第40話 さよなら、夏の日々
僕たちの住む街にも海はある。
でもそれはどこまでも続くような白浜ではなく、岩場のゴツゴツとした松林に囲まれた秘密の場所ではなく、整備が整った人工的な港である。
泳ぐことはもちろん、釣りをすることさえも禁じられている。
限りなく打ち寄せる波はなく、水面からチラチラとカニや魚が透けて見えることもない。
僕と鏡華さんは夏休み最後の日、そんな表情のない海を眺めていた。
「今日で夏休みも終わりだね」
「終わると思うとやっぱり少し寂しいです」
まもなく全てが夕日の赤で染まる時間。
陽の光を反射させる水面は強烈に眩しい。
夏休みの間に告白して気持ちを打ち明けたい。そう思って鏡華さんを呼び出した。
しかし実際顔を会わすと緊張して気持ちを打ち明けられなかった。
フラれて傷つくのが怖い訳ではない。
いや、まあ、そりゃかなり傷つくだろうし、立ち直るのに時間はかかるだろうけど。
それ以上に僕を臆病にさせているのはいまのこの関係に戻れないということだ。
正直告白しなくても今の状況なら鏡華さんと二人きりで会えるし、夢でも楽しく遊べる。
でももし告白してフラれたなら、そうもいかないだろう。
現実でこうして会うこともなくなるし、夢の中でも気まずい空気になる。
「風が気持ちいいですね」
海から吹く風が鏡華さんの髪をサラサラと宙に泳がせる。
目を細めて微笑む笑顔を見ると、胸が苦しくて、そして甘く疼く。
なぜ人は誰かを好きになると気持ちを伝えずにいられなくなるのだろう。
その全てが欲しいとか、アンナコトヤコンナコトがしたいという疚しい気持ちからではない。
いや、それも少しはあるけれど。
「どうしました?」
「え?」
「さっきからなんかボーッとしてますよ?」
「そ、そうかな? あはは。ごめん」
ベンチを見つけて二人で腰かける。
変な空気にならないよう、僕は勤めて明るく振る舞った。
「ごめんね、夏休み最後の日なのに呼び出したりなんかして」
「いえ。私も空也くんに会いたいなと思っていたので」
「え?」
思わぬ一言にドキッとする。
鏡華さんは照れくさそうに指で髪を撫で、うつむき気味で僕を見ていた。
これはもう、告白する流れなんじゃないだろうか?
そんな決意が芽生えた時だった。
「あ……」
「雨ですね」
急に空が暗くなり、雨が降りだした。
ポツポツとした雫はあっという間に強くなっていく。
「これはヤバそう。ちょっと屋根のあるところに避難しよう」
「そうですね」
小走りになり、近くのカフェへと逃げ込む。
それを待っていたかのように雷鳴が轟いた。
「きゃっ!」
鏡華さんは驚いて僕の腕にしがみつく。
「危なかったね」
「……はい」
恥ずかしそうに僕から離れ、窓を打ち付ける雨に視線を向けていた。
夏の終わりらしく店は閑散としており、僕たちは窓際の席に案内される。
雨に濡れた身体で冷房を受けるとひやりと寒い。
「すごい雨ですね。大丈夫でしたか?」
ウエイトレスさんがやって来て、タオルを貸してくれた。
「ありがとうございます」
「冷房、弱めたんですけど、寒かったら言ってください」
「すいません」
ホットコーヒーを頼み、雨に煙る港を眺めていた。
告白するという決意は雨と共に流れかけていた。
しかし鏡華さんの横顔を見ていると、消えかけた決意が再び盛り上がってくる。
「こんなに雨が降ったら電車とか止まっちゃいませんかね?」
「それはないでしょ。河川が氾濫したら分からないけど」
「河川の氾濫……」
その一言で僕の、そして恐らく鏡華さんも、脳裏には水難事故で命を落とした加奈枝のことが浮かんだ。
「加奈枝さん、今夜も夢に出てきてくれるんでしょうか?」
「まああいつは突然やって来るからなー」
湿っぽくならないように敢えて明るく返す。
けれど鏡華さんは思い詰めた顔をして、窓を伝う雨粒辺りに視線を向けていた。
店には夏の終わりを憂う歌が流れており、急に胸が苦しくなる。
恋愛も青春も僕が想像していたよりもずっと切なくて不安になるものだった。
鏡華さんに思いを伝えたい気持ちは変わらない。
だけどそれは加奈枝を傷つけることにもなる。
「あ、見てください。雨が小降りになってきました」
「通り雨だったんだね」
虹が出てくれれば完璧だったのだろうけど、あいにく辺りはまだ曇天模様で光はない。
雨雲が消えることにはもう日は沈んでいるだろう。
「ねえ空也くん。明日、一緒に登校しませんか?」
「うん。わかった」
「約束ですよ。今夜、夢でなにがあっても一緒に登校しましょうね」
「もちろん」
やけに鏡華さんが思い詰めた顔をして、そして笑った。
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告白は失敗に終わった空也くん。
なかなか一歩を踏み出すのは勇気がいりますもんね!
二学期も仲良く出来るでしょうか?
二人なら心配ないでしょうけど!
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