もふもふ令嬢は好きな人に好かれたいだけです!

ろくまる

悪い病気になった狐のお姫様

「ああソフィ! 我が娘ながら可愛いなぁ!」


 私を愛称、ソフィと呼びながら頬を赤くさせながらうっとりとするのは私のお父様。


「そうねぇ、ソフィはお母様そっくりに産まれましたから」


 苦く笑いながらお父様をそっと嗜めるのは私のお母様。

 お母様のお母様、つまりお婆様の若い頃はとても美しく可愛らしい淑女だったそうで、私もそれに倣ってお勉強をしています。

 ──ですが私、ソフィア・クエール。今日は婚約者様とお食事会。初めてお会い出来る日なのです。

 楽しみで仕方なくて、少し小躍りしてしまいそう。


「──あっ、ソフィア! その!」


 びっくりして止まりました。

 恐る恐る頭の上を触ると、髪の毛ではないふわふわの感触。侍女が慌てて持ってきた鏡を見ると、真っ白な色の耳がふたつ。これは狐の耳です。


 実はお婆様は狐(それも異国の狐のお姫様? だったらしい)です。それがクエール家前当主であらせられるお爺様に惚れて嫁いだとかなんとか。それでお母様も私も半分狐なので、他の人が驚かないように耳と尻尾は隠しましょう、と言われています。

 この国、イーリス王国の王様達はこの事を知っていて、機会があれば婚約をさせましょうとの誓約? があり、この度私に白羽の矢が立ったそうです。

 そもそも白羽の矢ってなんでしょうね。お婆様が嫌そうに言ってたのでマネはしましたが、私は見た事ありません。


 ぽんぽん、と耳を隠してはみたものの、私の魔法(本当は違うそうなのですが、魔法でいいわよとお婆様が言ってました)はまだ上手くないので、ヘッドドレスを付けましょうという事になりました。

 白いレースにかわいい赤いリボンのヘッドドレスは今日のお洋服にぴったりで嬉しくなりました。




 そうして、お城に到着しました。真っ白なその姿はちょっと眩しいですが、赤い絨毯は毛足がちょっと長くてふわふわします。

 お父様は歩きにくければ抱っこしようかと言ってくださって、早く婚約者様にお会いしたかったので私はお願いしますと甘えました。そうすると、色んな人と目が合います。

 かわいい、妖精さん、天使かしら、などなど。お母様もお父様も満足そうですが、私としてはレディとして見てほしいので、綺麗や美しいもくださいな。

 ふとそんな事を考えていますと、いつの間にやら王様のいるお部屋の扉の前に来ていました。ここからは歩きますのでふかふかの絨毯に降ろされました。


「──クエール伯爵、伯爵夫人、及びご令嬢がお見えです」


 騎士様がそう言って扉を開けてくださいました。強そうなお兄さん達だなぁと思いながらお母様に手を引かれて中へ入ります。

 シャンデリアも調度品も家のものよりキラキラしていて、ちょっと落ち着きません。お婆様が木製の方が落ち着くわと言っていたのを思い出します。


「おお、噂に違わず可愛らしいお嬢様だ。こんにちは、ソフィア」

「ええと──こんにちは、国王陛下。クエール伯爵家の娘、ソフィア・クエールです。本日はこのような席を設けてくださりありがとうございます」


 いきなり声をかけられて思わずこんにちはと返してしまったけれど、その後はお母様と練習した通りに出来た。心配ではあるけれど。

 でも王様は上手なご挨拶だ、とお褒めくださいました。声に出したらお耳がぴょんと出てしまいそうですから、顔だけ喜ぶ事にしました。


「ほれ、ウィリアム。お前も名乗らないか」


 王様にそう促されてやって来たのは、透き通るような鮮やかなルビー色の目が素敵な王子様。髪はとても綺麗な黒色で、お部屋のどの物より、いいえ世界で一番キラキラしてます。

 私より背もおっきくて、ひとつ上のお兄さんで、


「かっこいい……」


 思わず呟いてました。ヘッドドレスが無かったらお耳が出てたでしょうし、尻尾も出ていたかも。

 そんな私にムッとしながら、王子様は言いました。


「──ウィリアム・イーリス・アレキサンダーだ。俺はあなたを好きにならない。よろしく」


 えっ、と思わず言葉にしました。


 だって、それって、私が好きじゃないって事でしょう?

 そんな事を言われるのに慣れてませんし、かわいいって思われるように努力してももっと必要だって分かってしまったんです。




 静かなお食事会が終わってお家に帰ると、お婆様が迎えてくださいました。お母様がこっそりご連絡してたんだそうです。

 雲の色の髪、お日様の色の瞳、紫の細いドレスを着たお婆様。とっても綺麗なお花みたいでした。

 そんなお婆様の姿を見て、思わず泣いてしまいました。ずっと泣くまいと我慢してたのに、お婆様がいつもと違って腕を広げて待っていてくださってたから、抱きついて泣いてしまいました。


「まったく。こんなに可愛らしいお姫様になんて言葉をかけるのかしらね、クソ王子」

「私の婚約者様を悪く言わないでくださいなお婆様ぁ」

「ああすまないね、ソフィ。それにしたって、言われた通りお上品に出来たんだろう? 一体どうしたってんだい」

「私……王子様に、かっこいいって、言っただけです」


 それを聞いてお婆様は目を丸くしました。


「──ソフィ。王子様の事考えてごらん。どんな感じがする?」

「胸が、ちょっと痛いです。爪でつんつんされてるみたい」

「王子様に言われてどう思った?」

「どうしてって、思いました。私、もっとかわいくなりたいって思いました」


 思い出しただけで悲しいです。目から涙が溢れて止まりません。

 そんな私の頭を撫でて、絵本を読む時の声でお婆様は言いました。


「ああ、そりゃ恋の病だよ」


 私、いつの間にか病気になってしまったみたいです。


「お婆様、その病気はどんなものですか?」

「タチの悪い病気だよ。絵本のお姫様みたいになれば、悪い魔女のように苦しんでしまうのさ」


 なんて悪い病気なのでしょう。とても怖いです。涙がまた出てきてしまいます。


「どうすればいいの、お婆様。私は王族じゃないのでお姫様ではないけど、治るでしょうか?」

「そうさねぇ……ソフィが素敵な淑女になれば、勉強を頑張れば、少しは婚約者殿も振り向いてくれるだろうし……そうなればいい方向にいくだろうね」


 優しく頭を撫でてくださるお婆様は、どこか嬉しそうです。

 本当に、悪い病気なのでしょうか。




 ──そんな事を当時の私は考えていましたが、お婆様の言っていた事は「悪い病気」ではなく「どうしようもない」という意味だった事を知ったのは、社交界のお披露目の数週間前だったのでした。

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