第五話 寄り道3

  フードコートを後にした俺達は次に行く場所を決めるために再びショッピングモールのマップの前へと来ていた。


 「なんか気になる場所とかあるか?」

 「取り敢えず、二階の女性用の洋服屋さんに行ってみたいかな」

 「服とか興味あるのか?」

 「興味というか私、普段皆が着るような可愛らしい服を着たことがないからちょっと見てみたいと思って」

 「ほーん、じゃあ行くか」


 マップの近くにあった二階へ上がるエスカレーターに乗り込み俺達は洋服屋へと向かった。


 着くとそこはピンクを基調とした見ているだけで頭が痛くなってくるような見た目をしたお店で店内は当たり前だが女性で溢れている。


 なので俺は色んな意味で入るのが憚られていた。


 「…入るの?ここ」

 「ん?もちろん。嫌なの?」

 「嫌というか拒絶している」

 「じゃあやめる?」

 「いや、お前ひとりで行ってきてくれ。俺はここで待ってる」

 「え~一人はちょっと不安なんだけど…」


 目を潤しながら子供のように憂う目でそう嘆いた夏穂の表情を見て、ついて行かないのは忍びない気持ちに俺は苛まれた。


 「…はあ、分かった。じゃあついていくわ」

 「ほんと!?じゃあ入ろう」

 「了解」


 若干躊躇しながらも俺は夏穂に続いて店の中へと入った。


 店の内装は今の流行りと売り出しているおしゃれな服を着たマネキンや俺を少し面妖な目でじろりと睨むおしゃれな店員がいた。


 にしても視線が痛い。もしかしてだけどカップルとでも思われているのだろうか?

 こんな所に男が来るのなんて大体彼女の付き添いだもんな。

 

 …いや違うな。あれは完全に俺を不審者として認識している目だ。

 そのせいかこういうお店ではすぐに店員が寄ってくると聞いているのに夏穂のもとに毛頭店員が来る気配がない。


 夏穂という美少女の矛と俺という陰キャボッチ不審者の盾。

 勝ったのは俺という不審者の盾だったか。嬉しくねえ…


 気分が落ち込んで店員以外にも目を見やると俺達と同い年くらいの女子高校生がちらほらと来ている。

 そして例外なく皆の視線がこちら、というよりも夏穂のほうに集まっていた。


 当然のことだ。これ程までに制服が似合う女子高生も中々いないだろう。

 

 「ねえあの子超かわいくない?モデルさんかな?」

 「それ!あんなルックス良かったら何でも似合うよね」

 「マジでうらやましい~」

 「というか隣のやつ彼氏かな?」

 「いやないでしょ。釣り合ってないとかレベルじゃない」

 「それwどうせ下僕かなんかでしょw」


 そんな悪びれもない会話が俺の耳の中へと入ってきた。

 だけど俺はさして傷ついてはいなかった。

 あの子らに言われなくても俺とこいつじゃどう見ても釣り合っていない。

 実際付き合っていないわけだしな。けど下僕ではない、ただの友達だ。

 

 「別に気にしなくていいよ」


 すると一枚一枚服を見て、どれが似合うかと選別していた夏穂が突然そう言った。

 目線はこっちに向けることは無かったが少し暗く何かを諦めている表情を夏穂はしている。


 「慣れてるから、私。色んな噂や浮名を流されるのには」

 「いや俺も別に気にしてないよ。ただちょっと小耳に入っただけだ」

 「なら良かった。あの人たちを見てたから気にしてるのかなって思ったけど」

 「まあああいう噂というか陰口を俺は人生で受けたことが無いから少し驚いただけでさして気にしてはない」

 「でも傷ついてない?大丈夫?」

 「別に。人間第一印象はどうしても容姿で決まるからな。それは俺だってそうだし。一人の人間が全て人間を深く知るのは不可能だ。俺を見てああいう第一印象を抱くのはは必至だろ」

 「寛容だね。翔馬は」

 「別に寛容ってわけじゃないだろ。捉え方がうまいだけだ」

 

 それにこういう場面は何度もラノベで読んだテンプレなシチュエーション。

 今、美少女とこうしてショッピングモールで買い物をしているという現実感のないシチュエーションを体験している俺にとって今更こんな事では動じない。


 「そうだ!服、翔馬が選んでよ」

 「えっ?俺?」


 思いついたように俺にそう提案してきた夏穂だったが母親に『国民的アニメのキャラクター以下のファッションセンス』と罵られた俺なんだが大丈夫だろうか?


