第15話 精一杯生きた彼女の話2
病室に戻り、再び彼女はベッドで横になる。
気丈にしていたけれど少し疲れている様子だった。
「果物でも剥こうか?」
「はい。お願──くちゅんくちゅんっ!」
鏡華さんはくしゃみをして、寒そうに肩を抱いた。
「大丈夫? ナースコール押そうか?」
「い、いえ、これはそう言うのじゃないので」
「風邪が原因で悪化するかもしれないし」
「違うんです。これは、その、冷えたといいますか」
なぜか鏡華さんは恥ずかしそうにしていた。
「どうしたの?」
「きょ、今日買ってきたネグリジェを着て寝ているのですが、やはり素肌に直接だと少し肌寒いみたいです」
「ええー!? 下着も着てないの!?」
「だって素肌に着た方がより大人感が増すじゃないですか!」
大人感が増した鏡華さんを思い浮かべそうになり、慌てて打ち消す。
夢の中は不用意に変なことを考えるとそれが具現化されてしまう。
「ちょっと着替えてきます」
「う、うん。わかった」
夢からの離脱は禁じ手だけど、風邪を引かせる訳にはいかない。
ベッドから鏡華さんが消え、世界が歪みながらホワイトアウトしていく。
次に気付いたときには教室にいた。
どうやら朝らしく、みんなが昨日なにをしたという話で盛り上がっていた。
「おはよう」
鏡華さんが登校してくるとみんな笑顔で挨拶する。
着替えが終わったのだろう。
「日沖さん具合よくなったの?」
「うん。ただの風邪だから」
みんなに病を隠している彼女は笑顔で嘘をつく。
笑っているけどそれが作り物の仮面に見えて仕方なかった。
きっと本当のことを言えば、みんな同情して気を遣い始めるのだろう。
それが嫌で、嘘をついてまで隠しているに違いない。
昼休みになり、みんな購買に買い物をするために走っていく。
鏡華さんは心臓を庇うように少しだけ早足でその後を追っていた。
それでもちょっとしんどそうに見える。
「大丈夫?」
そっと隣に行き声をかける。
「はい。大丈夫です」
「僕が買ってきて上げようか?」
「駄目です。昼休みのパンは自分で選んで買うからこそ美味しいんです」
「じゃあ僕と一緒に行こう」
「私と一緒だと欲しいものはみんな売り切れちゃいますよ。先に行ってください」
「余ったものでいいよ。残り物には福があるっていうだろ?」
「ふふ。そうですよね。新たなるパンとの出会いは、意外な発見にも繋がりますから」
僕たちはゆっくりと購買部に向かう。
到着した頃には既に人だかりは少なくなっていた。
そしてもちろん残りのパンもわずかだった。
「あ、照り焼きバーガーが残ってる!」
奇跡的に人気メニューの照り焼きバーガーを見つけて手を伸ばす。
しかし僕より先にササッと鏡華さんに奪われてしまった。
「早い者勝ちです!」
「えー? そんな!」
「これ、みんなが食べてて羨ましいって思ってたんです。ラッキーでした」
ささやかな幸せを全身で受け止めている。
残りわずかな命であっても、鏡華さんは必死に全力で楽しんでいた。
目が醒めると泣いていた。
本当に悲しくて切ない夢だった。
重い気持ちが抜けきらないまま学校へと向かう。
もしかするとあの夢は真実なんじゃないだろうか?
実際に身体が病に蝕まれているのであんな夢を見続けているのかもしれない。
駅から学校までの道を歩いていると、誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえ振り返った。
「おはようございます、空也くん」
「鏡華さんっ……走ったりして大丈夫なの?」
鏡華さんは一瞬キョトンとして、意味を理解して笑った。
「現実の私は心臓の病気じゃないから走っても全然平気ですよ」
「本当に?」
「本当ですよ。ほら!」
鏡華さんはその場で跳ねるように腿上げの足踏みをしてみせた。
「よかった」
元気な姿を見て、思わず目頭が熱くなる。
慌てて空を見上げて涙が溢れないようにしたが、その顔を鏡華さんに見られてしまったらしい。
「心配してくださってたんですね。ありがとうございます」
「はは。ごめんね。夢だって分かってるのに」
「空也くんは本当に優しいんですね」
全てが夢だと知ってホッとした。
それと同時に自分や鏡華さんが健康であることを感謝せずにはいられなかった。
何事もなく健康で暮らせているということは、とてもありがたいことだ。
そして普段はそんな幸せに気付けない。
日々に感謝することを思い出させてくれただけでも、あの夢の価値はあったと言える。
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心臓の病気は夢の中だけの設定でした。
でもそのお陰で『ただ健康であること』の大切さを噛み締めることが出来た空也くん。
幸せとはそれと気づかないことなんですね。
そして優しい空也くんに鏡華さんも胸を熱くするのでした……
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