第21話 二人の『鏡華さん』

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 その街はパステルカラーやシャーベットカラーで満ちていた。

 さくら色や淡いオレンジ色のビル、ミントグリーンの二階建てのバス、藤色の駅舎にクリーム色の電車、ライトブルーのレストラン。

 メルヘンの世界に迷い込んだような街並である。


「こんばんは」


 麦わら帽子にオフショルダーのシャツ、クロップドパンツの鏡華さんが現れる。

 もちろん色合いはこの街の住人らしくパステルカラーだ。

 かくいう僕もパステルカラーのパンツとシャツだ。


「地中海の港町みたいに鮮やかな色合いの街だね」

「きっと私の願望の街です。すいません。ちょっと女の子っぽすぎますよね」

「いや。可愛くていいと思うよ」


 ポップでちょっと不思議な街を二人で散策する。

 手回しオルガンを演奏するシルクハットの紳士、世界中の花を扱う巨大な花屋さん、歌って踊りながら掃除をする少女たち。


 街の人たちはシャボン玉に包まれてプカプカ浮いている。

 特にはしゃいでないところを見ると遊んでいるわけではなく、あれが普通の移動手段なのだろう。


「ほら、見て鏡華さん。あそこの巨大な観覧車、ゴンドラの色が一つひとつ違うよ」

「わっ、本当ですね、かわいい! 乗ってみましょう!」


 急ぎ足で石畳の道を歩いていくと、迷子のようにキョロキョロしている女性がいた。

 その顔を見て衝撃を浮ける。


「えっ!? 鏡華さん!?」


 それは間違いなく鏡華さんだった。

 しかしストライプのシャツにボックスプリーツスカートという服装だった。


「あ、空也くん! ようやく会えましたね。今夜は夜更かしされているのかと──え?」


 僕の隣にいるクロップドパンツ姿の鏡華さんを見て、プリーツスカート鏡華さんが固まる。


「鏡華さんが二人!?」

「だ、誰ですか、その人」

「あなたこそ誰ですか!? 私のニセモノです!」

「失礼ですね! 私が本物です!」


 二人の鏡華さんは鋭い視線をぶつけ合う。

 一体どっちが本物なのか、見た目には全く区別がつかなかった。


「どちらが本物かなんて、空也くんに聞けばすぐ分かります!」


 スカート姿の鏡華さんが僕を指差して提案する。


「そうですね。空也くん、ニセモノにはっきり言って上げてください!」

「そ、そんなっ……」


 二人はズイッと僕に顔を近付けてくる。

 全く同じ容姿の二人に迫られ、返答を窮してしまう。


 こういう場合、あとから来た人が本物だと思う。

 もしニセモノがあとからだとすると、本物と一緒にいる僕に堂々と正面からやってこない気がする。

 本物がトイレなどで席を外した際に入れ替わる方が安全だし確実だからだ。


(とはいえ……)


 パンツ姿の鏡華さんと会ってからさっきまで全く違和感は感じなかった。

 いつも通りの鏡華さんだ。

 一方スカート姿の鏡華さんはちょっと攻撃的すぎる気もする。

 でもまあ、いきなりニセモノが現れたらあんな反応になるのかもしれない。


「どうなんですか!?」


 二人同時にしゃべるから妙に立体的に聞こえる。


「じゃ、じゃあ二人の好きなラーメンは?」

「鶏ガラ醤油ラーメン!」

「真似しないでください!」

「そっちこそ真似しないで!」

「私は今日、空也くんと食べたんです!」

「違います。食べたのは私!」


 こんな初歩的な質問ではボロは出してくれないようだ。


「とにかくニセモノさんは引っ込んでてください。私はこれから空也くんと観覧車に乗る予定だったんですから。行きましょう、空也くん」

「えっ……いや、それは」

「ニセモノさんはそっちです! 騙されないでください」


 このままでは埒が明かない。

 かといって真偽が分からない状況でどちらかを選ぶわけには行かない。


「じゃあ……三人で乗る?」



 不服そうなパンツ鏡華さんと、対照的に喜ぶスカート鏡華さん。ひやひやして景色どころではない僕。

 機嫌を直してもらおうと隣にパンツ鏡華さん、向かいの席にスカート鏡華さんに座ってもらうと、今度はスカート鏡華さんの方が面白くなさそうな顔になってしまう。

 不穏な空気のまま観覧車は動き出す。


「そ、そういえば寝るときはアレ着てるの?」


 探りを入れるような聞き方をするのはもちろんニセモノにボロを出させるためだ。


「もちろんです。あ、でもちゃんと下着は着けてますからね! エッチな想像は禁止です」


 スカート鏡華さんは顔を赤くしながら僕を睨む。


「嘘です! あのネグリジェは恥ずかしいからしまってます」


 パンツ鏡華さんが慌てて否定する。

 その反応にスカート姿の鏡華さんがさらに反論する。


「適当なこと言わないでください。せっかく買ったのに着ないなんてもったいないことしません」


 どうやら透け透けネグリジェの存在自体は二人とも知ってるらしい。

 あとは『どちらがより彼女らしいか』で判断するしかない。


 でも恥ずかしいので着なくなったという鏡華さんと、ものを大切にする鏡華さん。

 どちらも違和感がない。


 意外と僕も鏡華さんのことを知っているようで知らないのかもしれない。




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 いきなり現れたニセ鏡華さん!

 果たして空也くんは本物を当てられるのでしょうか?

 間違ったらすごく叱られそうですよね。

 頑張れ、空也くん!

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