第18話 妹への供物

 カレンダーを見たとき、今日が妹の舞衣の誕生日だと気付いた。

 僕は毎年なにかプレゼントをしている。

 それを鏡華さんに話すと、「優しいお兄ちゃんですね! 妹ちゃんが羨ましい!」と感激された。


「それで今年は何を贈る予定なんですか?」

「実はまだ買ってないんだよね。まぁプッシュポップとか地球グミとか? 小学生の間で流行ってそうなものにしようかな」

「んー? 妹ちゃん何年生でしたっけ?」

「五年だよ」


 そう答えると鏡華さんはちょっと複雑な笑みを浮かべた。


「どうしたの?」

「いえ。それくらいならおもちゃとかお菓子もいいですけど、お洒落な小物や雑貨とかの方が喜ぶかもしれません」

「ないない。うちの妹はお洒落とか無縁だし」

「妹ちゃんがいつまでも無邪気な子どもと思ってるのはお兄ちゃんとお父さんだけかもしれませんよ」


 妙に脅すような声色にドキッとしてしまう。

 最近鏡華さんは僕に対して夢の中じゃなくてもちょっとおどけたり冗談を言ってくるようになっていた。


「お洒落なものって言われてもよく分からないなぁ」

「それじゃ私が一緒に選んで上げます。今日の放課後、一緒に買いに行きましょう」

「え、いいの?」

「もちろんです!」


 思いがけず鏡華さんと放課後に出掛けられることになり、心の中で妹に感謝した。



 放課後の繁華街は働く社会人のほか、多くの学校帰りの学生で賑わっていた。


「妹ちゃんの写真とかありますか?」

「何枚かあるよ。これとか」


 春に桜の木の下で撮った写真を見せると、鏡華さんは目を輝かせて頬をゆるめた。


「可愛い! 目許は空也くんとそっくりですね!」

「そうかな? まあたまーに似てるって言われるけど」


 ちなみに僕に似てると言われると妹は結構ガチめに怒る。


「髪も長くて綺麗だしヘアアクセサリーかな? 服装もお洒落だし可愛いバッグや腕時計もいいかも」


 僕ではまず浮かばないアイデアが次々と飛び出してくる。


「ヘアアクセサリーはともかく、バッグとか時計なんて欲しがるかな?」

「高級ブランドのものじゃないですよ。ちゃんと思春期の女の子が好きなデザインのものとかあるんです」

「へぇ、詳しいね」

「実は私も子どもの頃、欲しかったんです。でも父はいつもおもちゃとか実用的な文房具ばかりで、少し寂しかったのを覚えてます」


 どうやら少し大人びたプレゼントというアドバイスは実体件をもとにしたらしい。


 鏡華さんは僕をパステルカラーの壁に色とりどりの商品を並べた雑貨屋に連れていった。

 客層は小、中学生女子しかおらず、とても僕のようなむさ苦しい男が入っていい場所とは思えなかった。


「懐かしい。中学生まではよく来てたんです。さすがに高校生になったらこの女の子の中に混じるのは悪いのかなって思って来てませんでしたけど」

「そんなところにこんなむさ苦しい男を連れてくるのはどうかと思うよ」


 鏡華さんは僕の話など聞いておらず、懐かしさに浸っていた。

 懐かしいといってもほんの二年前の話なのに大袈裟だ。


「やっぱり可愛いですね! 私も買いたくなっちゃいます!」

「年齢制限なんてないんだから買えばいいじゃない」

「まだ似合いますかね?」


「余裕で似合うよ」と言いかけて慌てて言葉を飲み込む。

 この前ネグリジェを選ぶとき可愛らしいものを勧めて「子ども扱いしてる」と怒られたばかりだ。

 でも、だったらなんて返すのが正解なのだろう?


「黙るってことはやっぱりこんな可愛いものはもう似合わないってことなんですね」


 鏡華さんはがっかりした顔になる。


「えっ!? あ、いや、よく似合ってるよ」

「取って付けたような褒め言葉、ありがとうございます」


 いったいなんて答えたら正解なのか教えてもらいたい……


 もう高校生だから似合わないとか言いつつ、鏡華さんは自分の物でも選ぶように大盛り上がりでプレゼントを選んでくれた。


 色々見た中で一番気に入ったのは腕時計だった。

 白のバンドに白い文字盤、数字だけはカラフルで可愛らしいデザインのものだ。


「うん。いいと思います。舞衣ちゃん喜びますよ」

「腕時計なんてまだ早いとも思うけど、たまにあいつ門限破って五時過ぎに帰ってくるから」


 お会計のとき、時計と共にグレーの大きめのヘアピンも一緒に買う。


「それも舞衣ちゃんのプレゼントですか?」

「いや。これは僕から鏡華さんへのプレゼント」

「え? 私に、ですか?」

「さっき髪に当ててるの見て、似合うなって思ったんで」

「ありがとうございます!」


 数百円のものなのに鏡華さんは宝石でももらったみたいな顔で喜ぶ。

 そんな僕らを見て店員さんが微笑んでいたのは、ちょっと照れくさかった。


 店を出ると早速鏡華さんはヘアピンを袋から取り出した。


「つけてください」

「えっ!? 僕が!?」

「はい。お願いします」


 鏡華さんは少し照れくさそうに顔を僕に近付けてきた。


(か、かわいい……)


 額にかかる前髪を掬い、ヘアピンで留める。

 なかなかイケメンな所作だったと思う。手が震えていなければ、だけれど。


「痛くない?」

「はい。大丈夫です」

「よく似合ってるよ」

「ありがとうございます。大切にしますね」


 よく考えてみれば鏡華さんに触れるのはこれがはじめてだ。

 夢の中では手を握るはおろか、肩車までしたけれど。

 柔らかな髪も、伝わってくる体温も、当たり前だけれどリアルだった。



 帰宅が遅くなったことを怒っていた舞衣だったが、プレゼントを渡すと一気に機嫌がよくなった。


「なにこれ! 可愛い!」


 舞衣は早速腕に時計を巻き、大はしゃぎだ。


「ちゃんと着けて遊びに行って門限までには帰ってこいよ」

「うん! ありがと!」


 いつもは仏頂面で僕に文句ばかりの妹様も、珍しく素直である。

 いつも笑っていれば可愛いのに。



 ────────────────────



 妹。

 それは狂暴で口が悪く、兄を人とも思っていない邪悪な生き物。

 しかし時おり可愛くて、守ってやらなければなと思う存在である。

 まあ、私には兄しかいないんですけど。

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