第25話 夢のようで夢じゃない時間

 神社に続く緩やかな坂を上っていくと、次第に浴衣姿の人が増えてくる。

 日が落ちたとはいえ、オーバーシュートした昼の熱気が抜けきらないこの時間。

 慣れない浴衣の下の素肌は汗で濡れていた。


 穿き慣れない下駄のせいで足の親指がちょっと痛いけれど、そんなことを気にせずに坂を上っていく。


 待ち合わせの地下鉄出口付近に鏡華さんはいた。

 向こうの方が僕を先に見つけていたらしく、こちらに手を振って笑っている。


「ごめん、お待たせ」

「私もいま来たところなので。それより空也くん、浴衣とても似合ってますね」

「それは僕の台詞だって。鏡華さんこそとても似合ってるよ」


 紺と白の幾何学模様の浴衣は大人っぽくて鏡華さんの魅力をより引き出していた。


「そうですか? ありがとうございます。私はもっと可愛らしい柄が欲しかったんですけど、親に決められてしまいまして」

「そうなんだ。でも鏡華さんにぴったりだと思う」

「空也くんこそ、普段とはまた違って素敵ですよ。高校生で着物や浴衣が似合う男子ってなかなかいないと思います」

「あ、ありがとう……」


 お世辞だとしても鏡華さんに褒められるのは純粋に嬉しかった。


 神社に続く道に吊るされた赤い提灯が現れ、お祭りの気分が一気に高まってくる。

 さらに神社に近付くと焦げたソースや醤油の匂いがしてきて、鏡華さんは野うさぎのように鼻をスンスンさせて嬉しそうに微笑む。


「あ、見てください! カステラ焼きです! 美味しそう!」

「まずはお参りしてからでしょ」

「はぁい」


 おどけて小さな子どもみたいなリアクションをするのが可愛い。


「それにしても凄い人だね」

「これでもずいぶん減ったんですって。昔はもっとたくさんの人が来ていて、流れに合わせて歩くしかなかったってうちのおじいちゃんが言ってました」


 昔はいまみたいに娯楽もなかったし、店だって少なかったのだろう。

 祭りというのは今の夏フェスみたいに一大イベントだったのかもしれない。


「空也くんも子どもの頃からこのお祭りに来ていたんですか?」

「いや、僕は小学五年生のときに引っ越してきたから。中学のときに一回来たことあるくらいかな」

「そうだったんですか。全然知りませんでした。また新しい空也くんの発見です」

「大袈裟だな」

「生まれ故郷のお祭りはよく行ってたんですか?」

「まぁね。田舎だし夜店も少なかったけど。でも不思議だよね。そんなに馴染みがないこのお祭りなのに、なんだか子どもの頃を思い出すよ」


 祭りなんてどこも似た雰囲気だからなのか、遠い日の記憶が甦ってくる。


「分かります。お祭りってどこか不思議で、ノスタルジックな気分になりますもんね。たとえばあの角を曲がったら十年前の自分に会えるような、独特の幻想感があります」

「鏡華さんの夢にありそうな世界観だね」

「空也くんの夢の世界ならあの森からドラゴンとかの怖い殺人鬼が出てきて大パニックになるんですよ」

「よく知ってるね」

「被害者ですから」


 笑いながら石段を登り、本殿でお参りをする。

 賽銭を投げて鈴を鳴らすと、人はなぜか図々しくお願い事をするように遺伝子に組み込まれているのだろう。

 僕はチラッと横目で鏡華さんを見て、大それたことを願った。

 五円しか入れてないのに厚かましい奴だと神様に笑われたかもしれない。

 恥ずかしいので何を祈ったかは内緒である。



 お参りが終わってからは鏡華さんおまちかねの出店巡りだ。


「ここです、ここ! ここのお好み焼き屋さんが最高なんです!」


 鏡華さんは神社から少し外れた、既に営業してなさそうな商店の前にあるお好み焼き屋さんに僕を連れてきた。


「確かにいい匂いだね。お好み焼きもふっくらしている」

「ですよね! ずっと昔から毎年ここに出店されているそうなんです」


 きっと地元の人には有名なんだろう。

 メインストリートから外れている割にお客さんが並んでいた。

 でも焼き上がるといっぺんにいくつも出来るので、さほど並ばなくても順番が回ってきた。


「二つ、お願いします」

「お? お嬢ちゃん今年も来たね」

「覚えてくれていたんですか?」

「もちろん。可愛い子は特に忘れないよ」


 少し強面に見えたが、根は優しい人らしく、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。


「しかも今年は彼氏連れてきてくれたのか?」

「か、かかか彼氏じゃありません! 同級生です!」

「へぇ。まぁなんにせよお嬢ちゃんが男の子と来るのははじめてだな。記念に青のり大盛りサービスだ」

「歯につくじゃないですか、もう」


 からかわれて鏡華さんは恥ずかしそうだ。


「お兄ちゃんも、もたもたしてると他の男に取られるぞ?」

「はい。気を付けます」

「もう、空也くんまでからかわないでください!」


 弱り顔の鏡華さんはとても可愛い。

 ついからかいたくなってしまう。





 ────────────────────



 夏祭りに行くと必ず見かけるのが中学生くらいの男子のグループと女子のグループ。

 それらが遭遇してはしゃぎ出すのを見ていると、なんとも言えず清々しくてもどかしい気持ちになりますね。

 もうその輪には加われないものとしては、遠い日を思い起こさせるノスタルジーさえ感じさせられます。


 今年の夏はお祭りも再開されるといいですよね!


 そして次回、遂に鏡華さんの最大のライバル出現です!

 いよいよ物語も大きな山場の始まりです!

 お楽しみに!

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