もうひとりの王子様と狐のお姫様

 それから幾日か。

 とある方から王城に呼ばれまして、馬車の中。


「お嬢様、本当に何も心当たりは無いのですか?」

「確かに私はウィリアム様の婚約者、関係があるとしたらそこかしら。でも理由は分からないの」

「……ルーカス殿下が呼ぶ理由ですよ?」

「本当に無いのよ。信じてちょうだい、アン」


 私だってその理由聞きたいわ、本当に。

 ちなみに一緒にいるのはお目付け役のアン。歳上のお姉さんみたいな存在で、私のお目付け役兼護衛。つまるところ万能な侍女と言いましょうか。お婆様の祖国からやって来た一族だそうですが、年齢いくつなんでしょうね。お母様より若い女性にしか思えないのですが。


「それにしても、お嬢様は今日も美しく愛らしいですね。輝く白銀の髪も柔らかで淡い青緑の瞳も、お嬢様の優しさと気高さを表し、柔らかでふわりとしたお肌は白く、女性ですら羨望を覚えそうな……本当にウィリアム殿下は大馬鹿だと思います」

「もう。私が頑張ればいいだけなのよアン、ウィリアム様に好きになっていただけるようにね」

「ソフィア様、本当にあの方が好きなんですのね」


 こくりと頷きます。そっけなくったって私にとっては好きな王子様です。

 ウィリアム「様」とお呼びしていいと言ってくださったあの時だって、あの静かな木陰の中の時だって、私はウィリアム様がどんどん好きになってしまって。

 どうしたらこの気持ちが彼に正しく伝わるかずっと考えているのだから。




 ──そう、考えているのですが。


「あの、恐れながら殿下。今、何とおっしゃいましたか」

「ソフィア嬢。ウィリアムではなく僕と婚約を結び直さないかい」


 春の日差しのような優しくて柔らかい笑みをたたえながら目の前の男性、ルーカス殿下はおっしゃいました。

 ウィリアム様と同じ黒色の少し長い髪をひとつに束ね、アメジスト色の瞳をした穏やかな人。この国の第一王子で、体が弱い代わりにまつりごとに長けたウィリアム様のお兄様。

 あまりお話した事はありませんが、これは求婚されていると見て問題はないでしょうか。


「何故、私が殿下と……?」

「知っての通り、僕は王位継承する可能性が高い。それなら君のような、気遣いも出来て頭の回りが良いご令嬢が求められる。ゆくゆくは王妃として振る舞えなければならないからね」

「それはその通りと思いますが、私は殿下が考えているような淑女ではございません」

「いいや。君は我が弟によく気遣い、領民がよりよく過ごせるような施策を当主に提言し、性差関係なく相談を受けては適切な助言をすると聞いている。そのおかげで言い寄る令息も多くない、ともね」

「恐れながら……提言や助言が適切かどうかはその方の考えや捉え方次第です。私は歯車の噛み合わせをひとつ変えたり別の歯車に変えたらどうかというような小さな事しか言っておりません。それが良い方へ向かっただけです」


 そう、まぐれ当たりというやつです。ピンと来たので発言したというべきでしょうか。

 とにかく「こうすれば良くなる」と分かって言った訳ではないのです。

 お婆様的には「まぁそりゃ直感てやつかね。野生的な勘にも近いが、それを言語化出来る辺りはソフィの実力だよ」との事ですが。お母様もよくお父様に提言なさっていますので、これは我が家の特徴なのかもしれません。


「それと、ウィリアム様への気遣いは、おそらく私がウィリアム様と文通したいから送っている手紙などを指しているのだと思われますが……それはウィリアム様が好きで、たくさんお話したいから送らせて頂いております」


 だって、まともにお話して下さらないんだもの。

 お返事が来ないかといつも待って、ルビーを見れば思い出して、見かねたウィリアム様の部下──第二師団の副団長、キャロライン様(とても文武両道のお優しくて素晴らしい女性です)からウィリアム様の様子を書面で送ってくださるのが唯一の救いです。

 そんな思いに頭を巡らせていますと、ルーカス殿下はくつくつと笑い始めました。


「分かった、分かったよソフィア嬢。ああほんと、我が弟は愛されてるなぁ」

「あの、殿下……?」

「先に謝らせておくれ、君の我が弟への想いを少しでも疑っていた事を」


 疑う、と言われて少し怒りたい気持ちはありましたが、殿下は話を続けます。


「君が知性的な魅力のある女性であるのは事実だけど、そんな女性が自分を避ける相手に、しかも自分の弟に健気に手紙を送っていると聞いたら、少し話したくなってしまってね。それに、弟を好きだと言うのは何か裏があるかもしれないと心配するのは家族として当然の権利だと理解しておくれ」

「……殿下の心中は概ね理解致しました。ですが、疑われて呼ばれていたとも分かりましたのでそこはとても悲しいです」


 一度だってウィリアム様への想いは揺らいだ事ありませんのに、心外です。まぁそれを本来ならウィリアム様に伝えられればいいのですが。


「本当にすまない。けれど、これが本題で呼びたかった訳じゃないんだ」

「本題、ですか」


 この話は本題では無かったんですね、それは良かったような良くないような。複雑な気持ちです。


「──率直に言うよ、ソフィア嬢。僕と共謀してくれないか?」


 穏やかな日差しも長く照りつければじりじりと暑くなるように、ルーカス殿下は少し悪戯っぽい笑みでそう言いました。

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