第23話 背伸びしたい奈帆ちゃん

 夏休みの醍醐味といえば冷房の効いた部屋でだらだらとゲームをしたり漫画を読んだり動画を観たりして、有り余る時間を無為に溶かしていくことだ。


 そしてたまに炎天下の窓の外を見て、「外にいたら死んじゃうよ、まったく」などと呟いて、三十秒ほど地球温暖化について思案して嘆く。

 夕方になったらコンビニにでも行き、夏の暑さの残り香を楽しむ。

 そして夜はしゃーなしに勉強をする。


 これこそが彼女のいない帰宅部男子高校生のあるべき姿といえるだろう。


 しかし僕は今、炎天下の街の中を汗だくで歩いていた。

 しかも──


「ほら、お兄ちゃん、早く!」


 妹とその友達の奈帆なほちゃんの子守りという仕事つきで。


「お兄さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ありがとう奈帆ちゃん」

「舞衣ちゃん、そんなに早く歩かないでー。お兄さん、大変そうだからぁー」


 がさつな妹に比べ奈帆ちゃんは気遣いの出来る優しい女の子なのがせめてもの救いだ。


「なにこれくらいでバテてんの? 高校生なんだからしっかりしてよね」

「小学生が元気すぎるんだって」

「そうだよ。お兄さん、荷物まで持ってくれてるのにそんなこと言っちゃダメ」

「奈帆はお兄ちゃんに甘いんだから」


 なぜこんなことになっているのかといえば、昨日突如舞衣が奈帆ちゃんと買い物に行く約束をしたと言ってきたからだ。

 小学五年生二人で街に買い物に行くことが許されるわけもなく、僕が子守りとして同行させられることとなったわけである。


 夏休み中は家事手伝いをするという取り決めがあり、子守りもその中に含まれていたので拒否権はなかった。


 小5の買い物なんてショッピングモールで終わるんだろうと甘く見ていたが、近頃おしゃれに目覚めた舞衣は調子に乗って雑貨店やら古着屋をはしごするのでたちが悪い。


「ねー、ねー、お兄ちゃん」

「なんだよ?」

「これってなんの店?」

「DVD見放題? 三時間二千円?」


 二人はビデオ試写室の看板をしげしげと物珍しそうに眺めていた。

 店から出てきた人は女子小学生の存在に驚き、逃げるように立ち去っていく。


「こ、こらこら君たち! それは君たちには関係のないものだから」


 慌てて店の前から引き剥がす。


「二時間二千円って高くない? 映画館でも二時間の映画を二千円以下で観れるでしょ?」

「それは、まあ、なんというか」


 答えづらい妹の質問にしどろもどろになる。


「そもそも二時間を越える映画の場合は観終わらないんじゃないの?」


 奈帆ちゃんは曇りのない眼差しで首を傾げている。


「み、観終わらなくても構わない作品を観るんじゃないかな? よく分からないけど」

「えー? ラストが分からなかったら気になって仕方ないよー」

「ラストというかフィニッシュは観ると思うよ」

「ふぃにっしゅ?」

「いや、なんでもない! ほら、行くよ!」


 夏休み早々、炎天下で僕は小学生に何を話しているんだろう。


 しばらく買い物を続けてから休憩のためファストフード店に向かった。

 しかしあいにくどこも夏休みを謳歌する学生たちで一杯だった。


「あー、もう暑い! お兄ちゃん、早く涼しい店に案内して!」

「はいはい」

「舞衣ちゃん。お兄さんにそんな言い方しちゃダメだよ」


 生意気な妹は腹立たしいが、早く店に入りたいのは同感だ。

 少し出費は痛いが以前鏡華さんと行った洒落た喫茶店へと向かう。

 さすがにここは高級なので学生の姿はなく、待つことなくすぐに座れた。


「ふわぁ、生き返る!」

「見て見て! このパフェすごいよ、舞衣ちゃん!」

「うわ、すご! ねぇお兄ちゃん、これ食べていい?」

「仕方ないな。二人でひとつだぞ」

「ありがとうございます、お兄さん!」


 はじめての経験に子どもたちは大はしゃぎだ。

 騒がしいのは申し訳ないけど、店員さんも微笑んでるので許してもらえていると勝手に解釈しよう。


 パフェが運ばれてくると小5シスターズは夢中で食べていた。

 その様子を僕だけでなく、ウエイトレスさんやマスターも目を細めて微笑ましく見守っていた。


 ドアが開き、カランっというカウベルが涼しげになる。


「あ、空也くん!?」

「鏡華さん!? 偶然だね」

「はい。ちょっと参考書を買いに来まして、帰る前にちょっと休憩をと思いまして」


 妹たちはピタッと動きを止め、不躾な視線を鏡華さんにぶつけていた。

 その視線に気を悪くした様子もなく鏡華さんはニッコリと会釈する。


「舞衣ちゃん、ですか? はじめましてお兄さんの同級生の日沖鏡華です」

「どうも。妹の舞衣です」


 ちょっと無愛想な返事だったので「こら、もっと礼儀正しく」と軽く叱る。


「いいんですよ。それで、こちらは?」


 鏡華さんは奈帆ちゃんを見る。

 しかし奈帆ちゃんは険しい目付きで鏡華さんをジィーッと見ていた。


「この子は舞衣の幼馴染みの奈帆ちゃん」

「こんにちは、奈帆ちゃん」

「はぁ。こんにちは」


 あんなに礼儀正しい奈帆ちゃんとは思えない無愛想さだ。

 注意すべきか迷っていると、鏡華さんは「まぁまぁ」という身振りをする。


「よかったらここに座る?」

「いいんですか? ありがとうございます」


 鏡華さんが座ると妹たちはなにかボソボソと耳許で囁きあう。

 内緒話が好きなのはいつものことだけど、初対面の鏡華さんの前ではやめて欲しい。


「妹ちゃんとなかいいんですね」

「全然。子守りを頼まれたから仕方なく」

「私一人っ子だからお兄ちゃんって憧れました」

「いたらうるさいだけですよ。な、舞衣? っておい、もっとゆっくりお行儀よく食べろよ」

「妹ちゃんとそのお友だちまで連れてお買い物に来るなんて優しいお兄ちゃんじゃないですか」

「仕方なくだって。でもこうして偶然きょ──」

「ごちそうさま! さ、行こうお兄ちゃん!」

「ちょ、おい! まだ鏡華さんが」


 二人は口についたクリームも拭かず、店を飛び出していく。

 まるで食い逃げ犯だ。


「っとにもう。すいません鏡華さん」

「いいんです。早く行ってあげてください」


 鏡華さんに謝り、会計を済ませてから店を出る。

 二人は少し離れたところで僕を待っていた。


「なんなんだよお前ら。鏡華さんに失礼だろ」

「あの人ってお兄ちゃんの彼女?」

「はあ!? そんなわけないだろ。クラスメイトだよ」

「本当?」

「奈帆ちゃんまでなんだよ。本当だって」


 ませた質問に答えると、舞衣はにたーっと笑う。


「ほらやっぱりー。あんな綺麗な人がお兄ちゃんの彼女のわけないって!」


 僕がモテないのがそんなに面白いのか、小5シスターズはえらくはしゃいでいる。

 パフェを奢らされた上にひどい仕打ちだ。




 ────────────────────


 鏡華さんに恋のライバル出現?

 ついに空也くんにもモテ期到来でしょうか?


 負けるな、鏡華さん!





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