第19話事件発生

 勇者パーティーを解雇されたオレは、新しい街で謙虚に生きていくことを決意。

《東方の黄昏たそがれ団》に幼馴染マリナと共に加入して、冒険者として活動開始。


 北の街道の工事現場で、ムサスの領主の女貴族レイチェルに遭遇。

 何やらザムスさんのことで話をしてしまう。


 ◇


 レイチェルさんに強烈な握力で、腕を掴まれてしまう。


「ちょ、ちょっと、今のことで、ザムスのことで、話があります……」


 掴んできた、レイチェルさんの顔が怖い。


 ど、どうしよう……誰か助けて。

 とにかく話を聞いて、落ち着いてもらおう。


「えーと、どのような話ですか?」


「今ザムスは付き合っている女子はいるのか?」


「へっ⁉ い、いえ、分からないです。でもパーティーに入団してから、プライベートで女生と会って時間はないと思います」


 基本的に《東方の黄昏たそがれ団》は毎日、活動している。

 週に一度も何かと一緒だ。

 そんな中でもザムスさんに、女性の陰はない。


「そうか。それならザムスが好いている女子は、どこかにいるのか?」


「えっ……それは分からないですが、妹のサラを凄く大事にしています」


 というか極度のシスコンだ。

 オレが少しでも近づくと、かなり厳しい視線と言葉で攻めてくる。


 マリナが入団したから、オレとサラだけの時間が減っていた。

 それでも少しでもサラとオレの距離が近いと、今でも厳しいのだ。


「そうか、それを聞いて安心した。昔を変わらないな、ザムスは……」


「あのー、腕を離してもらっていいですか? 折れちゃいそうなので」


「あっ、すまない。失礼した」


 ふうー、ようやく腕を離してもらえた。


 レイチェルさんは騎士としての力も、強いのであろう。

 半端ではない握力だった。


「あのー、もしかして、やっぱりレイチェルさんはザムスさんのことを……」


「ええ、好いている。幼い時から、今でもだ」


 やっぱりそうだったんだ。


 オレは恋愛話が苦手。

 でも、あそこまで態度に出ていたら、流石に気が付いたのだ。


「ちなみに告白とはしたことは、あるんですか?」


「若い時に一度だけな。だがあの朴念仁ぼくねんじんは、ちゃんと話すら聞いていなかった。私は真剣に告白したのに……」


「あー、なるほどです」


 光景が目に浮かぶ。

 真剣なレイチェルさんが告白をして、鈍感なザムスさんが首を傾げる光景だ。


 とにかく二人とも不器用すぎて、上手く歯車が合わないのだろう。


「ふう……どうすれば良いのだろうか。ザムスはどのような女子が、好みなのだろうか……」


「えーと、よく分からないですが、ザムスさんはムサスの街のことが好きです。だからムサスの街のために、頑張っている女性が好きなのかも……?」


 言いかけて、言葉を途中で止める。

 いや、普通に考えたら、そんな男はいないだろう。


 急いで訂正しないと。


「おお、そうか! ザムスは『ムサスの街のために頑張っている女性が好き』なのか!」


 だが遅かった。

 目をキラキラさせながら、レイチェルさんは全身に覇気を漲らせている。


 オレの間違った情報を、真に受けてしまったのだ。

 急いで訂正しないと。


「あのーレイチェルさん……ん⁉」


 ――――その時だった。


 周囲に“何か”の気配を感じる。

 強い魔物の反応が、こちらに近づいているのだ。


 急いで対応しないと。

 まずはパーティーの皆に連絡だ。


「えーと……【念話】!」


 遠距離系の通信の支援魔法を発動。

 対象は《東方の黄昏たそがれ団》の三人と、あと一応レイチェルさんも。


「あー、あー、もしもし、聞こえていますか? ザムスさん、サラ、マリナ。魔物が近づいてきます。方角は東で、数は一体ですが、強めの魔力。この感じだと600秒後に、工事現場に到達します」


 時間がないので、重要なことだけ簡潔に伝えておく。

 みんなにちゃんと伝わったかな。


 あれ?

 でも返事がないな。


 もしかして聞こえてないのかな?


