第八話 アイドルとボッチと美少女

  お昼休み。赤坂詩織に呼ばれて俺と夏穂は校舎裏へと出向いていた。


 しかし呼ばれて来たものの全くもって赤坂詩織が喋る気配がない。


 微かな恐怖心と緊迫感で目線が全く落ち着かず、背を向けて何も話さない赤坂詩織に喋りかけていいものか逡巡していた。


 夏穂は現状に困惑して目配せで俺にSOSを送っているが俺もどうしたらいいか分からん。


 恐らく呼ばれた原因は俺達がこの赤坂詩織を知らなかったからだろうけど、果たして何故それで俺達は呼ばれたのかが分からない。


 知らなかっただけで憤慨したとか?そんな訳ないか…


 とにもかくにも考えていても余計分からなくなるだけだ。


 とりあえず聞いてみないことには始まらないよな。


 「俺たちになんか用でもあるのか?赤坂詩織」

 

 赤坂詩織に向けて俺は声を張って尋ねると赤坂詩織は一度深呼吸を入れてから俺たちのほうへと振り向いた。


 「ねえ。君たちは本当に私のことを知らないんだよね?」


 朝、チャイムと椅子を引く音と忙しなく鳴る足音が響く中、赤坂詩織が見せた表情そのままに彼女は俺たちに再確認をする。


 「まあ悪いけど知らない」

 「私も…」


 きちんと正面を向き、赤坂詩織に目を合わせて答えた俺に対して夏穂は申し訳なさそうに目線を外して返事をした。


 「そう…」


 静かにつぶやいた赤坂詩織のその声音は特に感情が介在しているわけではなく、ただ何かを悩んで何かを決断したような表情をしていた。


 「別に君たち二人を呼んだのは特別何かしようと思って呼んだわけじゃないの」

 「じゃあ何故?」

 「私を知らない十代があまりにも珍しくってどんな人達なのか少しだけ気になってね。教室じゃああんな感じだし気が休まらないでしょ?だからここに」

 「まあ、確かにな。というかそんなに君は有名なのか?」


 こいつをよく知らない俺はそんな疑問を投げると赤坂詩織はため息をついてポケットにあるスマホを取り出した。


 「これ見て」

 「ん?なにこれ?」


 赤坂詩織が見せてきたのは有名な動画配信サイトのチャンネルだった。


 そのチャンネル名は『しおりんのプライベートルーム♪』と記載されており、どうやらこいつのチャンネルみたいだ。


 「これ君のチャンネル?」

 「そう。チャンネル登録者数現在100万人越えの超人気のチャンネル。すごいでしょ?」

 「へえー」


 日常的どころか俺はこの動画配信サイトを利用したことがないのでいまいち凄さが分からない。


 100万人という数字は確かに多いが日本国民の百分の一も登録していないと考えるとそれほど多くない気もする。


 「反応薄…まあいいけど」

 

 自分の凄さを俺たちに知ってもらうことをあきらめて、呆れた表情を見せながら赤坂詩織は自分のスマホをポケットに戻した。


 「さっき、特別用はないとは言ったけど少し頼みたいことがあるの」

 「えっ?何?」

 「アイドルである私を知らない君たちに私はわざわざアイドルとして振る舞いたくはないの」

 「はあ、まあ無駄だしな」

 「でもみんなの前で露骨に態度を変えるわけにはいかない。アイドルである私の評価を落とすことになるから」

 「まあそうだな」

 「だから君たちには私の話し相手になってほしいの」

 「はあ…えっ?」


 赤坂詩織から出たその頼みに俺だけでなく夏穂も驚きの表情を隠せないでいた。


 「話し相手?」

 「そう。アイドルではなくて赤坂詩織の話し相手に」

 「何故?」

 「うーん、まあ私も四六時中アイドル顔でいるのはしんどいし疲れる。アイドルである以上はプライベートで同級生と親しい付き合いというのが難しくってさ。君たちみたいにアイドルのしおりんを知らない人たちなら気を使うことなく赤坂詩織で話せるんじゃないかなって」

 「なるほど。つまり俺たちをサンクチュアリ的な存在にしたいってことか?」

 「まあそんな感じ。マラソンの給水所みたいなイメージ」


 十分に納得のいく例えを赤坂詩織が出してくれて俺の頭は自然と小さく縦に動いていた。


 世間に名が広がっているこいつは職業上、常にアイドルの顔でいなければいけない。


 それはとても楽ではないだろうし、かなりしんどいことだと思う。


 一人でも二人でも素の自分を見せれる人物が居れば多少なりとも負担は軽くなる。


 これはアイドルのしおりんではなくて赤坂詩織の心の底の頼み事なのだろう。


 となれば断るのは忍びない。  


 そこまで面倒ごとではないし、俺は首を縦に振る気でいた。


 けど、俺は気が付いた時には横を見ていた。


 夏穂はどうしたいのか?


 こいつは他人をあまり信頼しておらず、俺以外には寡黙かつ冷徹な夏穂になる。


 だからこいつがどう思っているのかが俺は気がかりだった。


 「夏穂はどうしたい?」

 「…私は翔馬に任せるよ」

  

 誰でもわかるようなぎこちないつくり笑顔でそう言った夏穂が本当のところ何を思っているのか俺には分からなかった。


 「いいよ。俺たちが給水所になってやるよ」

 「ほんと?ありがとう!えーっと翔馬と夏穂でいいかな?」

 「ああ」

 「うん。なんでもいいよ」

 「じゃあ翔馬と夏穂でいかせてもらうね。私のことは詩織でいいから」

 「了解」


 この会話をしているときの詩織の顔は自然な柔らかい笑顔で夏穂とはまた別ベクトルの思わず引き込まれるような表情をしていた。


 教室でのアイドル顔の詩織はみじんも可愛いと感じなかったのに今の詩織を可愛いと感じてしまうのはなぜだろうか?


 分からないがオタク特有の『アイドルとか全然かわいくないしw二次元のほうが何億倍もいいわw』が勝手に発動してしまっていたのだろうか。


 そしてあざとく接しられるとすぐに恋に落ちるっていうのもオタクあるあるだよな。


 本当にオタクは意志薄弱かつ天邪鬼だよな。


 「というか二人はどういう関係なの?恋人?」

 「はあそんな訳ないだろ…」


 夏穂みたいな令嬢美少女と俺みたいなやつが付き合えるわけがない。


 絶望的確率過ぎて、もはや付き合いたいという欲すらも全く湧いてこない。


 「だよね。失礼だけど全く釣り合っていないもんね」

 「失礼すぎるだろ。まあ自覚はあるが」

 

 人に言われるのと自分で思うのは違うとは聞いていたがここまで違うとは思わなかった。


 何だろう。精神的ダメージがやばいです。


 「普通に友達だよ」

 「そうなんだ。あっもうすぐお昼終わるじゃん!」

 「だな。そろそろ戻るか」


 俺と詩織は自分のスマホで時間を確認して、お昼が後三分で終わることに気が付いた。


 「だね。戻るとしますか」


 一つ、気合が入った詩織の言葉にはアイドルの自分に戻るという意味も入っていたと思う。


 詩織は先に校舎の中へと走り出して行き、それに続いて俺も校舎へと歩き出すが夏穂が何かに物思いにふけこんだまま微動だにしていなかった。


 「夏穂?」

 「!?あっごめん」


 呼びかけると夏穂は我に返り俺のほうへと走り出して俺の横に並んだところで立ち止まる。


 「戻ろうか」

 「おっおう」


 何か不安や不満があるのは明らかだった。


 けどこの時の俺には夏穂に一言声をかけてあげることが出来なかった。


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