたお名前は知りませんが、ゆったりとした女性はマルさん、ひょろりとした紳士はノッポさん、とお呼びしています。
「いいえ、明日お出かけする事になったの。お菓子を作りたいから、使ってもいい材料あるかしら」
「お嬢様が作るものでしたら何を使っていただいても構いませんよ」
「そうですよぉ。でも、たくさん作るならクッキーにします? それならトッピングとか持ってきますからおっしゃってくださいなぁ」
「はい、お嬢様! オレンジピールが食べたいです!」
と目を輝かせたのはアン。この前作ったのそんなに美味しかったのかしら。
「オレンジピール……ああ、オレンジの皮ならあるからそれを使えば作れますな」
「せっかくです、それを刻んでチョコかけたクッキーの上に散らして食べませんかぁ?」
「美味しそうね。それを作ってみましょうか」
「わぁ、もう、嬉しいですお嬢様っ」
本当に好きなのね、アンってば。
「明日食べるのだから、喜ぶのは早いわよアン」
なんて笑いながらクッキーを作って、冷蔵庫に寝かせて、眠った……のですけど。
「──あの、これはどういう事なのでしょうか?」
早朝、淡いライトブルーのキモノをブラウスのようにして長いスカートを履いて、ちょっとおしゃれをしましたけれども。
「後日話を聞くと宣言したので来たのだが」
「そんな弟が心配で来たよ」
「お、おふたりの護衛です」
殿下とウィリアム様とキャロライン様が、お忍びで来るとは流石に予想しておりませんでした。
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