第九話 担当さんと俺の小説

  高校生活が始まって最初の一週間が終わった。


 休日である今日、土曜日に俺は担当さんに呼ばれて担当さんのいる編集部へと出向いていた。


 一昨日、担当さんに送った自分が書いた小説についての打ち合わせ、というかアドバイスや感想を聞くためだ。


  社長さんの細かなこだわりを感じるカフェと言われても雰囲気だけならばまったくもって違和感のないオシャレなオフィスの中を通り、俺の担当さんがいるデスクへと仕事をしている社員さん達の邪魔しないように気配を消して向かう。


 着くとデスク周りに何本もエナジードリンクの空き缶が置いてあり、それに囲まれながら瞼の下に隈を抱えて疲労感が如実にあふれ出ている俺の担当さん事曽根幸平(そねこうへい)さんがパソコンに疲れた目をいじめるかのように向かっていた。


 疲れていなければ爽やかでかっこいい曾根さんの容姿は疲労感でとてもじゃないが人を寄せ付けないオーラを強く放っていた。


 中学の頃、初めてこの光景を見たときは驚きひるんでしまい、声を掛けることはできなかったが、今となればかなり見慣れた光景ではあるので最低限の気遣いとマナーに気を付けながら俺は曾根さんに声を掛ける。


 「曾根さん。小説の打ち合わせに来ました」


 抑えめな声で曾根さんに声を掛けるとカタカタと鳴るキーボードの音が止み、今にも落ちそうなほど重そうな頭をこちらへ向ける。


 「おっ翔馬君。ごめんねお見苦しい姿を見せちゃって」


 曾根さんは俺を視界に確認すると、丸まった背中が少しだけまっすぐになり年下にかっこ悪い姿を見られたくないのか余っていた力を出し切って大人の風貌を見せるが今は良心が痛むのでプライドよりも自分の体調を優先してほしいところだ。


 「いや全然」


 俺は曾根さんのデスクの近くにある小さな俺専用の白い椅子を曾根さんの正面に置き、そこに俺は腰をあずけた。


 「それでどうですかね?」


 今回の作品に特別自信があるわけではないが、これを書いているときは久しぶりに手が乗っていてすらすらと書くことができたので、もしかしたら面白いのではないかと淡い期待が俺の中に宿っていた。


 なので俺は座ってすぐに名詞さえも入れることなく曾根さんに尋ねた。


 「早速だね。自分的にはどう思うの?」


 いつもよりも本題に入る時間が頗る早かったがため、曾根さんは少しだけ意表を突かれたように微笑を浮かべて俺にそう聞き返した。


 その言葉で冷静になり、若干我に返った俺は心の中と体で深呼吸を行って今回のラノベについて一瞬深く考え込む。


 今回描いた作品も学校のラブコメもの。俺はこれしか書いたことがなくてこのジャンル以外には目もくれていない。


 人生に疲れて倒れていた主人公の男の子がとある美少女に助けられ、友人になるもお互いにそれぞれ悩みを抱えて日々に苦労しながらも互いの思う気持ちがどんどん強くなっていくという物語。


