第三話 寄り道1
始業式が終わった。
終わりの鐘の音ともに皆が一斉に立ち上がり、下校の用意をする。
耳を澄まして聞いてみるともう帰りに何処か遊びに行く約束をしている者もいた。
勿論そういうやつは大概陽キャやパリピぽいスクールカースト最上位勢だけだが。
帰りにどこか遊びに行くことを一般的に寄り道と呼ぶ。
これは一人で行っても寄り道というが相当なボッチでもない限り一人で寄り道なんてそうそうしないだろう。
俺ですら寄り道なんてしたことがない。相当なぼっちなはずなのに。
まあ単純に寄り道なんてするくらいなら家に帰ってラノベを描きたいというだけの話だが。
後ろの席という特権を存分に利用してクラスを達観し、人間観察をしていると俺の目の前に白くてきれいな手のひらがゆっくりと縦に往復した。
「帰らないの?」
言われたほうに目をやると、夏穂がちょこんと首を横にかしげながら立ち上がってボーっとクラスを眺めていた俺を不思議そうな目で見ている。
「いや帰る帰る」
危ない危ない。夏穂の純粋な仕草に心がやれてしまうところだった。
夏穂のその純粋な仕草に心が持っていかれないようにすぐに視線を外してパパっと帰宅の準備を始める。
「皆どこか行くのかな…」
「ん?ああまあ一定数はいるんじゃないか?」
俺が支度をしている間、時間を持て余していた夏穂がクラスのほうに目をやりながら俺に向けてなのか独り言なのか分からないくらいの小さな声音で呟いた。
どうやら夏穂も俺と同じ事を思っていたみたいだ。
「そっか…」
ため息をつくように先ほどよりも小さな声で呟いた夏穂の目は何処か羨望が介在しているような気がした。
…これは誘ってあげるべきなのか。いやしかし男が女を遊びに誘うなんて何だかナンパみたいで気が引けてしまう。
誘うべきか気持ちが決まらず、意味もなく自分の椅子の背もたれを持ってカタカタと動かしてしまう。
「あ~じゃあどっか行くか」
耳が熱くなり鼓動が速くなるのを体中で感じて、決して視線を夏穂のほうへ向けることなく俯いて喋ってしまったのは恥ずかしさの証だろう。
「行きたい!」
「おっおう。そか」
思った以上の反応に俺は断れられなかった安堵よりも驚きが勝ってしまった。
「じゃじゃあどこに行く?」
「うーんどこに行くのが普通なの?」
「分からん。多分ショッピングモールとかカラオケとかボウリングとかじゃないのか?」
「なるほど…じゃあショッピングモールに行きたいかな」
「おけ。じゃあ何処のショッピングモールにする?」
「私、ショッピングモール行ったことないから分からない」
「そっそか」
さすがはお嬢様。
平民が足繫く入るショッピングモールに行ったことがないなんて。
こいつは本当に色々常識が通用しないよな。
しかしこうなると選択肢は俺に委ねられたことになる。
かくいう俺もショッピングモールなんてほとんど行ったことがないから近所にあるショッピングモールくらいしか知識がない。
だけど近くの場所だとここの学校の生徒に見られて色々面倒ごとが生じる可能性が高い。
となると少し遠く方に行ったほうがいいな。
「じゃあ少し遠くの方のショッピングモールに行くか」
「分かった。どうする?私の家の車で行く」
「いや、目立つからパス。普通に電車で行こう」
「うん。分かった」
話が決まると俺と夏穂は机の上にある鞄を持って肩にかけ、教室を出た。
学校を出ると、今朝と同じように学校の門の前で黒くて長い高級車が止まっており、その前で黒いスーツを着た人が凛々しく佇んでいる。
「ちょっと待ってて」
「分かった」
学校を出ると、夏穂は俺にそう言って駆け足で高級車のほうへと走り、なにやら
黒いスーツの人と話し込んでいた。
その様子を見守りながら俺は門の横で夏穂を待つ。
「ごめん。お待たせ」
「いや全然。じゃじゃあ、行くか」
妙な恥ずかしさと周りの目を気にして意識せずに肩が萎縮して声が小さくなってしまったが俺達はショッピングモールに行くために最寄り駅へと向かった。
