第34話 二人きりの部屋

 もう一度部屋を見回して汚れがないかを確認する。

 衣類はきちんと衣装ケースに入れた。

 ゲーム類はコードまできちんとまとめた。

 本棚は高さをあわせて見映えよく整えた。

 掃除機はかけた。

 テーブルは拭いた。

 昨日の今日で慌てて掃除したからちょっと雑で荒いけど、一応掃除はできたはずだ。


 ……あと絶対にあり得ないけれど、でももし、万が一、いや億が一のときのためにコンビニで買ってきたは机の引き出しの奥の方に隠してある。

 もしものときの為に準備するのは男子の務めだ。

 疚しい意味なんかでは、決してない。

 交通事故を起こそうと思っていなくても自動車保険に入るのと同じだ。


 そんな風に自分に言い訳をしているとき、ピンポーンとチャイムが鳴りビクッと震えた。

 高鳴る心臓を押さえながら玄関を開けると──


「こ、こんにちは。空也くん」


 うつむき気味で顔がよく見えない鏡華さんが立っていた。


「や、やあ。早かったね。上がって」

「はい。お邪魔します」

「ごめんね、狭い家で」

「いいえ。綺麗で素敵なおうちだと思います」


 僕の部屋に案内すると、鏡華さんはクッションに座って部屋を見渡す。


「わー。ここが空也くんのお部屋なんですね」

「汚くてごめん」

「そんなことないです。男子の部屋はものすごく散らかってるって聞いていたんで


 あまりにも片付いていてビックリしてるところです」


 相変わらず鏡華さんの情報は男子をなんだと思ってるんだろうという偏見満載である。


 それにしても僕の部屋に鏡華さんがいるなんて夢のような光景だ。

 いや、夢でも見なかったから、夢以上といえるだろう。


 はじめはお互いちょっと固くなったが、旅行のお土産話が始まると、そんなぎこちなさも消えた。


 学校では無口でそんなに話をしないと思われがちな鏡華さんだが、実際は結構しゃべる。

 しかも上手に話を引っ張ったり、ちょっとしたクイズを出しながら話してくれるので聞いている方も飽きない。


「そういえば今日は舞衣ちゃんいないんですね」

「あいつは奈帆ちゃんと奈帆ちゃんのお母さんの三人でプールに行ってるよ」

「プールかぁ。いいなぁ。気持ち良さそう」


 鏡華さんは羨ましそうな顔をして窓の外の炎天下に視線を向ける。


「そういえば鏡華さんは泳ぐの好きだったもんね」

「え? そんな話しましたっけ?」

「ほら、温泉で泳いでたじゃない」


 うっかり口が滑ってしまった。

 その話をすれば白いお尻を見たことまで思い出させてしまう。


「お、泳いでません! そんなはしたないこと……」


 鏡華さんは見る見るうちに顔を赤らめていく。

 やはりあのときのことは触れない方が無難だろう。


「じゃあ今度、プールに行こうか?」

「いいんですか!?」

「鏡華さんさえよければ、ぜひ」

「もちろんいいに決まってます! やったぁ!」


 鏡華さんとプールに行けるなんて願ってもいない僥倖だ。

 こんなにすんなり誘えたのも舞衣たちのお陰だ。ちょっと感謝。


 どんなプールがいいか二人で検索して調べる。

 少し離れてはいるがスライダーがあり、流れるもある屋内プールに行くことに決まった。


「あ、ごめん。お茶も出してなかったね」

「大丈夫です。お気を遣わずに」

「ちょっと待っててね」


 緊張のあまりお茶すら用意していなかったことに今さら気付く。

 急いでキッチンに行き、麦茶とお菓子を持って部屋に戻る。


「お待たせ。ごめんね、麦茶しかなくて。アイスコーヒーの方がよかったかな?」


 部屋に戻ると鏡華さんはレシートをしげしげと眺めていた。


「極薄0.01㎜……ずいぶん薄いですね。なにを買ったんですか?」

「うわぁ! それはダメっ!」


 うっかりレシートを落としてしまっていたらしい。

 今さらだけど慌てて駆け寄る。


「きゃあっ!?」

「うわっ!」


 勢い余ってお盆に乗せていた麦茶が引っくり返り、鏡華さんにぶちまけてしまった。


「ごめんっ!」

「冷たいです……」


 薄手のシャツはびしょ濡れになり、肌に張り付いてうっすらと下着が透けてしまっていた。


「き、着替えを持ってくる!」

「すいません」



 ひとまず鏡華さんにはシャワーを浴びてもらうこととした。

 あいにくうちに女性の衣類は妹と母の服しかない。

 仕方ないので僕のTシャツとハーフパンツを着て貰うことにした。


 鏡華さんがうちのシャワーを浴びている……


 普段はなんとも思わない水の音が、なんか妙に生々しいものに聞こえてくる。

 本当に万が一の備えを使うときが来たみたいな錯覚を起こし、心臓がバクバク騒がしくなった。



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 世の中にはずいぶんと薄い商品もあるものですね。

 薄焼きクッキーでしょうか?

 万が一の男の身だしなみを使う時はやってくるのでしょうか?

 ドキドキしながら次回をお待ちください!

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