第33話 鏡華さん、拗ねる

 旅先の鏡華さんからは頻繁にメッセージが届いた。


『綺麗な海岸線を見つけました』

『取りがたくさん飛んでます』

『一面のひまわり! 素敵です!』

『このお団子、絶品でした!』


 メッセージには写真も添えられている。

 しかしどの写真にも鏡華さんは写っておらず、風景や食べ物のものばかりである。


 実に彼女らしくて微笑ましいけれど、物足りなさを感じてしまうのも事実だった。

 出来ればそれらを楽しむ鏡華さんの姿も見たいというのが健全な男子高校生の僕の本心だ。


『露天風呂素敵でした。空也くんと行った温泉ほどではありませんでしたけど、いいお湯でした』


 そのメッセージと共に旅館の写真と『浴衣サイダー』とレトロな字体で書かれた瓶入りのジュースの写真が送られてきた。


『風景の写真もいいけれど、それらを楽しんでいる鏡華さんの写真も送ってもらえたらうれしいな』


 思い切ってそうメッセージを送ると秒で返信が来た。


『えっち』


 短いメッセージに頭が真っ白になる。

 改めて自分のメッセージを読み直し、これではまるで入浴を楽しんでいるところを撮って送れと言っているように見えることに気がついた。


『違うって!入浴中の写真じゃなくて食べてるところとか、綺麗な写真を背景に自撮りしてる写真が欲しいって意味だから!』


 しかし今度はすぐに返事が来ない。

 怒らせてしまったのかと冷や汗を流しているとピロンッとメッセージ着信音が聞こえた。


 そこには一文字も書かれておらず、ジトーッとした疑いの目をした浴衣姿の鏡華さんがサイダーの瓶を持った写真が一枚添付されていた。


『ありがとう!美味しそうなサイダーだね!浴衣も似合ってるよ!』

『そうやっておだてて次第にエッチな要求してくるんですよね。男子はみんなそうだって雫ちゃんが言ってました。その手には乗りません』


 まるで僕がエッチなカメラマンみたいな言いぐさだ。

 雫さんはいったい男子にどんな偏見を持っているのだろう。



 そして八月十五日。

 今日は鏡華さんが旅行から帰ってくる日だ。

 今朝届いたメールだと昼過ぎに向こうを出て、夜に戻ってくるらしい。


 お土産を買ってきてくれているらしく、明日会う予定にしていた。

 幸い明日は朝から妹が奈帆ちゃんと出掛ける予定なので、子守りをしなくていい。


 夕食後、明日はなにを着て行こうかと迷っていると鏡華さんからメッセージが届いた。


『いま帰ってきました!』


 荷物を引いて自撮りをした写真付きだ。


『おかえり!疲れたでしょ?』

『いいえ、全然。私そんなにひ弱な子じゃありません』

『それは失礼しました。でも今夜はゆっくり休んでね』

『そんなの夢の内容次第です』


 メッセージごとに似たような歩いている写真を添付してくれる。

 鏡華さんの写真が欲しいと言ったからサービスで送ってくれているのだろうか?

 三枚目まで見て、ようやく鏡華さんの真の意図に気がついた。


『なんか僕の家の近くに来てない!?』

『ようやく気づきましたか。お土産をお渡ししようと思って向かってます』


「マジか!? どうしよう?」


 疲れているのにわざわざ来てくれるなんて申し訳ない。

 駅前で待ち合わせをして慌てて向かった。


 夏でもさすがに日が暮れた時間。

 淡い空色のキャリーバッグを置いてベンチに座る鏡華さんの姿があった。

 まだ僕に気がついてないみたいでスマホに視線を落として微笑んでいる。

 久し振りに見る鏡華さんに僕の胸は高鳴っていた。


「おかえり! 鏡華さん」

「あ、空也くん。ただいま」


 鏡華さんは少し横にずれて僕の座る場所を作ってくれる。


「たくさん写真送ってくれたから、僕も一緒に旅をしているかのような気分だったよ」

「ほんとですか? それならよかったです」


 にっこり微笑んだ鏡華さんは鞄から袋を取り出して渡してくれる。


「これがお土産です」

「こんなにたくさん?」

「はい。美味しそうなお菓子とか、可愛らしいキーホルダーとか、あれこれ買ってたら増えすぎちゃいました」


 すぐにお土産を持ってきてくれたのは嬉しかったけど、少し寂しくも感じた。


「ありがとう。じゃあ明日は家でのんびり休憩かな?」

「え? なんでですか? 明日会う約束してましたよね?」


 鏡華さんはキョトンとした顔になる。


「明日渡してくれる予定だったお土産を今日持ってきてくれたのって、明日は家で休みたいからじゃなかったの?」

「違います! すぐにお渡ししたかったからです」

「あ、そうなんだ。ごめん。勘違いしてた」

「それとも私なんてお土産がなければ会う価値もないってことですか?」


 珍しく鏡華さんはふてくされている。

 でも怒ってるのに申し訳ないけれど、ブスッとした顔もそれはそれで可愛い。


「ごめん。もちろん明日も会えたら嬉しいよ」

「本当ですか? 面倒くさいとか思ってません?」

「思ってません」

「じゃあなにする予定なんですか?」


 これはテストです。

 鏡華さんの顔にはそう書かれていた。

 いきなり振られて頭が少しパニックになる。


「ほらやっぱりノープランじゃないですか」

「違うって! あ、そうだ! 明日は家に誰もいないからうちに来ない?」

「えっ!?」


 焦った僕は思わずそんな提案をしてしまった。

 二人きりの家に誘うなんて、下心丸出しみたいだ。


「ごめん。非常識だよね。えーっと」

「行きます! 空也くんのおうちに行きます!」

「え、いいの?」


 鏡華さんは緊張した顔でコクッと頷く。

 そんなリアクションだとよけい変なことを想像してしまう。


 とにかく家に帰ったら徹底的に掃除をしよう。

 頭の中はそれで一杯だった。




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 次回はなんとおうちデート!

 神回の予感しかしません!

 お楽しみに!

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