第27話 鏡華さんvs加奈江

「ち、違う違う! からかうなよ、加奈枝」


 腕に絡み付く加奈枝を振り払う。


「はぁ? 事実でしょ。忘れたの? 結婚しようねって約束までしたでしょ!」

「いつの話してんだよ!」


 鏡華さんは唖然とした顔で僕たちのやり取りを見ていた。


「小三のとき。あたしが崖から落っこちて顔に怪我したときだよ」


 僕だってそのことを忘れてはいない。

 鬼ごっこをしていた時のことだ。

 僕が鬼で、加奈枝を追いかけていた。


 加奈枝は男子と混じって野山を駆け回るおてんばで、鬼ごっこの時もアクロバティックな動きで逃げ回っていた。

 男子でもなかなか捕まえられなくて、みんな悔しがっていたのを覚えている。

 僕も加奈枝を捕まえることに夢中になっていた。


「ほら、あそこの崖だよ。空也が猛スピードで追いかけてくるから、あたしは慌てて飛び降りて」


 ──バランスを崩し、転んでしまって顔に怪我をしたのだ。


「顔に怪我して『もうお嫁さんになれない』って泣いてたあたしに空也が『だったら僕が結婚してあげる』って行ったんだよ。覚えてるでしょ」

「確かに言ったけど……でも」

「でもじゃない。見てよ。女の子の顔に消えない傷を作ったんだよ。ほら」


 なぜか自慢げに加奈枝は頬を指差して僕と鏡華さんに見せてくる。

 しかし傷の痕なんてどこにもない。

 そりゃそうだ。

 ちょっと擦りむいただけなんだから。


「あの、傷なんてどこにも……」

「あるの! よぉーく見たらあるんだから。あたしは空也にキズモノにされたの!」

「キズモノって……」


 それはちょっと意味が違う気がする。

 それにそもそも僕が押したわけでもないのにひどい言われようだ。


「約束も果たさないで引っ越しして、しかも今さら恋人だったことも、結婚の約束もなかったことにするわけ? サイテーじゃない?」

「い、いや、それは……」

「あの、さすがに子どもの頃の約束を高校生になってまで主張するのは無理があるんじゃないでしょうか?」


 しどろもどろの僕に代わって鏡華さんが異議を唱えてくれた。

 しかしそれが余計に加奈枝の神経を逆撫でしてしまったらしい。


「鏡華、って言ったっけ? ただの同級生なんでしょ。部外者は黙ってて。それとも鏡華、空也と付き合ってるの?」

「つ、付き合ってる訳じゃないですけど……」

「じゃあもしかしてあたしと一緒でキズモノにされたとか?」

「そんなことありません!」

「じゃあやっぱ部外者じゃん。余計な口出ししないで」


 加奈枝の口撃に鏡華さんは敢えなく撃沈させられた。


「友だちなんだから部外者じゃないだろ。僕を心配してくれているんだ」

「ほら、行こう空也。久し振りだからこの町のこと忘れちゃったでしょ? 案内してあげるよ」


 加奈枝は僕の手を握って歩き出す。

 鏡華さんに目で謝り、加奈枝のあとをついていく。

 鏡華さんは僕の一歩後ろを歩いていた。


「ほら、小学校。懐かしくない?」

「おー。変わんないな」


 昭和の時代に建てられたであろう校舎はあの頃と同じだ。

 砂ぼこりで汚れ、雨水がそれを洗い流すということを繰り返してきたくすんだ風合いがノスタルジーを感じさせる。


「これが空也くんの母校なんですね」

「そ。あたしと毎朝登校してた小学校。あそこの大鉄棒で飛行機跳びしたり、あのフェンスに登って叱られたり。思い出が詰まった場所なの」

「そんなこともあったな」


 せっかく懐かしい気持ちなのに、妙に鏡華さんに刺々しい加奈枝のせいで思い出に浸れない。


 学校前の文房具店は今でも生徒たちに頼りにされているらしく健在だ。

 駅前の商店街も相変わらず風前の灯みたいに細々と営業を続けている。

 でも親の話によるとここは十年以上前からこんな感じだそうだ。

 萎びた商店街というのは意外と商魂逞しい。


 仏花の香りがする花屋の前を通り、どうやって生計を立てているのか不明な時計屋さんの角を曲がる。

 細い住宅路地を抜けると砂場とブランコ、滑り台といった必要最低限のものしかない割に面積だけは広い公園が現れる。


「おー! ここも懐かしいな」

「ここでよく遊んだよね」


 加奈枝ははしゃいでブランコに乗り、勢いよく立ち漕ぎをはじめる。


「おい、パンツ見えるぞ」

「見たい?」

「そんなわけないだろ」

「とかいって。むかしチラチラ見てたよね。あたし、気付いてたんだから」

「落ちないか心配してたんだよ」


 つい懐かしさに駆られ、鏡華さんのことを失念してしまっていた。


「鏡華さんも子どもの頃ブランコとかしてた?」

「はい。まぁパンツを見てくるえっちな男子の幼馴染みはいませんでしたけど」

「そ、そんなことしてないから」


 ヤバい。

 けっこうムッとしてらっしゃる……


「とぉ!」


 加奈枝はブランコからジャンプして僕に抱きついてくる。


「うわっ!」

「ビックリした?」

「子どもかよ」


 回してきた腕をほどいて距離を取る。

 そんな僕らを見ていた鏡華さんがプイッと背中を向けて歩き出した。


「どこ行くの?」

「その辺をぶらぶらして帰ります。せっかく幼馴染みと再会したのに私がいたら邪魔でしょうから」

「邪魔なんかじゃないって」

「気が利くじゃん、鏡華。じゃーね。ばいばーい」

「いい加減にしろ、加奈枝。悪ノリし過ぎだぞ」


 急いで鏡華さんのもとに駆け寄った。


「ごめんね、鏡華さん。悪い奴じゃないんだけどふざけすぎるところがあって」

「別に謝ることじゃないと思います。それに空也くんが誰と仲良くても私とは関係ないことですし」

「うわー。素直じゃなくて可愛くない」


 加奈枝が笑いながら煽る。

 これにはさすがの鏡華さんもカチンときたらしく、ムッとした目をして振り返った。


「どういう意味ですか?」


 口調はいつも以上に静かだけれど声は怒りで震えていた。


「別にー? ただこんな子が同級生だと空也もめんどくさそうだなーって」

「面倒くさい女で失礼しました」


 バチバチっと冷たい火花が散る。

 今までも夢の中でいくつもピンチはあったけれど、これは過去一でヒヤヒヤする。


 これは鏡華さんにちゃんと説明するしかないだろう。


「実は鏡華さん、加奈枝は──」


 そういった瞬間、鏡華さんは消えてしまった。


「あれ? 鏡華さん?」


 どうやら鏡華さんは起きてしまったらしい。

 勘違いされたままだとギクシャクしてしまう。


「ごめん、加奈枝。またな」

「あ、ちょっと! 空也!」


 僕も急いで夢の世界から抜けた。



 ────────────────────



 初戦は加奈枝圧勝で二人の戦いは終わりました。

 鏡華さんの逆襲なるか!?

 そして加奈枝とはいったい何者なのか?

 次回もお楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る