第18話女領主レイチェル

 勇者パーティーを解雇されたオレは、新しい街で謙虚に生きていくことを決意。

《東方の黄昏たそがれ団》に幼馴染マリナと共に加入して、冒険者として活動開始。


 新しい任務先、北の街道で、ムサスの領主の女貴族レイチェルに遭遇してしまう。


 ◇


「私はムサスの街を収める領主レイチェル=バーンズだ」


「えっ……領主……様⁉」


 領主ということは、貴族だ。

 しかも年齢はオレより少し歳上。

 更にキツメな美人な人。


 どうやって、対応すればいいのだろうか?

 まさか状況に頭が混乱してしまう。


 とりあえず頼りになるリーダに、助けを求める。


「えーと、ザムスさん……助けてください」


 救援サインに気が付き、ザムスさんがやってくる。


「どうした、ハリト。ん? レイチェルか……」


「あら、久しぶりね。ザムス どうして、ここに?」


 ん?

 助けに来てくれたザムスさんと、女領主レイチェルさん。

 何やら、知り合いみたいだぞ。


「ギルドからの依頼だ。手こずっているみたいだから、助けに来たぞ」


「あら、私は頼んだ覚えはないけど? まぁ、いいわ。邪魔にならないように、得意の魔物退治でもしていてちょうだい」


 そう言い残して、女領主は立ち去っていく。

 向かっていく方向には、落石の撤去の現場だ。


 ふう……これで、緊張感から解放された。


 それにしても先ほどの、二人のやり取り。

 どういう関係なんだろう?


 貴族であるレイチェルさんに、ザムスさんはタメ口で話をしていたし。

 相手も特にとがめる様子もなかった。


 そうだ、隣に来たサラに、小声で聞いてみよう。


「ねぇ、サラ。あの二人……って、どんな関係なの?」


「えっ、関係ですか? 兄さんとレイチェル様は、幼馴染なんですよ」


「えっ……幼馴染⁉ あのザムスさんに⁉」


 堅物のザムスさんに、あんな美人な幼馴染さん、なんかイメージが合わない。

 いや、オレの勝手なイメージなんだけど。


「まぁ、ハリト君の気持ちも分かります。あんな美人なレイチェル様と、不愛想な兄の組み合わせですからね。でも、昔は仲良しだったんですよ。レイチェル様の屋敷の庭で、一緒に遊んだりして」


「サラ、余計なことは説明しなくていい。仕事にいくぞ」


「あっ、はい!」


 厳しい視線が、ザムスさんから飛んできた。

 オレの質問タイムはこれにて終了。


 本当はもっと二人の関係を、聞きたかった。

 けど冒険者は過去を詮索するのは、マナー違反。


 オレとマリナも勇者パーティーを解雇されたことは、まだザムスさんたちには言っていない。

 時がきたら自然と話すことにしていた。


 だから、これ以上は詮索しないことにした。


 ――――それにザムスさん視線が、さっきから怖いし!


「さて、仕事の準備に移るぞ」


「「「はい!」」」


 ザムスさんの指示に従い、オレたち《東方の黄昏たそがれ団》は仕事にはいる。


 ◇


 仕事は最初は情報収集から。

 撤去工事の人たちに挨拶をして、情報をしいれていく。


 次は周囲の地形の確認。

 魔物が襲ってきそうな場所を、マークしていく。


 事前確認も終わったので、周囲の警備を開始。

 オレは持ち場を歩きながら、周囲を警戒していく。


「うーん、陽の出ている内は、魔物は襲ってこなそうな感じかな?」


 今のところ周囲に、怪しい“気配”はない。


 何故なら基本的に魔物や魔獣や、陽の無い時間帯を好む。

 また薄暗い森の中や洞窟、異様の魔素が濃い地帯だ。


 だから午後の陽が照らす、山岳地帯には魔物は近寄って来ない。

 本番の時間はもう少し後だ。


「日暮れは、ちょっと注意しないとな」


 あと二時間ちょっとで日没。

 周囲は月夜しかない、暗闇になるであろう。


 それまでは少しリラックスしておく。


「撤去の工事の人も、日没前には、このベースキャンプに戻ってくるのかな?」


 基本的に夜間、野外で仕事をしない。

 そのため工事の人たちの仕事も、日没前まで。


 街道沿いに設置されたテントに、作業員は寝泊まりをしているらしい。


「一応、柵はあるけど、心もとない感じだな」


 テントの周りには、丸太で作れられた柵があった。

 夜間の魔物対策であろう。


「本当はもう少し防衛力を強化してあげたいけど、勝手にやったら怒られそうだからな……」


 今回の大元の依頼人は、貴族な女領主レイチェルさん。

 勝手に支援魔法を発動したら、怒られる気がする。


 さっきのザムスさんとのやり取りで、オレは感じた。

 あの女の人はかなり気が強く、プライドも高そう。


 あまり近づかないのが吉である。


 ――――そんな時であった。


 後ろから声をかけられる。


「あら、誰のことかしら? 『かなり気が強く、プライドも高そう』って?」


 えっ……?