 まあざっくり言えばこんな感じで俺の理想を詰め込んだような内容になっているがそのかいあってわずか二日で書き上げることができたのだ。


 だからもしかしたらそれとなく自信があるのかもしれない。自覚はないけど。


 「それなりの作品が書けた気がします」


 瞼が重そうな曾根さんの目に目線をしっかりとあわせて俺ははっきりと返答をした。


 すると曾根さんは何やら隠しているような微笑を浮かべて俺の書いた小説をパソコンに表示した。


 俺の小説をじーっと見つめて何かを確認するようにふむふむと頭を何度か頷かせていた。


 何を考えて何を思っているのか分からず俺は首を傾げて謎の緊張に心臓の鼓動を走らせている。


 いつも通りだったら口を重くして、眉を細めて俺に残酷な通告を伝えた後、曾根さんが俺の小説を添削してアドバイスをしていく流れなのだがどうやら違うらしい。


 曾根さんに何を言われるのか唾をのんで俺は身構えていた。


 「僕の言った所はおおむね修正出来てるし、内容も今までのよりも数段面白い。何よりも導入が素晴らしいね」

 「あっありがとうございます」


 明らかに何かを言わんとしているがそれを隠して誤魔化している言い方に褒められているのにもかかわらず首を傾げて訝しんだぎこちのないお礼を返すことしか出来なかった。


 「もう上に話は通してあるから」

 「えっ?それって…」

 「今回の出版が決まったよ。おめでとう」


 さわやかな笑顔で俺に曾根さんが伝えたその言葉に一瞬俺は思考が止まってしまった。


 すぐに思考が戻り、現実であることを確認すると先程まで変に緊張していた肩と腰が一気に崩れて、椅子に重く体重を乗せてしまう。


 「まじ…ですか」

 「大まじ。まだ決まっただけだから細かいことは全然だけど、上が良作だから出版しようかって昨日の夜に決定したんだ。どう?うれしい?」

 「まあ、そうですね」


 言葉だけではそんなにうれしそうでもない素っ気ない返事をしてしまったが本心は久しぶりの出版決定ということもあり、叫びたいくらい喜んでいた。


 だがここはオフィス内。たくさんの人が仕事をしている上、知り合いの親しい年上が目の前にいる事もプライドが邪魔して、あたかも当然かのような態度をとってしまった。


 さっき曾根さんにプライドよりも自分を優先しろだの思っていたが、やっぱプライドというのはそう簡単に無視できるものではないことに今気が付いた。


 「そっか。まあ伝えるのはもう少し後でも良かったんだけど、できるだけ早く君に知らせたくてね」


 何かを思い出してるような、ため息をついていてもどこか嬉しそうな曾根さんの表情に俺はプライドが邪魔して素直になれなかった自分に後悔してしまう。


 曾根さんは俺が新人賞に受かった時から世話をしてくれている人だ。


 打ち切りになってしまった時も変わらず励ましてくれて、自分も仕事できついくせに自分を何かと気をかけている優しく献身的な人だ。


 そんな曾根さんに俺は深く感謝しているし、こうして久しぶりに自分の本が出版されることに対して自分と同じくらい喜んでくれている。


 「曾根さん。ありがとうございます」


 今更、大きく喜ぶわけにもいかないので俺は一言深く頭を下げて、感謝の言葉を述べると、曾根さんは疲れ切った顔を弛緩させて、自然な笑顔を浮かべた。


 「全然。よくやったね、翔馬君」


 かける言葉を迷ったのか曾根さんは数秒間、間があったものの俺の労を労ってくれる言葉をかけてくれた。  


 「そういえば翔馬君も最近高校生になったんだよね」

 「まあ一応そうですね」


 しみじみと流れる歓喜の雰囲気に居心地の悪さと気恥ずかしさを感じてしまったのか曾根さんは急に話を変えたが俺も恥ずかしさを感じてきたのでこの話題転換は俺にとってもグットタイミングだった。


 「どう?実際に高校生になってみて」


 実際にというのは俺の書く大体の小説が高校が題材となっているため、現実に高校生を体験してみてどうだ?っという話だろう。


 だが俺の高校生活は実に非日常かつ非現実的なスタートだった。


 倒れていたところを美少女に拾われ、助けられて、そして友達になり、ショッピングモールに寄り道だってした。


 そして昨日、大人気アイドルの給水所という言葉だけでは意味の分からないポジションにだって就いてしまった。


 改めて振り返ってみるとマジで現実なのかこれ?


 中学三年間、クラスの陰キャボッチで女の子、ましてや美少女との関わりなんてほとんどなかったのにたった一週間で美少女二人と知り合いになるとはおもっていなかった。というか想定できるわけがない。


 しかし、これを全て言ったところで信じてもらえないか茶化されるかの二択。


 ならば、かなり濁して伝えるのが一番いい気がする。


 「まあ友達ができましたね」

 「えっ!?本当に!?」


 俺の中学三年間をほとんど知っている曾根さんは当然俺がボッチである事を知っているしそれについても何かと心配してくれている。


 そんな俺が急にたったの数日で友達ができたとなれば驚くのも無理はない。


 恐らく曾根さんは男子の友達を想像しているだろうけど実際は女子、しかも美少女であることは内緒にしておこう。


 「まあ一応」

 「すごいじゃん翔馬君!翔馬君もきちんと成長しているんだね」


 感極まった表情で俺の肩を右手で何度もたたきながら褒められるがすごく恥ずかしい。


 ただ友達ができただけで褒められているだけという現実に自尊心が削ぎ落ちていき恥ずかしさが起因して頬の熱さが増していき目線を逸らす。


 「とりあえず高校生活のスタートがうまくいっていそうで良かったよ」

 「まあ友達ができただけですけどね」

 「小説の事はまた後日伝えるから、今日は帰って学校と小説の疲労でも取りな」

 「はい。じゃあそうさせてもらいますね」


 どう考えても疲労をとったほうがいいのは曾根さんのほうだとは思うが社会人が昼間に帰れるわけもないのでここは心の中でそっと応援だけしておくことにした。


 「それじゃあありがとうございました」

 「うん。気をつけてね」


 椅子から立ち上がり、軽くお辞儀をしながら別れの挨拶をすると、年上として軽い気づかいの言葉を乗せて俺を送った曾根さんはすぐに俺が今日一番最初に見たときの疲労感があふれ出ている曾根さんの顔に戻ってしまっていた。


 本当に忙しい中、いろいろと手をまわしてくれた曾根さんには感謝しかない。


  大きなお見上げを持っているはずなのに何故か行きよりも足取りの軽い俺は家の帰路へとついた。


 やっと始まってようやく心の中が何かで満たされているこの感覚は快感かつ清々しい気分だ。


 まだスタート地点にも立っていない、ただスタートが決まっただけなのにどこか満足してしまっている俺はこういうところがダメなんだと時々自分で自分を糾弾する。


  家について今まで疲労が一気に重くのしかかった俺は軽く手を洗った後にすぐにベッドへと飛び込んだ。


 そして枕を口に当てて「よっしゃー!」っと思いっきり叫んだのは言うまでもない。


 そのあとすぐに俺は眠りについてしまった。



 

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