狐のお姫様は王子様が好き
月日は経ちまして、あれからもう10年。
舞踏会にお茶会、それから妃……ではありませんが王族に連なる者としてのお勉強も始まりました。大変ではありますがこれも婚約者──ウィリアム様の妻となる為に必要な事ですから努力しております。
16歳となり、同い年のご令嬢には婚約者を探す方がいたり、顔の良い殿方を見てはきゃいきゃいと話に花を咲かせる頃です。
「ソフィア様は婚約者探しをなさらなくてもいいですわねぇ……私、今週何回舞踏会に行ったか分かりません」
「恋愛結婚なんて夢のまた夢ですよ、ソフィア様はともかく」
ちくちく。心が痛みます。
楽しいお茶会でしょうに。
「何度も言っていますが、好きなのは私の方だけですよ? 久しぶりにお会いしても『話に聞いてはいたが息災そうで何よりだ』と昔と変わらず一言告げてだんまりです」
思わずため息がこぼれてしまいました。でも本当にそうなのです。
ウィリアム様は王子と言っても王位継承権は第二位。第一位のお兄様、ルーカス様がいらっしゃるので、ウィリアム様はその補佐として国の守護を御身で担う──つまりは王国騎士団の第二師団長として王国各地を飛び回っています。
なのでひと月ふた月は間が空いて会う事も珍しくないのです。私は寂しいのですが、そんな顔を見せて余計な心配をかけさせたくないのも本心ですし。そういう気持ちを見せれば少しは、とも思いますがウィリアム様に好かれていない以上は鬱陶しがられる事はしたくありません。
「殿下はお忙しいと聞きましたわ、ソフィア様に心配かけさせまいとしているのでは?」
「そうだと良いのですけれど、現状では分かりませんわね」
もしそうだとしても、リラックス効果のあるハーブティーに御身が心配ですと手紙を添えても、手紙は返ってこないですし言葉で返ってくる事もありません。
まぁ、なんだかんだそういったクールなところも素敵だと思いますけれども。
「そういえば、ソフィア様。また求婚されたと聞きましたわ」
「はい、もちろんお断りしましたよ?」
一気にその場が冷たくなっていきました。
舞踏会デビューをしてから、実は何度か求婚をされています。貴族社会ですもの、婚約者がいる方も少なくありませんし、婚約者が望んだ相手ではない事も多いものです。
お父様やお母様のような恋愛結婚なんて、令嬢の憧れと言われるくらいです。
とどのつまり、婚約者のいる殿方から求婚されたのです。求婚されても私にはウィリアム様がいますから即座にお断りですが。
「ソフィア様が誘ったという話もありますが?」
そうおっしゃった令嬢を見ますと、肩が小刻みに震えています。先日の殿方、貴女の婚約者様でしたからね、ジェシカ様。とは言わずに優しく笑って応えました。
「私にはウィリアム様がいますから、そんな事致しません。それに誘うだなんて、品位のない事も」
「──でも、あの人の心を奪ったんでしょうっ! 泥棒猫!」
涙をいっぱいこぼして、彼女はそう言いました。
何度も何度も似たようなものを見て慣れてしまいましたが、彼女達の事を自分に置き換えたら私だってはしたなく泣くでしょうから先程の発言が無礼だとも思いません。
(それに私、猫ではなく狐ですが……って違いますね)
「皆様ご存知の通り、私はウィリアム様を愛しております。それに私が心を奪ったとおっしゃっていましたが、不特定多数の殿方を魅了する為ではなく、ウィリアム様に相応しい女性として努力しております」
「私が、美しくないとでも言いたいのですか、魅了させるだけの努力をしていないと?」
「いいえ。私を怒ってもなじっても構いませんが、好きな相手を振り向かせようと努力した方がいいというお話です──私もまだ力不足ですので一緒に頑張りましょうね」
そう言うと、相手のご令嬢は気分が悪いので帰ります、と立ち去ってしまいました。あら、大変。
まぁ、言われるのは分かっていました。こういう事は何度もありましたし、ウィリアム様の婚約者である以上は嫉妬や恨みを買う事も重々承知ですし、お婆様によく似て魔法の力が強いからそれに妬みも嫉みもすると聞いていましたから。
そんな調子ですから、お茶会もやはり微妙な空気で終わってしまいました。今回の主催のご令嬢はさっきのご令嬢をもう呼びませんって言ってくださいましたけど、こんな話を持ち込まれてどうなるか、あの方が分からなかったのが一番の原因かと思います。
けれど、私は一応当事者ですしなんとなくこうなる事は分かっていながら参加しましたので、謝りました。
「そ、ソフィア様が謝る事ではないでしょう」
「いえ、これで貴女の心が晴れたらと思って……それに私、ここのお茶会が好きです。社交シーズンで皆様々な思いを抱えているのですし、また穏やかにお茶を楽しみましょうね」
そう本心で伝えると主催のご令嬢、ナンシー様は目の端に涙を浮かべて笑ってくださいました。
私にも心を砕いてくださるほど性根の綺麗な方ですから、彼女とお茶していてとても落ち着くので好きです。
──それにしても、やはりウィリアム様ではない方から好意を寄せられるのは、心にきます。
その殿方をお慕いする令嬢からの暴言、私をはしたないと嘲笑する令嬢からの視線、色んなものに慣れてはいても心は傷付きます。
「それでも、私は好きな人に好きになって欲しいだけです」
ひとり馬車の中でぽつりとこぼした独り言は、誰にも聞かれないまま消え入りました。
ウィリアム様は今何を考えているのでしょう。
ウィリアム様は何をして過ごしているのでしょう。
その中に私を考える時はあるのでしょうか。
……きっと無い方がこの国の為とは思いますが、いつか私を見てくださるのでしょうか。
「なんて、私らしくないわ」
ああ、早く帰って刺繍でもしようかしら。もちろんウィリアム様の事を考えながら。
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