第38話 夏休みのラストスパート

 屋内型プール施設の前は終わりゆく夏休みに抗うかのように多くの学生で賑わっていた。

 うちからそこそこ離れているから見慣れた顔はない。


『大人気ですね』

「夏休みのラストスパートって感じだよね」

「あはは! じゃあ私たちもスパートをかけましょう!」


 更衣室もなかなかの混雑ぶりだ。

 ささっと着替えてからしゅこしゅこと浮き輪を膨らませる。

 会計はリストバンドのバーコードで決済するので手ぶらで遊べるのがありがたい。


 パンパンに膨らんだ浮き輪を肩にかけて更衣室を出ると既に着替え終わった鏡華さんが待ってくれていた。

 白と紺のボーダーのタンクトップとショートパンツという私服みたいな水着である。

 想像していたより肌の露出面積が少ない落ち着いたものだった。

 ぶっちゃけ少し残念だったけど、清楚な鏡華さんによく似合っていて、これはこれで可愛い。


「ごめん、お待たせ」

「あっちにスライダーがあるみたいですよ! あ、それとその向こうには流れるプールがあります! どっちから行きましょう?」


 鏡華さんは興奮気味で僕の浮き輪を引っ張る。

 散歩に出掛ける犬のような興奮ぶりが可愛らしくて、つい微笑んでしまう。


 午前中だからか、スライダーは比較的空いていたのですぐに並ぶ。

 しかし鏡華さんはあれほど行きたがっていたくせにいざ出発となるとビビりだす。

 ボート型の浮き輪の前に鏡華さん、後ろに僕が乗る。


「ちょっと怖いですね」

「大丈夫だって」

「いってらっしゃーい!」


 係の人が非情に僕たちのボートを押す。


「きゃあああっ!」

「うわあぁああっ!」


 激しい水飛沫とフワッと内臓が浮くような無重力感。

 右に左にと振られ、気付けばゴールのプールにズボンっと着水していた。


「す、すごかったですね」

「あぁ……すごかった……」


 僕たちは言葉を失い、しばらく放心状態だった。


 少し休憩してから次に流れるプールへと移動した。

 こちらはまったりと楽しめた。

 しかし──


「この辺りは流れが速いから気を付けて」

「はい。わっ!? 本当ですね」


 流れそうになる鏡華さんの手を咄嗟に握る。

 鏡華さんはハッとした顔で僕を見た。

 慌てて手を離そうとすると、逆に鏡華さんから強く手を握られる。


「離ればなれになっちゃうんで、手は握ってて下さい」

「う、うん……」


 別にラフティングをするような激流ではない。

 それなのに僕たちは強く手を握りあいながら進んだ。

 バカみたいに心臓がドキドキする。

 水に浸かっているのに体がすごく熱くなっていく。


「あれー!? 鏡華?」


 いきなり背後から声をかけられ、慌てて僕らは繋いだ手を離して振り返る。


「あー、やっぱ鏡華じゃん!」

「雫ちゃん!?」


 鏡華さんの親友である雫さんがこちらに向かって来ていた。

 僕の存在に気付いた彼女は驚いて目を見開く。


「空也と二人で来てたの!? マジ!? 付き合ってたんだ!?」

「い、いや、そうじゃないんだけど」

「そ、そうです。付き合ってる訳じゃないの!」


 慌てて否定する僕らを見て、雫さんはニヤーッと目を細めて笑う。


「でも二人で来たんでしょ?」

「それはっ……そうだけど。でもっ」

「はいはい。分かりました。そこまで聞くほど雫さんは野暮じゃないんで」


 何をどう理解したのか、雫さんはしたり顔で頷いていた。


「そういう雫さんは彼氏と?」


 話をはぐらかそうと訊ねると、彼女は悲しそうな顔をして首を振る。


「家族と、だよ。あいにく空也たちみたいに青春を謳歌してないんで」

「そうだ! よかったら雫ちゃんも一緒に遊ぼうよ!」

「冗談でしょ? そこまで空気読めない奴じゃないって」

「そんなこと言わずに!」


 嫌がる雫さんを捕まえ、僕たちは無理矢理三人で遊んだ。

 始めこそ拒んでいた雫さんだったけど、鬼ごっこなどを始めると一番盛り上がっていた。

 しかもいつの間にか雫さんの妹ちゃんまで参加して四人で遊んでいた。


「あー、疲れた。ちょっと休憩しよう」


 雫さんはアシカのように軽やかに水中から上がり、売店へと向かっていく。


「自由な姉ですいません」

「いや。お陰で楽しいし」


 妹ちゃんは葵ちゃんというらしく、現在中学三年生だ。

 受験勉強が忙しく、今日は久々のオフの日だったらしい。

 雫さんと似ていてショートヘアの活発そうな女の子だった。


「ふつーカップルがデートしているところを邪魔しないですよね」

「カ、カップルじゃないんだよ、葵ちゃん。それにお姉ちゃんを誘ったのは私たちだし!」

「えー? 付き合ってないんですか? 手を繋いでたのに?」

「み、見てたの!?」

「はい。お似合いのカップルだなーって」


 さっきの流れが速いところを見られたのだろう。

 まさか雫さんの妹ちゃんがいるとは知らず、大胆に行動しすぎた。


「お似合いじゃないって! 僕と鏡

 華さんじゃ釣り合い取れないから」

「そんなことないです。むしろ私みたいな垢抜けない女の子の方が空也くんと釣り合い取れてないくらいですから」

「それはないって。ねぇ、葵ちゃん」

「いちゃつくのは二人でしてください」


 葵ちゃんはニマニマと笑って姉のもとへと駆けていってしまう。

 二人きりになり、気恥ずかしさがハンパない。


「僕たちも休憩でお昼にしようか?」

「そ、そうですね」


 先に上がると鏡華さんは照れくさそうに手を差し出してくる。


「引っ張って上げてください」

「うん」


 鏡華さんの手をキュッと握り、引き上げる。

 鏡華さんはなにか言おうとし、顔を赤らめてうつ向いた。

 そんな姿を見て、胸が高鳴る。

 僕は本当に鏡華さんに恋をしているんだなと改めて強く感じていた。




 ────────────────────


 なんだかいい感じの二人。

 臆病なやり方でお互いの気持ちを確かめあっていますね。

 いよいよ2人の焦れ焦れな関係も急展開が?

 お楽しみに!

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