女の子と二人きりで道を歩くなんて人生初めての経験なので胸のどきどきがまるで止む気配は無かったが歩いて十分ほどで最寄り駅に着いた。
すると夏穂は何だか物珍しそうに駅の中をキョロキョロしている。
「まさか駅に来るのも初めてなのか?」
「いやさすがに初めてではないけどめったに来ることないから」
「そか」
流石に初めてでは無かったがこの感じだと切符の買い方も知らなそうだな。
「ちょっとここで待ってて」
「あっうん」
一言告げてから俺は券売機でここから少し遠くのショッピングモールが近くにある駅までの切符を二枚買って夏穂の元へ戻る。
「これ切符な。使い方は流石にわかるよな」
「うん、ありがとう。お金は?」
「別に大丈夫だ。高価なもんじゃないし」
「そう?じゃあ遠慮なく」
夏穂がそう言って俺が差し出した切符を手に取った時に少しだけ手が触れて心臓の鼓動が一気に加速する俺に対して夏穂は気にせず改札口を通って行くので慌てて俺も改札口を通ってホームへと向かう。
電車に乗り込むと席が埋まるくらいの人の量ではあったが端のほうの席が一つだけ空いていた。
「お前座る?」
「翔馬はいいの?」
「俺は別にいい」
「じゃあ私が座るね」
空いていた端の席に夏穂が座ったので俺はその横で壁を背もたれにして立つ。
やがて電車が出発すると、窓の外の景色が変わっていき、それを俺は無心で眺めていた。
「景色好きなの?」
「ん?まあ好きちゃ好きだな。なんか無心で見れて心が安らぐんだよな」
「私も好き。よく車から窓の外の景色見てるし」
「俺も車に乗ってるときはいつも外ばっかり見てるな」
別に景色が好きという訳じゃない。
だけど何となくこの変わりゆく景色に目が行ってしまうのだ。
「にしても私達って共通点多いね」
「そうか?」
「ずっと一人ぼっちで景色好きで本好き」
「まあ言われれば確かにな」
「じゃあ似た者同士だ」
「いやそれだけで似た者同士とはいわないだろ」
確かに俺たちは今までボッチだったという共通点がある。
だけど経緯はまるで違う。
こいつは家柄と容姿による近づき難さが災いして、友達を作ろうと思っていても出来なかった。
俺はそもそも友達を作ろうとすらしていなかった。
俺達には作る気があったかなかったかの違いがある。
望んでボッチになったもののと望まずボッチになってしまったものは全く違う。
だから俺達は似ていない。
「まあ確かにそれもそうかも」
「似てる人間なんてそうそういない。そも俺たちが似てることになればお前も変人ってことになるぞ」
「うわそれは嫌だね」
「だろ?だから俺達は別に似てねえよ」
見るからに嫌悪感丸出しな表情で言われたので少し傷つきはしたが夏穂も納得してくれたみたいだ。
そんな他愛もないやり取りをしていると電車は目的地の駅へと着いた。
俺達は電車を降りて改札口を通り、ショッピングモールへと向かった。
「うわー!ショッピングモールってこんな感じなんだね」
ショッピングモールの前に着くと夏穂は目を輝かせながら感銘を受けている。
だけどこのショッピングモール、お前の家より小さいんだよな。
いや、このショッピングモールが小さい訳じゃなくてこいつの家がでかいだけなんだが…
「じゃあ翔馬行こう!」
「えっ!?ちょっ!?」
夏穂はそう言いながら俺の手を右手でパッと掴んで俺をショッピングモールへと引っ張って行く。
だが手が触れただけでドキッとした俺なので手を握られるという行為は物凄く心臓に悪い。
やばい。心臓が人生で一番鼓動している。
俺よりも一回り小さく柔らかい手の感触が俺の手の中にあるものが間違いなく女の子の手であることを証明している。
強く握らないように大事に握り、汗が出ないことを神に祈る。
だがそんな俺を気にもとめず、夏穂と俺の汗は止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます