第17話 ジグソーパズルの脱出経路

 このまま天井が遠くなっていけば鍵を取るのは完全に不可能だ。


「分かった。やろう」

「それではカードをシャッフルします」


 ヘッド博士はシャッシャッシャッと小気味よい音を立て、カードを切っていく。なにかい イカサマはないか凝視するが、怪しいところは特にない。


「さあ、どうぞ。お好きなカードをディスプレイ上でタッチしてください」


 一列に重ねて並べられたカード。

 このうち一枚がジョーカーである。

 モニター越しなので、はっきり言ってインチキをしようと思えばいくらでも出来る状況だ。


 ただの遊びなら一番上、もしくは下など裏の裏をかいた選択もある。

 しかし天井が落ちてくるかもしれない状況でそんな勇気はわかない。

 鏡華さんは僕に委ねるらしく、両手を合わせて祈るポーズだ。


「じゃあ、これだ」


 真ん中より後ろの方の一枚を指差す。


「ほう……ではオープン」


 ペラッと捲って現れたのは──


「ダイヤのクイーン。空也くん、君の勝ちだ」

「やりましたね!」


 鏡華さんは大喜びで僕の二の腕を掴む。

 僕の手のひらにびっしり汗をかいていた。

 あっさり勝利し、天井がゆっくりと元の高さまで下りてくる。


(本当にインチキなしの勝負だったんだ……)


 ヘッド博士は不適に笑う。

 そうだ。喜んでいる場合ではない。

 脱出ゲームに勝ったわけではないのだから。


 気を引き締め、再び肩車をして椅子に上った。


「駄目です。届きません」

「ジャンプしたら届きそう?」

「いいえ。恐らく無理です」


 残り時間六分。

 気ばかり急いてしまう。


「苦戦しているようだね。しかし安心したまえ。残り三分になってからは一分ごとにヒントを上げよう」

「やけに気前がいいな」

「もちろん、ゲームに勝ったら、ですけどね」


 次はどんなゲームなのだろうか?

 恐らく先ほどより遥かに難しいゲームに違いない。


 もし脱出出来なければ、本当に僕と鏡華さんの夢は遮断されてしまうのだろうか?


 それはなんとしてでも阻止したい。

 僕はここ数週間、寝ることが本当に楽しみになっていた。

 この幸せを奪われたくない。


 なんとか脱出しなければ……

 でもどうやって?

 真っ白な部屋にはどこにもヒントがない。


 一か八か博士のゲームに挑戦してヒントを得る以外ないのだろうか。


 時計は残り四分を切った。

 ヘッド博士はなんであんなに余裕なんだ?


 床に顔を近づけたり、いろんな角度から吊るされた鍵を眺める。

 しかし僕はまだゲームのルールさえ理解していない気がしてならなかった。


「残り三分。さあゲームに挑戦するかね?」

「もちろんです! 早くしてください!」


 冷静さを欠いた鏡華さんが声を張る。

 こんな非常時に思うことじゃないけれど、彼女も僕と夢を遮断されるのを拒んでくれていると思うと嬉しかった。


「空也くん、君はどうする? やるのかい?」


 ヘッド博士は愉快そうに訊ねてくる。


「やるに決まってるだろ!」

「そう来なくては」


 次のゲームもトランプだった。

 それもとても簡単な神経衰弱だ。

 僕らはなんなくクリアした。


「ヒントを教えろ!」

「もちろん。約束は守る。ヒントはジグソーパズルだ」

「ジグソーパズル?」

「この部屋にジグソーパズルを作り出せば脱出は目前だろう」


 なんのことだかさっぱり分からない。

 こんなヒントしかないのだろうか?


「そうしているうちに残り二分。次のヒントもチャレンジするかな?」


「当然だ!」と答えようとした瞬間、僕は突然このゲームの本質に気付いた。


 いや、間違っているのかもしれない。

 その場合は取り返しがつかないことになるだろう。


 でもジグソーパズルというのは、このことかもしれない。


「どうしたんだね?」

「僕の答えはこれだ」


 中央の椅子を担ぎ上げると、そのまま全力でヘッド博士のモニターに投げつけた。

 激しくガラスが割れる音がして、モニターは砕け散る。


 どうやらディスプレイというより魔法の鏡みたいなものらしく、破片となった一つ一つにはまだ映像が映っている。

 地面にヘッド博士のジグソーパズルが出現していた。


「あっ!?」

「やっぱり!」


 ガラスが割れた壁の向こうに空間があった。

 割れ残っていたガラスを蹴飛ばして粉々にすると隠された扉が現れた。


「行こう、鏡華さん!」

「はい!」


 ドアには鍵はかかっておらず、なんの抵抗もなく開いた。


 パンパカパーン!


 昭和の時代のテレビゲームみたいな安っぽい電子音のファンファーレが鳴り響いた。

 ブラウン管のテレビが置かれており、カクカクのドット絵で描かれたヘッド博士が映っていた。


「おめでとう。見事脱出成功。クリアだ」

「僕たちの勝ちだ! これで二度と鏡華さんの夢に現れるな!」

「なにか勘違いしてないかな? 君は私を『叩きのめして』二度と鏡華の夢に出させないと言ったのだよ。私は叩きのめされていない」

「ふざけるな! 卑怯者!」


 ヘッド博士の高笑いはやがて機械音のように歪んでいき、最後にはピーッという不快な電子音に変わった。


「くそ!」

「まあいいじゃないですか。ヘッド博士に勝てたんですから。すごいです!」


 鏡華さんから尊敬の眼差しを向けられ、照れくさくなる。


「それにしてもどうしてあのディスプレイを破壊することを思い付いたんですか? やはりジグソーパズルからの発想ですか?」

「いや。それは自分の考えの後付けでしかなかった。ディスプレイを粉々にしてもまだ映るなんて仕掛けは分からなかったからね」


 ジグソーパズルのヒントはあまりにも遠すぎだ。


「それならどうしてディスプレイを破壊できたんですか?」

「僕たちはあまりにもヘッド博士の言葉やヒントに振り回されているなって気がしたからだよ。敵のはずなのに彼のヒントに頼りすぎていた」

「なるほど。確かに親切すぎるとは感じましたけど、見抜けませんでした」

「あとはディスプレイに残り時間も表示されていたでしょ。あれがなければタイムリミットも分からない。あのディスプレイが大切なものになりすぎていた。それに気付いたとき、逆にこれを壊すべきだと思い付いた」


 考えれば本当に一か八かの博打だ。

 もし違っていればヒントを失っていたのだから。


「あのゲームはつまり相手を疑うことと決断力を試されるゲームだったと思うんだ」

「なるほど! さすがは空也くんです。尊敬しました」

「大袈裟だって」

「いいえ。あのヘッド博士に勝ったんですから」


 叩きのめせなかったのは悔しいけど、ここまで鏡華さんに感謝されるならまぁいっか、という気になる。

 僕は実に単純な奴だ。




 ────────────────────



 悪の総帥、ヘッド博士に始めて勝利した二人!

 これで鏡華さんからの信頼も格段に上がったことでしょう!


 おめでとう、空也くん!

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