第20話 『知らない人』と『まだ全部は知らない人』

 成績通知表を見て一喜一憂するざわつきは長くは続かず、話題はどこに遊びに行くかに変わっていた。

 明日から夏休みという解放感で教室内は盛り上がっている。

 当然その輪の中心付近に鏡華さんもいた。


 色んな意見が出ているが、ひとまずファミレスに行くことに決まったようだ。

 よそのクラスの男子もそのグループに紛れている。

 態度から見て鏡華さん目当てなのは分かった。


「空也も行こうよ」


 雫さんは自然に誘ってくれた。

 鏡華さんは男子たちに囲まれて固い笑顔で対応していた。


「いや、いいよ。男子とか知らない人ばっかりだし」

「そっかぁ。まあ知らない奴だらけの中に入るのってしんどいもんね」

「誘ってくれたのにごめん」

「んーん。気にしないで」


 校舎を出るときも、電車に乗っているときも、ずっと考えていた。


(やっぱり行くべきだったんじゃないだろうか?)


 せっかく雫さんが誘ってくれたのに知らない人が多いなんて理由で断ってしまったことを悔やんでいた。


(やっぱり今からでも合流しようっ!)


 一度も降りたことのない駅に着き、迷わず電車から降りる。

 スマホを手に取ったところまでは威勢がよかったのだけれど、そこでちょっと躊躇ってしまった。


 よく分かんない奴が途中から合流なんて微妙な空気になるのは間違いない。

 電車が駅から遠ざかっていくのを見送り、一呼吸着いてから鏡華さんに電話をかける。


 ティロティロティロティティン……


 背後から着信音が聞こえて振り返るとにんまりと笑った鏡華さんが立っていた。


「私にご用ですか、空也くん」

「きょ、鏡華さん!? なんで?」

「それはこちらのセリフです。なんで帰っちゃったんですか?」


 まだ着信音が鳴ってるスマホで僕を差し、むすっとした顔をする。


「いや、それは……」

「雫ちゃんに空也くん誘ってってお願いしたんです。そしたら断られたって」

「ごめん。知らない人多かったし、邪魔になるかなって」

「そんなこと言うなら私だって知らない男子多かったですよ。でも雫ちゃんとかいるからいいかなって」

「知らない人って……普段結構鏡華さんに話しかけている男子だよね」


 ちょっと驚いて声が上擦る。


「そうかもしれませんが、お名前もあまり覚えてませんし、どんな人なのかさっぱり知らない人です」


 こんな言われようだと知ったら彼らもさぞ凹むだろう。

 でも鏡華さんの言うことも一理ある。

 僕も知らない男子とは言ったけれど、顔や名前は知っている。

 どんな人なのか知らないという意味の『知らない人』だ。


「まぁ私も知らない人ばっかりだったから嘘の理由言って断ったから、空也くんのこと言えないんですけど」

「なにそれ? じゃあ僕はいったい今なんで鏡華さんに叱られてたわけ!?」


 思わずツッこむと鏡華さんは澄ました顔で笑いを堪えていた。


「お腹空きましたね。なんか食べに行きましょう」

「でもこの駅降りたことないから詳しくないんだよね」

「それがいいんじゃないですか。見知らぬ町の探検しましょう」


 探検というにはあまりにお手軽な気もするけど、たまには面白そうなのでその案に乗った。


「うわ。駅前にラーメン屋しかない。ちょっと歩こうか?」

「いえ。私、ラーメンがいいです」

「好きなんだ?」


 庶民的、というとちょっと語弊があるけれど、鏡華さんがラーメン好きというのは意外だった。


「そうじゃなくて、ちゃんとしたものを食べたことがないんです」

「なるほど。はじめてのものをチャレンジする的な意味でね」


 とはいえその店は色褪せた看板に狭い間口の、年季の入った店だ。

 こういうお店が意外と美味しかったりするものだけど、鏡華さんをお連れするような店じゃない気がする。


「もうちょっと探そうか? 小綺麗なところあるかもしれないし」

「いえ。ここがいいです」


 鏡華さんは意気揚々と引戸を開けて店内に入ってしまう。


 結論から言えば、その店は大正解だった。

 シンプルな鶏ガラ醤油ラーメンだったのだけど、鶏の味がしっかりとしていて薄い色のスープとは思えないほど豊かで奥深い味わいだった。

 具材もネギ、チャーシュー、煮卵と飾り気がないけど、奇をてらわずラーメンの味を引き立てるものだったのが好感を持てた。


「美味しかったです! ごちそうさまでした!」


 両手を合わせて満足げにお辞儀する鏡華さんに店主も嬉しそうだ。


 店を出てから知らない町の散策を続ける。

 車や電車の車窓から見たことはあったけれど、歩いてみると色んな発見があった。


 川沿いの道にお洒落なお店が並んでいたり、緑地の公園の池にはたくさんの鯉がいたり、よその高校の生徒たちの通学路だったり、意外と大きなお寺があったり。


 一つひとつ知っていくうちにここは知らない町から知ってる町に変わっていく。


「夢を共有してるってわかった頃はお互いよく知らない相手同士だったよね」

「そうですね。でも今はよく知ってる人です」

「でもまだまだ僕の知らない鏡華さんもいるんだろうな」

「裏表があるってことですか?」


 鏡華さんは冗談めかして怒った振りをする。


「そうじゃないよ。僕の知らない鏡華さんがまだたくさんあるって意味」

「そんなこと言ったら私の知らない空也くんだってたくさんいそうです」

「そうだね。もっと知られたら引かれちゃうかも」

「そんなこと言ったら私だってそうですよ」


 僕たちはみんな最初は知らない人で、いつの間にか知ってる人となり、やがてかけがえのない人となる。

 お互い手探りで相手を知っていき、惹かれていく。

 それをきっと恋と呼ぶんじゃないかと思った。



 ────────────────────



 知らない人がいつの間にか知ってる人になり、やがて大切な人となる。


 私たちはいつもそんな物語の途中を生きているんですね。


 空也くんと鏡華さんのこれからの物語はどんな出来事が待っているのでしょうか?


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