 でも、すぐにサラから返事がきた。


 ……『ちょ、ちょっと⁉ ハリト君の声が、急に聞こえてきたんでが、これはもしかして特殊魔法の【念話】ですか⁉』


 おっ、よかった。聞こえていたみたいだ。


「うん、そうだよ。時間がなかったから、強制的に発動してごめんね。とにかく魔物が迫ってきている。あと、ザムスさんも、聞こえていますか?」


 ……『ああ、分かった。それなら作戦通り、東のポイントで全員合流だ』


 おお、良かった。

 ちゃんと聞こえている。

 しかも冷静に指示を出してくれた。


 流石に頼りになるリーダー様だ。


 ……『このハリトの【念話】の魔法も、久しぶりにね。私も了解。東のポイントに向かうわ!』


 おお、マリナは慣れているから、対応が早い。

 あとはサラだけかな?


 ……『えーと、私も了解です。でもハリト君、これ不気味すぎるので、【念話】は一度解除してもらってもいいですか? 私の心の声をハリト君に盗聴されているみたいで、心臓が止まりそうです、私は』


「あっ、そうか。ごめんね! それじゃ、全員分を解除するね。それじゃ東のポイントで!」


 全員と連絡が取れたので、【念話】を解除する。

 また必要な時は、オレが発動すれば問題ない。


 ――――そんな時、目の前にいたレイチェルさんが、プルプル震えていた。


「お、おい、今の声はなんだ? ザムスの声が急に、耳元に聞こえてきたんだが……」


 あっ、そうか。

 すっかり忘れていた。

 この人も【念話】の対象内にしていたんだ。


 ちゃんと説明しないと。


「……という訳でオレは支援魔術師で、魔物が近くまで接近しています。なので工事現場の人たちの避難の指示をお願いします。魔物は《東方の黄昏たそがれ団》で、何とかするので」


「ふう……そうか。未だに信じられないが、理解はした。それなら避難は任せておけ」


「ありがとうございます! それではオレも行ってきます!」


 レイチェルさんと別れて、急いで東の合流ポイントに向かう。

 自分に支援魔法で脚力アップもしておく。


 お蔭でザムスさんとサラと同じタイミングで、合流できた。


「お待たせしました!」


「ハリト、魔物の動きはどうだ?」


「はい、変わらず東の方向から、こちらに向かってきます。あと180秒くらいです」


「ハリト君、まだ魔物の姿見えないのに、どうしてそこまで詳しく分かるのですか?」


「えっ、【探知】の支援魔法を使っているんだ。あっ、サラにもかけてあげようか?」


「い、いえ、今はけっこうです。逆に混乱してしまうので、魔物のタイミングと方向だけ教えてもらえたら助かります」


 たしかに戦闘中は慣れない情報は、無い方がいい。


 ザムスさんとサラは武器を構えて、戦闘態勢に入る。

 そんな時、少し遅れて女弓士マリナが到着する。


「お待たせ! ハリト、魔物は、あっちから来るの?」


「うん、この感じだと飛行系の魔物かな? もうすぐ見えるはず」


「了解!」


 マリナも弓矢を構える。

 いつでも迎撃できる体勢だ。


 東の空の方向を、四人で警戒していく。

 ……残り数十秒。


「ちなみにハリト君、魔物の種類は特定できますか?」


「えっ、種類、サラ? この距離だと分からないなー。でも、けっこう強めの魔物だよ」


「なるほどです。ん? ちょっと、待って下さい。“けっこう強め”ですか⁉ あのハリト君が⁉ ちなみに前の“一眼巨人サイクロプス”に比べたら、どうなんですか、今回のは?」


「えっ、前の一眼巨人サイクロプスは、あんまり強くない反応だったかな? それよりは上だよ。それがどうしたの、サラ?」


「いえ、それは、つまり“危険度ランクB上”だった一眼巨人サイクロプスより、上ということは……」


 ――――サラが言いかけた時だった。


 目的の魔物が、遠くの空に姿を現す。


 翼竜ワイバーンに似た、飛行系の魔物だ。


 だが大きさと魔力の放出量は、翼竜ワイバーンとは桁違いに強い。


 接近してくる魔物を見つめ、ザムスさんが小さくつぶやく。


「ちっ……ドラゴンか……まずいな」


 接近してきくるのは最強の魔物の一種。


 こうして危険度の最上位のドラゴンと、《東方の黄昏たそがれ団》は対峙するのであった。

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