第26話 彼女さん、登場⁉

 お好み焼き屋さんの近くに飲み物を売っている店があった。

 大きな氷を浮かべた桶にソフトドリンクやビールが浮かんでいるのが涼しげである。


「あ、見てください! 瓶のラムネがあります!」

「ほんとだ。レトロだね」

「可愛いですよね。私これにします!」


 僕らは瓶ラムネを購入し、お好み焼き屋さんのテーブルに座る。

 お好み焼きはふっくらとした生地で、大量に入ったキャベツの甘みとソースとの相性も抜群だった。


「おいしい!」

「でしょ!? 私毎年楽しみにしてるんです」


 お祭りの屋台で食べるお好み焼きなんて雰囲気重視で味は特に期待していない。

 でもこのお好み焼きは本格的で普通に美味しかった。


 ラムネは封を開けると泡が吹き出してきたので慌てて口で塞ぐ。


「あー、また詰まっちゃいました」


 どうやら鏡華さんはラムネを飲むのが下手くそらしく、飲み口を塞ぐビー玉を舌でれろれろと押していた。

 なんだかちょっとだけエッチな感じに見えてしまう。


「ラムネはこの窪みにビー玉を乗せて飲むんだよ」

「あ、本当ですね。飲みやすい!」


 鏡華さんは嬉しそうに目を細めて笑う。


 食べ終えた後は射的をしたり、ヨーヨー釣りをしたり、正しく夏祭りを堪能した。

 一通り屋台を巡回したあと、鏡華さんは子どものようにポンポンポンとヨーヨーを弾ませていた。


「そろそろ帰ろうか?」

「え? もう帰るんですか? なんだかもったいない気がします」

「あんまり遅くなるとご両親も心配になるよ」

「もう高校二年ですよ? 少しくらい遅くても問題ないのに」


 不服そうな顔を見ていると僕も別れ難くなる。

 しかし女の子をあんまり遅くまでつれ回すわけには行かない。


「大丈夫。きっと今夜は夢でまたお祭りに行けるよ」

「そっか。確かにそうですね」


 これだけ名残惜しいんだから、今夜の夢はまず間違いなく夏祭りだろう。

 納得してくれた鏡華さんを連れ、僕は帰路に着いた。



 ──

 ────



 シャンシャンシャンシャン……


 僕はセミが競いあって鳴き声を張り上げる森の中にいた。


(えっ……この場所って……)


 青々と緑を生い茂らせた木々の隙間から光が細い線のように指している。

 子どもが踏み固めた獣道を進んでいくと、僕の記憶通り小川に辿り着く。


 照りつける太陽の日差しを反射させる小川のほとりに、丸つばの帽子を被った鏡華さんがいた。

 素足をせせらぎに浸して遠くの山を眺めている。


「こんばんは、鏡華さん」

「あ、空也くん。こんばんは。見てください。素敵な景色ですよ」


 僕は鏡華さんの隣に腰掛け、懐かしい風景を眺めた。


「ここ、僕の生まれた故郷なんだ」

「えっ、そうだったんですか! 素敵なところで育ったんですね」

「住んでいる頃は別になんとも思わなかったけど、いま見ると確かに緑豊かできれいだね」


 ちゃぷちゃぷと鏡華さんが素足で川をかき混ぜる音が心地よい。


「じゃあ今日は空也くんのふるさとを案内してもらおうかな」

「なんにもないところだよ。観光地的なところなんてひとつもないし」

「そんなのどうでもいいです。空也くんの通った小学校とか、遊んでいた公園とか、住んでいたおうちとか、そういうのが見たいです」

「そんなものでよければ案内するけど」


 そんなものを見て面白いだろうか?

 疑問に思ったけど、鏡華さんが見たいというなら案内しよう。


「遊び場っていえばこの森自体が僕たちの遊び場だったんだ」

「こんな素敵な森があったら、子どもなら遊びますよね!」

「秘密基地を作ったりしたな」

「ほんとですか!? 行ってみたいです。ご招待してください!」


 目を輝かせて期待するほどのものじゃないけれど、鏡華さんを連れてかつての秘密基地に向かう。


 森の近くの駄菓子屋さんには今では見ないような自動販売機があり、いまも稼働していた。

 店内は多くの子どもたちで賑わっている。


「あそこでよく駄菓子を買ったんだ。当たり付きのチョコとかで盛り上がったなぁ」

「素敵ですね! あとで寄りましょう!」


 神社の鳥居を潜り、境内を外れて裏手の方に回る。

 社殿の床の下にあるスペースが僕たちの秘密基地だ。

 いま思えばずいぶんと罰当たりなところに基地を構えたものである。


「ほら、あそこの隙間から入るんだけど……さすがに高校生が入ると頃じゃないよね」

「問題ありません。入ってみましょう」


 夢の中の鏡華さんは相変わらず大胆である。

 入れるかなと不安に感じたそのとき、秘密基地の入口からポニーテールの女の子が飛び出してきた。


「か、加奈枝かなえ

「空也、あたしたちの秘密基地によそ者連れてこないでよね!」


 加奈枝は日に焼けた腕をピシッと伸ばして鏡華さんを指差す。


「人を指差すな。失礼だろ」

「こ、こんにちは。日沖鏡華と申します。空也くんとは高校の同級生で」


 加奈枝は一定距離を保ちながらジィーッと鏡華さんを睨みながら僕の隣にやって来る。


「あたしは千歳ちとせ加奈枝。空也の彼女」


 そういうなり加奈枝は僕の腕を取り、ぎゅっとしがみついてくる。


「か、かか彼女さん!?」


 鏡華さんは目を丸くして驚いていた。




 ────────────────────



 なんと空也くんの彼女さんが登場!

 これにはさすがの鏡華さんも焦らずにはいられない!?


 いきなりの修羅場!

 どうなるのでしょうか?

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