 「大丈夫?俺で?」

 「大丈夫。私もこういうのよくわからないし、どっちが選んでも大差はないから」

 「そっそか。ならまあ選んでみるわ」

 「うん。よろしく」


 頼まれては断れない性格というわけではないがまだ知り合って二日目なので断りづらくて引き受けてしまった。


 店員さんに頼めばいいとも思ったが俺たち二人はコミュ力が低すぎるが故まともな会話が出来るかどうか怪しいので俺は仕方なく店内に置いてある何枚もの女性物の可愛らしい服を手に取る。


 男性物ならまだしも女性物となるとまるでコーデが分からん。


 …仕方がない。合う合わない関係なく俺の趣味嗜好を存分に詰め込んだコーデにしてみるか。


 俺は白を基調とした肩が出る服とベージュ色の少し短めのスカートを手に取り夏穂に渡した。


 「一回着てみてくれ」

 「うん。分かった」


 夏穂は試着室へと移動して俺の渡した服へと着替え始めた。


 その間、俺はなるべく目立たないように肩を委縮させ体を小さく見せて、俯きスマホを触っていた。


 「着替えたよ」

 「おっおう」


 試着室から聞こえてきた夏穂の言葉に俺は急いでスマホをしまい夏穂が出てくるのを身構える。


 「どう…かな…」


 試着室のカーテンを開けて出てきたのは先程の制服姿とは全く印象の違うとても女子高生とは思えない凛々しくも美しい美女だった。


 「…翔馬?」

 「えっ!?ああいや、すげえ似合ってるよ」


 その姿を見た俺は暫くの間、完全に見惚れていて口を半開きにし、絶句していた。


 夏穂に声をかけられて自我が凱旋した俺は恥ずかしさのあまり夏穂から視線を横に逸らしてしまった。


 「良かった。でも少し大胆な服じゃない?」

 「ああごめん。嫌だったらすぐに着替えてくれ」

 「ううん嫌じゃない。せっかく選んでくれたんだから私、この服買うよ」


 試着室にある鏡を見ながら自分の服装に恥ずかしさを覚えた夏穂は少し頬を赤らめながらも俺が選んだ服の購入を決意した。


 再び試着室で制服に着替えなおした夏穂は俺が選んだ服を持ってレジへと向かった。


 「合計二万二千円になります」

 「カードで」

 「かしこまりました」


 マジか。服ごときで二万以上もするのか。高くても五千円位かと思ってた。

 

 そんな高価な服を顔色一つ変えず夏穂は普通に購入して俺達は店を後にした。

  

  その後俺たちはショッピングモール内の様々な店を回り、気付けば時間は午後4時を回っていた。


 時間も時間なので俺達はショッピングモールを出て駅へと向かい、電車へと乗り込んだ。


 電車内は人で溢れていて席が空いていなかったので俺達はドア側にもたれながら立っていた。


 「いやー今日は楽しかったね」

 「まあそうだな」


 両手に買い物した商品が入った紙袋を持っている夏穂は笑顔でそう言った。


 そんな夏穂に対して同じく夏穂が買った商品を両手に持っている俺は楽しかったというよりも色んな疲弊に心身ともに駆られていた。


 「私、こんなに楽しかった日生まれて初めてかも」

 「大げさだろ」

 「本当だよ。私、いつも稽古か勉強ばかりだったから」


 そんな虚言でもうれしいことを言ってくれた夏穂は満足そうな表情をしながらも少し悲哀に満ちた顔をしていた。


 「でも少し寂しいな」

 「何が?」

 「どうせ帰っても稽古と勉強だからね。この時間がもう少し続いてくれたならって思って」

 「まあ時間は有限だから仕方ない。またいつかどこか遊びに行けばいいだろ」

 「うん。またどこか行こうね」

 「ああ」


 先程まで悲しさが介在している表情をしていた夏穂の目はすっかり明るく前向きな朗らか目へと変わっていた。


 そんな目を見て俺は安堵してドアの向こう側にある景色を見た時、窓に映った自分の表情が目に入った。


 目に入った自分の表情は疲れているのに何処か満足そうな果報に満ちた表情していて俺はこんな自分の表情を見たことがなかった。


 いつも朝に鏡で見るラノベに追い込まれて疲弊しきった自分の顔と似ているのに全く違う表情。


 「ありがとな。今日は」

 「えっ?こちらこそありがとう」


 突然意識外に出たその言葉に夏穂も若干困惑気味にそう返してくれた。


 電車が俺たちの学校の最寄り駅に着くと俺達は電車を出て駅を後にした。


 「今日はありがとう。また学校でね」

 「おう。じゃあな」


 駅を出た俺は夏穂に荷物を渡し、俺達は別れの挨拶をしてそれぞれの帰路へとついた。


 夏穂はすぐそこで待っていた黒い高級車に乗り込んで家へと俺は歩いて家へと向かった。


  今日は凄く疲れた一日であったけどなぜだか心は充実感で満ち満ちていた。


 オレンジ色に辺りを照らす夕日は散ってしまい道路に落ちている桜の花びらさえもオレンジ色へと変えている。


 いい日だった。何年振りかにそう思えた俺は家に帰宅した。


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