第37話 素顔
「よし、分かった。一人だけにキスするとか不公平だもんな」
「えっ!?」
加奈枝と鏡華さんだけではなく、仮面の女まで声を揃えて驚く。
「ほ、本気でそんなこといってるんですか!?」
鏡華さんは目を丸くしていた。
「偶然とはいえキスしちゃったんだから仕方ないよ。不公平はよくない」
「あれはキスじゃありません! 事故です、事故!」
僕と鏡華さんが揉めている横で加奈枝は顔を真っ赤にして固まっていた。
「唇同士がくっついたらキスなんだよな、加奈枝?」
「そ、そそそうだけど……ホントにあたしともキス、するの?」
「自分で言ったんだろ?」
「う、うん。言ったね……アハハ……」
僕らのやり取りを仮面の女はじぃぃーっと見ている。
本当に人のトラブルが好きな奴だ。
「よし、いくぞ」
加奈枝の肩に手を置くと、加奈枝はギュッと固く目を瞑った。
注射を打たれる寸前の小学生みたいなリアクションに笑いそうになるのを堪えた。
「こ、こういうの、よくないと思います! キスってそんなものじゃないですってば!」
「そんなに見られていたら出来ないよ。あっちに行こう」
「う、うん……」
ホールの端に行き、柱に隠れる。
「もう空也くん! 本当にやめてください!」
「いいじゃないの。静かに見守ってあげたら」
仮面の女は目を爛々させて鏡華さんを宥める。
これはなかなかいい感じだ。
加奈枝を壁側に立たせて彼女たちに見えないようにして顔を近付ける。
予想通り仮面の女は身を乗り出して覗き込んできた。
「今だ!」
「へ?」
僕は素早く仮面の女の仮面を剥ぎ取った。
そして遂に仮面の女の素顔が晒された。
くりんとカールしたまつ毛、くっきりと二重のまぶた。
大きな瞳は見開かれていた。
想像していたよりかなり美人な大人の女性の素顔に驚いてしまった。
「引っ掛かったな、仮面の女!」
「きゃああ! 仮面を、仮面を返しなさい!」
「返すわけないだろ!」
「お、覚えてなさいよ!」
素顔を晒すというのは想像以上に屈辱だったらしい。
仮面の女は両手で顔を押さえ、もうスピードで逃げていった。
ザマァ見ろ!
「いい気味だったね、鏡華さん、加奈枝」
振り返って二人の顔を見て背筋が凍った。
鏡華さんは軽蔑する眼差しで僕を睥睨し、加奈枝は怒り心頭で目を尖らせていた。
「え……? ど、どうしたの?」
「まさか今の作戦のために私にキスをするふりしたわけ?」
加奈枝の声はピクピクと怒りで震えていた。
「あいつの隙を作るための演技だったんだって……」
「女の子の気持ちを弄ぶなんて最低です」
「そんな、鏡華さんまで……」
どうやらお二人は大変ご立腹の様子である……
「確かにちょっとやり過ぎたかもしれない。けれど打ち合わせをする暇なんてなかったから。それに、ほら! 仮面を奪うことにも成功したし!」
仮面の女が着けていたベネツィアンマスクを二人に見せる。
それでも二人の表情が明るく晴れることはなかった。
「マスクを剥ぎ取るという作戦もどうかと思います。彼女にしてみればスカートをめくられたくらい恥ずかしかったと思います」
「いや、あの動揺のしかたはそれ以上だよ。ブラとかパンツを脱がされたくらい恥ずかしがってたよ!」
「そ、そんなっ……」
いつの間にか仮面の女よりも悪者扱いされてしまっていた。
「それに仮面の女さんの素顔に見惚れてましたよね」
「そうそう! デレーッとした顔してた!」
「んなわけあるか! 勘違いだって!」
二人はツーンとそっぽを向く。
こんなに頑張ったのにあんまりだ。
「く、空也!」
仮面の女が走って戻ってくる。
なんとひょっとこのお面をつけて。
それ以外なかったのかよ!
「まだやるのか!」
汚名返上のチャンスだ!
普段なら鬱陶しい彼女も今は救いの女神に見えてしまう。
「わ、私の素顔を見たわね?」
「ああ。この目にしっかりと焼き付けてやったぞ!」
「やっぱり……もうお嫁に行けない……」
仮面の女はひょっとこ面を少し浮かせて涙を拭っていた。
ていうか素顔を見られて結婚できないって、どういうしきたりなんだよ!?
「酷いですよ、空也くん!」
「女の子泣かすなんてサイテー!」
「ご、ごめん……殴るとかよりましかと思って」
「かくなる上は責任を取ってもらうわ」
「責任? なんだよ、それ」
「私と結婚してもらうことに決まってるでしょ!」
「はぁああ!?」
僕たち三人は声を揃えていた。
「そりゃそうでしょ。だって素顔を見られたらその人と結婚しなきゃいけないルールなんだから」
「そんなこと知りません! 事前通達のないルールは無効です!」
「空也はあたしと結婚する予定なの! 割り込まないで!」
三人は激しく言い争う。
これほどまでに夢なんだからさっさと覚めてくれと思ったことは初めてだった。
────────────────────
なにこの修羅場
せっかく仮面の女に初勝利をおさめたのに報われない空也くんでした!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます