第42話 誰よりも大切な人

 いつもは上手く飛べない僕も、このときばかりは素早く飛べた。

 一方逃げる加奈枝はいつもより遅い。

 感情が昂っていてうまく力をコントロール出来ないのかもしれない。


「ついてこないでよ!」


 追い付かれそうになった加奈枝は急降下して山の中に着陸する。

 僕らもそのあとを追って着陸した。


「もう放っておいて! お互い好きだって確認しあってんだからあたしなんて無視して二人でいちゃついていれば?」


 加奈枝が涙目で叫ぶ。

 鏡華さんは首を振りながら加奈枝に歩み寄る。


「そんなこと出来ません。だって私は空也くんと同じくらい、あなたのことが大切だから」

「いい子ぶらないでよ! 鏡華のそういうところ、大っ嫌い! どうせ空也によく思われたくてそんなこと言ってるんでしょ!」

「そんなことありません。信じてもらえないかもしれませんけど、私は加奈枝さんのことが大好きなんですから」


 加奈枝は大粒の涙をポロポロと溢しながら鏡華を見ていた。

 睨んでいるのとは違う、相手の真意を見抜こうとする疑いの眼差しだった。


「そんなの嘘。あたしは鏡華に意地悪してきたし、ひどいことも言った。好きなわけないじゃん!」

「そうですねー。加奈枝さんには色々意地悪されました」

「だったら──」

「でもそうやって本音でぶつかってきて、ふざけあったり、喧嘩できる友達は今までいませんでした」


 鏡華さんは泣き止まない加奈枝を包み込むように抱き締める。


「ずっと憧れていた、気取らず飾らず付き合える友達なんです。加奈枝さんは」

「うっさい……離せってば」

「離しません。加奈枝さんこそ大人しく抱き締められててください」


 腕を振りほどこうとする加奈枝を鏡華さんが無理やり抱き締めている。

 鏡華さんの表情は真剣そのものだった。


「それに私と加奈枝さんはお互い同じ人が好きなんですよ? 気が合うに決まってるじゃないですか」

「なにそれ? むしろ同じ人が好きなら仲悪くなるに決まってるし」

「確かに奪い合いになったら険悪なムードになるかもしれません。でもそもそも同じ人を好きになるっていうのは感性が似ている証拠だと思うんです。そういう意味で、私と加奈枝さんはうまが合うんです」

「ワケわかんない! なにその謎理論」


 あまりの意味不明さに加奈枝は少し笑った。

 僕もさっぱり理解できない思考回路だったけど、でも加奈枝を笑顔にすることには成功していた。


「だからお願いします。これからも仲良くしてください」

「勝手なこと言わないでよね」


 加奈枝は先ほどまでと違う呆れた口調でゆっくりと鏡華さんの腕をほどいた。


「結婚を約束した初恋の人があんたを選んだのよ。仲良くなんか出来るわけないでしょ」


 加奈枝は泣きながら無理に笑おうと口角を上げていた。


「あたしから空也を奪うんだから幸せにならなきゃ許さないからね」


 加奈枝の姿が少し透けて見えた。


「待って、加奈枝さん!」

「加奈枝!? 消えるなよ!」

「空也、楽しかったよ。バイバイ」


 加奈枝の体がどんどん溶けるように薄くなっていく。


「こんなお別れ嫌です! 加奈枝さん、いかないで!」

「いくなよ、加奈枝! これからもずっと三人でいよう!」

「空也、ちゃんと鏡華を幸せにしてよ。泣かせたら、呪って出てやるからね」


 加奈枝は笑いながら蜃気楼のように消えていってしまった。


「加奈枝っ!」


 大声を出してがばっと起き上がるとベッドの上だった。

 興奮しすぎて夢から覚めてしまったようだ。


「あれ?」


 気がつくと目尻が濡れていた。

 夢の中で泣いてしまっていたのだろう。

 心なしか、心の中に加奈枝一人分の穴が開いてしまった喪失感があった。


 時間を確認すると五時半を過ぎた頃。

 今からもう一度寝るか、早めに起きてしまうか考える。


「あ、そうだ」


 今日は鏡華さんと一緒に登校する約束をしていた。


『今夜、夢で何があっても一緒に登校しましょうね』


 鏡華さんの声が脳内で甦る。

 きっと彼女はあのとき、思いを伝えると覚悟してそう言ったのだろう。


「行かなくっちゃ」


 ベッドから立ち上がり、両手で頬をパンパンっと叩く。

 加奈枝を傷つけると分かっていても、僕は鏡華さんを選んだ。

 ここで戸惑ったり悩んだら加奈枝にだって叱られてしまう。

 だから僕は行く。

 たとえ何があっても、僕は鏡華さんと登校すると約束したんだから。




 ────────────────────



 待ち合わせの場所に、鏡華さんはいるんでしょうか?

 いよいよラスト!

 お楽しみに!

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