第24話 喋らないでください
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夢の中で喫茶店の続きをやり直す。
「今日は妹たちがごめんね」
「いいえ。全然気にしてませんよ」
「せっかく鏡華さんが一緒の席に座ったのになに考えてるんだか。失礼だろって叱っておいたから」
店には僕と鏡華さんしかおらず、あり得ないけれどウエイトレスさんもマスターもいない。夢の中はご都合主義だ。
「店を出たら妹ちゃんたちに『あの人彼女?』って訊かれたんじゃないですか?」
「え? なんでそれを? もしかして聞こえてた?」
思わず焦ってしまうと鏡華さんはクスクスと笑う。
「きっと空也くんを取られたくなかったんですよ」
「ないない! それはないって。本当にあいつは兄を金づるとか召し使いくらいにしか考えてないから。ていうか召し使いならたかるんじゃなくて給料寄越せって話だけど」
「妹ちゃんじゃなくて、そのお友だち、かもしれませんね」
「奈帆ちゃんのこと!? アハハ! 小学五年生だよ? あり得ないでしょ」
突拍子もないことを言われて笑っていると、鏡華さんは呆れ顔になる。
「どうしたの?」
「女心に疎いと思ってましたが、そこまで鈍いと嫌われますよ?」
「考えすぎだって。奈帆ちゃんなんて保育園児の頃から知ってるんだよ? ほとんど兄貴みたいなもんだから」
「……これはよほどアピールしないと通じないみたいですね」
「アピール? 奈帆ちゃんはそんな素振りまったくないよ」
「もういいです。それ以上喋らないでください。どっと疲れてしまいそうですから」
なぜだか鏡華さんはやけに疲れた顔をしていた。
まさか鏡華さんは僕と小学五年生女子との恋愛を応援しているのだろうか?
「いいですか? 女の子からのサインなんてちょっと分かりづらいものなんです。他の人に対してとはちょっと違う特別な態度とか、ファッションにさりげなく意味を待たせたりとか。そういう微妙な合図をテレパシーのように受け取ってあげるのが男の子の役目です」
「でももし本当に奈帆ちゃんがサインを送っていたとして、それを汲んで気持ちを受け入れちゃったら僕は逮捕されちゃうんじゃないの?」
「喋らないでくださいって言いましたよね?」
ものすごい冷たい目で僕を見てから「はぁ」とため息をつく。
「まああの年頃の女の子は年上のお兄さんに憧れるものなんです」
ずいぶんと尊いことのようにそう呟いた。
『年上のお兄さん』に憧れることはいじらしいが、『年下のお嬢さん』に恋慕を寄せるのは逮捕となる。
缶詰があって缶切りがないような関係だ。
でもきっとまた怒られるだろうからその発言は自重した。
店を出ると鏡華さんは突然駆け出した。
「ねぇ、空也くん。空を飛びましょう」
「空を?」
鏡華さんは階段を上るように空気を蹴って空へ向かっていく。
「ちょっと待って!」
慌てて僕もその後を追いかける。
「どっちが高く行けるか競争です!」
笑顔で振り向く鏡華さんはきっと、自分がスカートを穿いていることを失念しているのだろう。
慌てて同じ高さまで駆け上がる。
「追いつかれた! えいっ!」
鏡華さんは思いっきり空気を蹴り、高くジャンプする。
「あ、ちょっと待って鏡華さんっ」
「待ちません!」
鷹が空を飛ぶように、大きく両手を広げて飛んでいく。
僕も慌ててクロールをして追いかける。
「なんで泳いでるんですか?」
「僕は夢の中で飛ぶときはこうして泳ぐんだ」
「へぇ。そうなんですね。私はこうして空気を全身で掴んで飛ぶ感じなんです。泳ぐよりこっちの方が速いですよ」
「僕はこの方法でしか進めないんだよ」
空を飛ぶ夢というのは人によって違うらしいが、僕の飛び方より彼女の方が気持ち良さそうだしスマートに思えた。
眼下には僕たちの住む街がジオラマのように広がっている。
鏡華さんは速度を速め、すいすいと遠くへ進んでいく。
山を越え、森林地帯を過ぎて見知らぬ街が見えてくる。
「あそこはどんな街なんだろうね? あれ?」
いつの間にか鏡華さんの姿が消えていた。起きてしまったのだろうか?
「わっ! こっちですよ。驚きましたか?」
鏡華さんが雲の中から顔だけを出す。
「ビックリした!」
驚く僕を見た彼女は満足げに微笑み、また雲の中に隠れる。
「鬼ごっこです。タッチしてください」
「そこだ!」
全力で泳いでズボンっと雲の中に突入する。
しかし雲の中は白い靄のかかった世界でまるで見えない。
「こっちです」
声がする方に向かうと鏡華さんを見つけた。
しかし思いの外早くタッチはおろか差が広がるばかりだ。
「泳いでる人に捕まるほど遅くありません」
「それはどうかな」
強がってみたものの鏡華さんは速い上に小回りが効く。
これじゃ確かに捕まえるのは無理そうだ。
さんざん飛び回って疲れた僕たちはぷかぷかと空に浮かんで休んでいた。
「実は謝らなくちゃいけないことがあるんです」
「え? なに?」
深刻な声なので思わず身構えてしまった。
「私、お盆辺りに親と旅行に行くんです。だからその間、一週間近くお会いできません」
「なぁんだそんなことか」
あまりに真剣な声だったから引っ越しとか転校とかもっとすごいことを想像してしまった。
「そんなこと、ですか?」
「だって僕たちは夢で会えるだろ? 旅行しててもあんまり関係ないよね」
それが僕と鏡華さんの、他の人ではあり得ない特別な関係だ。
ところが彼女はむすっと機嫌が悪くなってしまった。
「さっきのアドバイスもやはり無駄でしたね?」
「アドバイス? 泳ぐより鳥のように飛んだ方が速いっていうやつ?」
「もう喋らなくて結構です」
なにやらまた怒らせてしまったらしい。
「それはそうと夢って離れていても繋がれるものなんでしょうか?」
「どうかな? 多分距離は関係ないんじゃないかな?」
そもそも夢が繋がるということ自体が特殊すぎることなので調べようもない。
「お盆ということはお祭りの頃はまだこっちにいるよね」
「八月のはじめのやつですよね。それならいると思います」
「よかったら一緒に行かない?」
「私となんかでいいんですか?」
「もちろん。鏡華さんさえよければ、だけど」
「はい! もちろんです」
どの浴衣を着ようとか、たこ焼きは食べたいとか鏡華さんは夢の中で夢想し始める。
僕も耳の奥で祭り囃子が聞こえてくるようだった。
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しゃべるなと言われているのによけいなことをペラペラと喋ってしまう空也くん。
二人が通じ合うにはもう少し時間がかかりそうです。
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