第5話

 憂鬱な思いで迎えた日曜日.......だったのだが、それは、まず起きたところから破壊されていた。


「おはよう!」


 驚くことに、というか初めての体験だ。漫画やアニメで見て、憧れを抱いた男子は少なくはないだろう展開──女の子が部屋を訪れ、自分を起こしてくれるという幸せイベント。

 俺の場合は、もちろんというか、なんというか、その女の子は恋人である彩夏さやかだった。


「ど、どどどうして?!」

「ふふっ♪理戸りとが目を覚まして、私が一番に会いたかったから」


 なんでそんな、俺が長期入院をしていたみたいな言い方をするのだろう──違うよな?ここは俺の部屋だ。


「その反応......もしかして忘れてる?おじいちゃんじゃないんだから」

 

 小馬鹿にして、明確な回答をしてこない彩夏に若干イラつきながらも「なんだっけ?」と聞いてみる。


「お誕生日おめでとう!」

 

 そう言って、綺麗に包装された包みを俺に渡してくる。

 

 誕生日?......あ、そうか。今日、俺の誕生日だった。


 彩夏の件で俺は完全に忘れていた。


「あ、ありがとう!」


 突然のサプライズに俺は嬉しくなり、ここ数日の悩みのことなんて忘れてしまいそうになっていた。


「従弟の好みが混じってると思うから気に入ってもらえるか分からないけど......」


 そう言われながら包みを開けると、中には俺好みの服が入っていた。従弟の好みと言いながらも、しっかりと俺の好みも取り入れてくれている服に思わず感動してしまう。


──ん?従弟?


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「きゃっ!どうしたの急に、まだ寝ぼけてるの?」


 心配そうに俺の顔を見て来る彩夏。

 俺はそんな心配をよそに、一人、自分の悩みが解決されたことに本日何度目かの感動を覚えていた。


***************************


 俺の思い違いというか、勘違いを───しかも、かなり最低な部類のものを彩夏に真実を問うために話すのは悩んだが、目の前に現れた光を掴み取らない手はないと思ったので、ここ数日のことを正直に話した。


「もう!私が浮気なんてするはずないでしょう!!」

「......はい、すみません」

「でも、今回は私が悪いかな。理戸に見られる可能性なんて考えてなかったから。琴音先輩にも協力してもらってたし」


 聞き捨てならない名前が出て来て、俺は驚く。


「琴音先輩に?」

「うん。サプライズをしたいから、足止めしてください!って。理戸くんと仲良いの知ってたからさ」


 俺と琴音先輩のが委員会をきっかけに仲良くなったのを以前、彩夏に話していた。


「琴音先輩『任せてください!!』って、言ってたんだけどな」

 

 そう不思議そうにしている彩夏を見て、あることに気づく。


「彩夏、なんで、まぁまぁ暑くなってきたこの時期に上着なんて来てるんだ?」


 しかも、チャックまで全部閉めて。


「あぁ、うん、これはね......」


 なにやら恥ずかしそうにチャックを下ろし始める彩夏。


「それって......」

「えへへ、ペアルック......みたいな?」


 俺は、思わず涙ぐんでしまう。


「ごめん、ごめん」

「えぇ?!どうしたの??さっき話してくれたことなら怒ってないよ!」


 分かってる、彩夏はもう、そんなこと気にしてもないだろう。でも、これは自分の気持ちの問題。

 なぜ、こんな、俺にはもったいないくらいの優しい彼女を、俺にはもったいないくらいの愛を向けてくれている彼女を疑ってしまっていたのかという罪悪感──それが、押し寄せてきてるのだ。


***************************


「良かったじゃないですか、誤解で」

「良かったじゃないですよ!なんで、教えてくれなかったんですか!」

「教えたらサプライズにならないじゃないですか!」

「なら何で尾行なんて提案したんですか!」

「浮気されてると思い込んで、そのことで頭一杯になれば誕生日のことなんて忘れそうだと思ったんですよ」


 彩夏とペアルックデートをした翌日、俺は琴音先輩を問い詰めていた。


「一歩間違えたら大事でしたよ!」

「だから聞いたじゃないですか。『理戸くんは今、彩夏さんのことをどう思ってるんですか?』って。そしたら『そんな簡単に嫌いになれるなら、尾行なんてしないですよ』って言ったじゃないですか」


『疑いたくないから、信じたいから今日ここにいるんです』とも言った記憶が、残念ながら鮮明にある。


「そもそも、彩夏さんが理戸くんに最初に見つかったのが、いないんですよ!その所為で私がどれだけ苦労したことか......」


 確かに、あの日の時点で失敗しているように見える計画だが、でも──。


「いや、あの日も琴音先輩は足止めを頼まれていたはずですけど?」

「先生に呼び出されてて、その間に理戸くんが帰ってしまってたんです!」


 意地でも自分の非は認めない先輩。まぁ、でも、いいか。


「全部丸く収まったんで、今回は許してあげますよ、先輩」

「なぜ、カップルのサプライズを優しさで手伝ったのに、私が悪者になってるんですか」


 拗ねる先輩をなだめながら、俺は先輩にお礼を言う。


「ありがとうございます。道中がどうであれ、結果的に先輩のお陰で、より感動するサプライズになりました」

「どういたしまして。これからも二人仲良く幸せにお過ごしください」


 そういう琴音先輩の表情は、いつしかの時と同じ、寂しそに見えた。


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