第16話 ヘッド博士のリアル脱出ゲーム
──
────
目を覚ますと(という表現は夢の中で使うにはいささか矛盾しているけれど)真っ白な部屋にいた。
壁も白、天井も白、部屋の中央に置かれた椅子も白、僕の着させられてる服も白いシャツに白いズボン、隣で寝ている鏡華さんも白いワンピース。
なにもかも、全て白い、真っ白な部屋だ。
いや、ひとつだけ白くないものがある。
天井から吊り下げられている鍵だけは金色だった。
天井は高く、ジャンプしてもその鍵には絶対に届かないだろう。
そんなことより──
「鏡華さん、大丈夫?」
「んぅ……あ、空也くん」
目を覚ました彼女は真っ白な部屋を見回して唖然としていた。
「ここはどこでしょう?」
「分からない。でもいい状況じゃないのは間違いない。なぜならこの部屋には──」
もう一度部屋を見回してから続けた。
「ドアがないんだ」
尋常じゃない状況からのスタート。
今夜の夢はハードなものになりそうだ。
調べるまでもなく、なにもない部屋。
当然僕たちの視線は中央にある椅子と、そのはるか頭上にある金色の鍵に向く。
無駄と知りつつ椅子に立ってジャンプして届くか確認しようとしたとき──
「お目覚めかな、お二人さん」
白い壁だと思っていた一面に髭を生やした男性がでかでかと映し出される。
そこだけディスプレイだったようだ。
知的で残忍そうな顔立ちと、それを隠すカモフラージュのような愛嬌のあるまんまるの眼鏡。
そして頬と顎を覆う丹念に手入れされた黒く短い髭。
間違いない。彼は──
「ヘッド博士!」
「あなたの仕業だったのね!」
「久し振りだな、鏡華」
馴れ馴れしく下の名前で呼ばれ、鏡華さんは眼光鋭くなる。
「さて、今日は君たちにリアル脱出ゲームを堪能して頂こう」
「楽勝だ。すぐにここを出てお前を捕まえてやる」
「これはこれは。鰐淵くんだったかな? ずいぶんと威勢がいいね。楽しみにしているよ」
「余裕かましてろ。叩きのめして二度と鏡華さんの夢に出てこられないようにしてやる」
「いいだろう。君に叩きのめされたら二度と彼女の夢には現れない。しかし君が負けたら二度と鏡華の夢が繋がらないようにしてあげるよ」
ゾッとするひと言だった。
彼はなにを言えば僕が一番動揺するかを知っている。
自分の放った言葉がどれくらい僕に効いているのか見透かした顔をして、ヘッド博士は狡猾な笑みを浮かべる。
「さあそこから逃げ出したまえ。制限時間はニ十分だ」
そう告げると共にヘッド博士が映し出されたモニターの右上に『20:00:00』というカウンターが現れ、カウントダウンが始まった。
二十分。長いようで短い時間といえる。
「絶対あんな人の好きなようにはさせません」
「そうだね。まずは冷静になろう。この部屋の中をもう一度よく調べてみようか」
真っ白な壁をペタペタと触り、隠し扉がないか慎重に確認する。
五分近くかけて調べたが、やはり扉の類いは見つからなかった。
「二十分しかないのに贅沢な時間の使い方をするんだな」
ヘッド博士は煽ってくるが、僕たちは無視を貫いた。
「やっぱりあの鍵を取らなきゃいけないんでしょうか?」
鏡華さんは部屋の中央に吊るされた鍵を見上げる。
「きっとそうなんだろうね。でも気になるのは、たとえ鍵を手に入れてもそれを入れる鍵穴が見当たらないことなんだよね」
そう。
ふつう鍵と鍵穴は通常セットである。
どちらか片方だけあっても役には立たない。
しかしなんの手がかりもない以上、取ってみるしかなさそうだ。
それに脱出ゲームとはそうして一つずつ手がかりを掴んでいくものなのかもしれない。
「よし、それじゃ飛んで取ってくるよ」
身体を浮かせるイメージをする。
しかし身体は1ミリも浮かなかった。
「私が手を伸ばして取ります」
鏡華さんが鍵に向かって手を伸ばす。
しかし腕は1ミリも伸びなかった。
「ははは。無駄だよ。この部屋では夢の力は使えない。非現実的なことは出来ないようにしてあるからね」
夢の中ならなんでも出来るという思いがあったので余裕があったけれど、それは通用しないらしい。
その事実を知り、少し焦りが生まれた。
「あっそう。なら普通に取ってやるよ」
焦っていることを気取られないよう、なんの問題もない振りをした。
椅子に上って手を伸ばしてみたが、当然届かない。
試しにジャンプをして見たが指先は虚しく空を切るだけだった。
しかも椅子は固定されてないし、座面は大きくないから危険だ。
「そうだ。肩車してください」
鏡華さんはポンと手を打ち、そう言った。
「肩車して椅子に乗っても多分届かないと思うよ」
「肩車してもらって、椅子に乗り、さらにジャンプするんです。それなら届くかもしれません」
「それはさすがに危険すぎじゃないかな?」
もしバランスを崩して落ちたら怪我をしてしまう。
「時間がありません。試してみましょう」
残り時間は十三分。
確かに迷っている場合ではない。
僕がしゃがむと鏡華さんは少し恥ずかしそうに背中側に回った。
「失礼します」
鏡華さんが僕を跨いで両肩に脚を乗せる。
こんなときなのにちょっと不謹慎なドキドキを覚えてしまった。
鏡華さんを肩車して慎重に椅子の座面に上る。
かなり頑丈なので重さではびくともしないが、小さい椅子なのでバランスを取るのが難しい。
「どう? ジャンプしたら届きそう?」
「ちょっと待ってくださいね。あっ!?」
「どうしたの!?」
「大変です! 私たちが目覚めたときより、天井が高くなってます!」
「なんだって!?」
鏡華さんをそろっと下ろして確認したが、確かに天井は高くなっていた。
「ようやく気付いたようだね。その通り。この部屋の天井はちょっとづつ高くなっている」
「ふざけるな! これじゃ鍵が絶対に取れないだろ!」
「落ち着きたまえ。私だって鬼じゃない。チャンスを上げようじゃないか」
ヘッド博士はトランプを取り出す。
「この、52枚のカードの中に一枚ジョーカーを入れる」
彼はざっとカードを見せて仕掛けがないことをアピールした。
「君たちが一枚選びそれがジョーカーでなければ天井を元の位置に戻そう。悪くない条件だろ。外れは1/53だ」
「外れたらどうなるんだ?」
「天井が落ちてきて君たちを潰す」
想像通りの条件だったけど、実際に言われると緊張で固まってしまった。
「さあどうする? 挑戦するかね?」
純粋に考えればジョーカーを引く可能性はかなり低い。
博士が言う通り悪い条件ではない。
しかしなにか罠が仕掛けてある可能性は高いだろう。
「そんなに疑った目で見ないでくれたまえ。インチキなしだ」
「やりましょう、空也くん」
鏡華さんの目には強い決意の光が宿っていた。
────────────────────
久々のヘッド博士との対決は、夢を賭けた緊迫したものとなりました!
はてして鈴木くんはこの部屋から出られるのでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます