第19話 初夏の聖なる夜

 街を彩るクリスマスのイルミネーションは、冬の澄んだ空気の透明度を表すかのように鮮やかに輝いていた。

 街を行く人はプレゼントの袋を下げていたり、仲間同士ではしゃいでいたり、みんな幸せそうだ。


 これはもちろん、夢の世界である。

 現実はまもなく夏休みという真逆の季節だ。

 なぜこんな季節外れの夢を見ているのかは分からない。


 僕と鏡華さんはサンタの格好をしてビルの屋上から地上を見下ろしていた。


「さあ空也サンタさん。プレゼントを配りましょう」


 その髪には今日プレゼントしたヘアピンがつけられている。

 そうか。きっとプレゼントというワードが頭に残っていてこんな夢を見たのだろう。


 僕らがソリに乗り込むとトナカイたちは走り出す。

 トナカイは自由に空を走り、僕らは真冬の空をクルーズしていた。

 きっととても寒いのだろうけど、サンタの服はまるでお布団を被っているかのように暖かかった。


「綺麗ですね。ほら、見てください。私たちの通う高校も見えますよ」

「そんなに身を乗り出したら危ないよ」

「大丈夫です。私はこう見えて運動神経がいいんですから」


 テンション高めの鏡華サンタは選挙カーから身を乗り出す立候補者のような格好で街に手を振る。

 しかしそんなことを知らないトナカイが急な角度で曲がった。


「きゃっ!」

「危ない!」


 体勢を崩した鏡華さんを慌てて抱き止める。

 咄嗟のこととはいえ、思わず抱き締めてしまった。


「す、すいません。ありがとうございます……」

「サンタが転落死なんて世界中でニュースになるから。気をつけてね」

「はい」


 面白くもない冗談を言って気まずい空気になるのを回避した。

 でも心臓はエグいほど鼓動を速めていた。


 トナカイに導かれるままに家に寄り、子どもたちにプレゼントを配っていく。

 煙突がないので現代のサンタクロースは壁をすり抜けて子どものもとへと向かう。


『ゲームが欲しい』『おもちゃが欲しい』『ペットが欲しい』という内容を熱量たっぷりの筆圧で書いたメッセージはどれも可愛いらしかった。

 ペットとかはさすがに叶えられないのでぬいぐるみなどで我慢してもらう。


「あれ、これは?」

「どうしたの?」

「こういう場合はなにを差し上げたらいいのでしょう?」


 そこにはクレヨンで『いもうとをください』と書かれていた。


「うわー、これは難しいな。中古でよければうちの妹をあげるんだけどなー」

「そんなこと言ったら舞衣ちゃんが怒りますよ。そもそもこの子からしてみたら舞衣ちゃんは妹ではなくお姉ちゃんです」


 鏡華さんは声を抑えて笑う。


「こればっかりはパパとママに頑張ってもらわないとね」

「えっ!? え、ええ。そうですね……」


 鏡華さんは顔を真っ赤にしてチラッと僕を見てうつむいた。

 別にそんなつもりはなかったけど、意味深な発言になってしまったようだ。

 そりゃいくら清楚で世間知らずなお嬢様でも、高校生にもなれば赤ちゃんが産まれるメカニズムを知ってる。


「い、いや。別にそういう意味じゃなくてっ」


 焦って大きな声を出してしまったのがまずかった。

 女の子は目を擦りながら起きてしまう。


「あ、サンタさん!」

「しー!」


 親が来たら大変なので慌てて静かにしてもらう。


「プレゼントだけど、妹ちゃんはさすがに難しいの」

「そうなの? なんで?」

「それは、そのっ……赤ちゃんというのはパパとママが『なかよし』をして、それで、その」


 パニクった鏡華さんはとんでもないことを口走りそうになっていた。

 キョトンとする女の子に慌ててフォローをする。


「赤ちゃんというのは神様のお仕事で、サンタさんのお仕事じゃないんだ。ごめんね」

「ふぅーん。そうなんだ」

「でも方法はあるよ」

「どんな?」

「それはいい子にすること。パパとママを困らせず、なんでも自分でするようなお姉ちゃんになることだよ」

「ほんと?」

「もちろん! 妹が来るということは君がお姉ちゃんになるっていうことだからね」


 僕の説明に納得したのか、女の子は「うんっ!」と大きく頷いた。


「出来るかな?」

「がんばる!」


 枕元にあった猫のぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて力強く誓っていた。


「えらいね! 夜遅くまで起きてないで早めに寝ることも大切ですよ」


 鏡華さんはまだ赤ちゃんが出来るプロセスの方にこだわっているようだった。


 赤ちゃんは無理なのでお世話する赤ちゃんの人形セットをプレゼントして家を出る。


「可愛いかったですね」

「きっといいお姉ちゃんになると思う」


 トナカイのソリはぐんぐんと高く上がっていき、女の子の家の赤い屋根が小さくなっていく。


「さあ次の街です。今夜は世界中の子どもが私たちを待っているんですから」

「サンタさんって忙しいんだね」

「そうですよ。プレゼントが来ない子どもがいたら悲しみますからね」


 星空と街の灯の大きさが同じくらいの上空に達する。

 赤い鼻のトナカイは嬉しそうに「ガゥガウバウ」と鳴いた。

 もっと馬みたいな声だと思っていたので、ちょっとビックリした。



 ────────────────────



 トナカイの鳴き声を最初「ヒヒーン!」と書いたのですが、実際はどんな鳴き声なのかなと検索してビックリしました。


 気になった方は『トナカイ 鳴き声』で検索してみてください。ビックリしますよ!

 くれぐれも『赤ちゃん 作り方』の検索はしないでくださいね!






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