第30話 クリスマス

 小さな姿でふわふわと浮きながら、タユが電飾の巻かれたおもちゃの木を見つめていた。食堂の棚に飾ってある小さなクリスマスツリーは、今年の役目を明日で終える。そしてタユは、クリスマスツリーの隣の写真に目を移した。

「朋世。この写真はいい写真ですね」

「うん。ロイさんが印刷してみんなに配ってくれたから、私も持ってるんだ。データももらっちゃった」

「ラウも嬉しそうです……」

「この時、タユはまだいなかったもんね」

 タユは、寂しそうな顔をしている。

「写真に写っているラウも、あの世に写真は持っていけません……それに……」

「それに?」

「……ラウがあの世に帰ってしまえば、この写真からは消えてしまうと思います」

「そうなんだ……」

 私は、寂しいというより、怖くなった。明日のクリスマスになれば、リリーの小説をみんなで読むことになっている。その時にリリーに何か起こってしまうのかと、不安になった。

「しかし、この絵は何も変わらずに、そのまま残るでしょう。ラウもリリーもそのままで……」

 そう言ってタユは、私とリエさんとリリーで共作した結婚祝いの絵を指差した。


 夜になり、館の住人はみんな食堂に集まっている。

「乾杯!」

 日付が変わればリリーの小説を読むからという理由で、誰も酒は選択しなかった。そして、みんなりんごジュースで乾杯をした。食事を摂る必要がないリツさんやリエさんも、今日はりんごジュースを手に取った。

「旨い! やっぱりりんごジュースじゃのう。ところで、クリスマスケーキはまだかのう?」

「ラウ、もうケーキの話をしてるのか! デザートはあとからだよ」

「わしはケーキがメインじゃ」

 青年姿のラウの催促に、ロイさんは呆れた顔をしながら笑っていた。

「じゃあ、もうケーキも持ってくるか。リツ、君はケーキはどうする?」

「一口だけもらおうか」

「えっと、リエはどうする?」

「そうね、私も一口だけ」

「時山、ケーキを頼む」

 ロイさんが時山さんに指示したのを聞いて、私もケーキを運ぶために時山さんのところに行った。すると、裕也もついてきた。


「時山さん、私も手伝います」

「俺も」

「おや、お2人ともありがとうございます」

 時山さんはお礼を言ったあとも、私たちを眺めていた。そして、落ち着いた口調で、こう言った。

「お2人とも、随分この館の仕事に慣れましたね。頼もしい限りです」

 私は裕也と顔を見合わせ、また時山さんを見た。

「私はこの館で働けて、本当によかった」

 時山さんは前を向きながら、寂しい言い方をした。


 食堂にケーキを運ぶと、ラウが立ち上がって両手の拳を握り、歓声を上げた。

「苺がいっぱいじゃあ!」

「ええと、ケーキを1ピース召し上がる方は、ロイさん、三佳さん、裕也さん、朋世さん、ラウさんで、一口ずつがリツさんとリエさんですね」

「時山も、よかったら食べてくれ」

「それでは……8等分でよろしいでしょうか?」

「うん。ラウに2つやってくれ」

「やったぞい!」

 ラウが熱い視線を送る中、時山さんは苺が敷き詰められたホールケーキを、包丁で8等分にした。そのうちの1ピースから、一口ずつお皿に取り分けて、時山さんがリツさんとリエさんに配膳した。ラウには2皿のケーキが置かれ、ラウはしばしケーキを眺めている。その様子を、小さいタウが空中に浮きながら、じっと見ていた。不意にラウがタユの方へ振り返ると、ラウは小声でこう言った。

「お主も食べたいんかのう?」

「いえ……私は食べなくて大丈夫です」

「……旨いんじゃぞ」

「いえ、本当に」

 ラウとタユは問答を続けたあと、タユはラウの前にあるケーキの生クリームを小さな指ですくい取り、口に運んでいた。するとタユは感動した様子で、声を震わせている。

「甘いって、甘いって……すごいですね」

「……これ、一つ食べるか?」

「いえ、そんな……私は……大丈夫……」

 言葉とは裏腹に、タユの目はケーキに釘付けだった。私は、余っているケーキを目で確認してタユに話しかけた。

「タユ、リツさんとリエさんに一口ずつ取ったケーキの余りがあるけど……」

「え! それ、いただけるんですか?」

「時山さん、これ余ってますよね?」

「ええ。タユさんに食べていただけたら、綺麗になくなります」

 この館に姿を現してから今まで食事をしたことがなかったタユは、リツさんやリエさんと似たような状態なのかもしれない。しかし、食べ物の味を知りつつあえて食事をしないリツさんたちとは違う。先ほど初めて食べ物を口にしたタユは、とても感動した様子だった。

「タユ、それならさっきお主が生クリームを取ったケーキと交換でどうじゃ?」

「ラウ……ありがとうございます」

 するとラウは、自分のケーキと余りのケーキを交換した。タユはつやつやの苺が乗ったケーキを見つめた。そして手を叩き、普通の人間の大きさになった。

「リツさんとリエさんは、一口で済むなんて……」

 タユは独り言を言いながら、フォークを使ってケーキを食べていた。


 私がケーキを食べ終わると、リツさんが私に声をかけた。

「朋世、すまないが、コーヒーをお願いできるかな?」

「はい。ブラックですか?」

「ああ、ブラックで頼む」

「夜に飲んでも大丈夫ですか?」

「……今夜は、リリーの小説を読むからな」

 すると、私たちの話を聞いていたリリーが、こんなことを言った。

『ねえリツ、朋世の作るコーヒーはそんなに美味しいの?』

「え? ああ……そうだな」

「ふふ、どうしたのリリー? そんなこと聞いて」

 私は笑いながらリリーに尋ねた。

『私も朋世が作ってくれるコーヒーを、飲んでみたかったわ』

 そう言うリリーは微笑んでいたが、寂しそうな顔にも見えた。


 食事の後の片付けも済み、私たちは食堂でくつろぎながら、日付が変わるのを待っていた。

『ねえリツ、今何時?』

 リリーの言葉を受けて、リツさんは壁にかけてある時計を見た。私も時計を見ると、時計の針は0時を過ぎていた。

「0時7分くらいかな」

『ありがとう。じゃあラウ、本の用意をお願いね』

「わかったぞい。みんな、席に着いてくれるかのう」

 そのとき、時山さんはいつも通りに食堂の入り口付近に立っていた。するとロイさんが、時山さんに声をかけた。

「時山、今日は君も一緒に座ってくれ」

「……かしこまりました」

 時山さんが端の席に座ると、ラウが手を叩いた。すると、各々の目の前に、本が1冊ずつ現れた。

「この本はわしからのプレゼントじゃ。リリーの小説が書いてある。リリー、お主から言うことがあるんじゃったのう」

『うん。ええっと、みんな……お待たせしました。頑張って作ったから、感想は甘口でお願いね。それと、登場人物なんだけど、本に書いていた5つの名前の人たちが出てくるわ。リツ、リオ、リサ、リエ、リノね。当然、みんなとは関係ないから、気にせずに読んでね』

 リリーの本を立てて支えていたリツさんは、リリーの本を仰向けに置き直した。そして私たちは、リリーの小説を読み始めた。

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