 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは女騎士。

 領主レイチェルさんだった。


 まさかオレは心の声を、無意識的に声に出していたのだ。


 まずい。

 誤魔化さないと。


「えーと、ほらウチのパーティーの魔術師の子の話ですよ、今のは」


「あら、サラちゃんのこと? あの子は、気もそんなに強くなく、プライドも高くはない子よ?」


 あっ、しまった。

 ザムスさんの幼馴染ということは、サラとも知り合いだったのか。


「えーと、間違えていました。ウチの女弓士のことですよ」


「あら、あの赤毛の子? 彼女、気は強そうだけど、プライドはそれほど高くはなさそうね。私、こう見えて人を見る目だけは、あるのよ?」


「あっはっはは……そうですか」


 完全にバレているようだ。

 ここは打ち首覚悟で、笑って誤魔化すしかない。


「そこまで怯えなくても、いいわ。こう見えて私は、悪口や身分関係は気にしないタチだから」


「えっ……そうなんです? ありがとうございます」


 なんか急に親近感が湧いてきた。

 そう言われて改めて見てみると、レイチェルさんは悪い人ではなさそうな雰囲気だ。


 王都の貴族たちのように上から目線で、物を言ってこない。

 あと『冒険者風情め!』と蔑んでくる雰囲気もない。


 基本的にはオレのことを、一人の冒険者とて見ているのだ。

 ちょっと気が強そうだけど。


「ところで、“あの男”はどこ?」


「“あの男”……ですか?」


「アナタのパーティーリーダーよ!」


「ああ、ザムスさんですね。今は周囲の地形の、最終確認に行きました」


「ふーん。そうなんだ……」


 ん?

 レイチェルの表情が、一瞬だけ緩む。


 領主というより、“一人の女性”の顔なような気がする。


「もしかしてザムスさんのことを、心配しています?」


「えっ⁉ な、何を、いきなり?」


「あっ、オレの勘違いだったらごめんなさい。でもザムスさんのことを、そんなはかない顔で口にする女の人は、初めて見たので……」


「ん? それは、どういう意味で?」


「ほら、ザムスさんって、いつも不愛想でしょ? だからギルドの受付の女の人や、酒場の女の子にも、怖がられているんですよ」


「あっはっはっは……確かに、そうね。目に浮かぶわ」


「えっ……笑った⁉」


 いきなりレイチェルさんが笑ったから驚く。

 最初のイメージとは違う。


「なによ、女の領主が笑ったら、おかしいの?」


「い、いえ、良いことだと思います。あと、なんか勿体なーと思って。いつも笑顔だと、もっと素敵な女性に見えるのに……と思いまして」


「ちょ、ちょっと何を言っているのよ。まさか口説くつもり?」


「いえ、そんなことをしたら、ザムスさんに叱られてしまいます」


 依頼人をナンパしたら、パーティーリーダーに大目玉を喰らってしまう。


「えっ……ザムスが何か言っていたの⁉ 私のことに関して⁉」


 レイチェルさんの態度が急変する。

 オレの両肩を掴んで、問い詰めてきた。


 うっ……この人、かなり力が強い。


 それに、この急変ぶり……あれ?

 もしかして。


「ま、間違っていたら、ごめんなさい。もしかしてザムスさんのことを好きなんですか、レイチェルさんは?」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん⁉」


 びっくりした。

 レイチェルさんは顔を真っ赤にして、声にならない声をだす。

 耳まで真っ赤になってしまう。


 これはマズイ。

 もしかしたらオレは、とんでもない失言をしたのかもしれない。


「えーと、変なことを言って、ごめんなさいです。それでは失礼します」


 かなり気まずいので、この場から立ち去ることにした。

 マリナかサラのいる場所に、早く避難しよう。


 ――――だが、避難できなかった。


 ガシッ!


 レイチェルさんに強烈な握力で、腕を掴まれてしまう。


 えっ……?


「ちょ、ちょっと、今のことで、ザムスのことで、アタナに話があります……」


 掴んできた、レイチェルさんの顔が怖い。


 ど、どうしよう……誰か助けて。

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