第4話 鰐淵くんはえっち

 温泉を出た僕たちは路地を歩き先ほどのソフトクリームを売ってる店へと向かった。

 いろんな意味で火照ってしまった身体をクールダウンさせるにはソフトクリームはもってこいだろう。


「湯上がりソフトクリームってラムネ味とミカン味の二種類あるみたいだよ。さっぱり系なんだね。日沖さんはどっちがいい?」


 問いかけても返事がない。

 不思議に思って振り返ると、彼女の姿が見当たらなかった。


「あれ? 日沖さん?」


 いつの間にかはぐれてしまったのだろうか?

 でも近いし一本道だから迷うはずがない。


「おーい、日沖さーん」


 来た道を戻りながら探すと、なぜかそこに妹がいた。


「あれ? 舞衣? なんでここに?」

「お兄ちゃん! いつまで寝てるの! 起きて! 起きなさーい!」


「うわっ!?」


 目を開けると仁王立ちした妹が立っていた。


「ったく。毎朝毎朝起こされないと起きないんだから!」

「もう朝なのか……」


 きっと日沖さんがいなくなったのも目覚めたからなのだろう。

 今日みたいに楽しい夢ならもっと見ていたかったのに残念だ。



 その日の放課後、僕は日沖さんに連れられて繁華街にやって来ていた。


「ここも違います」


 日沖さんはがっかりした顔で首を振る。


「もう諦めようよ。ラムネ味のソフトクリームなんてそうそう売ってないよ」

「そうはいきません。湯上がりソフトクリームを食べ損ねたのですから、何としてでも食べないと」


 よほど悔いがあるのか、日沖さんはソフトクリームを売ってるところを見つけてはメニューを確認して徘徊していた。

 意外と食べ物への執念は強いらしい。


 ラムネ味はないけれどオレンジ味のソフトクリームを売ってる店を見つけ、なんとかそれで我慢してもらう。

 テラス席が一杯だったので店内で食べる。


「これも美味しいですけどあの湯上がりソフトクリームミカン味には及びません」


文句を言いながらも日沖さんは小さなスプーンでひゅいひゅいとソフトクリームを口に運んでいた。


「あっちは食べてないからわからないでしょ」


 不服そうな日沖さんを宥めたが、僕もなんだかこれはあの湯上がりソフトほどは美味しくない気がしていた。


 ソフトクリームを食べ終わると日沖さんは鞄から一冊のノートを取り出した。


「それは?」

「夢を分析するためのノートです」

「ずいぶん気合いが入ってるね」

「そりゃそうですよ。一日二十四時間で睡眠は約八時間。一日の1/3を占めてるんですよ? 人生の1/3は寝てて、夢の中で過ごしてるんです」

「改めて考えるとそうだね」


 そうなると僕は一日の1/3を日沖さんと過ごしているということになる。


「そんなに長い時間関わるものならより良いものにした方がいいですもんね」

「でも簡単に操れるものでもないんじゃない?」


 よく知らないが夢について研究した人はフロイトをはじめ、数多の学者がいるはずだ。


「昨日分かったことが二つあります」


 日沖さんはピースサインを作る。

 どうでもいいことだけどピースの指の反り方ひとつ取っても日沖さんはお嬢様らしくエレガントだ。

 とてもお風呂で泳ぐような女の子には見えない。


「一つ目は、今さら当たり前ではあるんですが、夢の中では思い通りにすることが出来るということです」


 当たり前すぎることだけど日沖さんがもっともらしくいうと研究発表を聞いているみたいに説得力を感じる。


「射的で鰐淵くんは大きなぬいぐるみを獲得しましたし、私もミラクルショットで横一列の景品を全部落としました」

「あれはやりすぎだったよね」

「はい。反省してます。けれどあれこそが願えば叶えられるという証明です。つまりヘッド博士に襲われたときも落ち着いて対処すればなんとでもなるということです」


 よほど日頃ヘッド博士に苦しめられているのだろう、日沖さんの声は希望に満ちて生き生きとしていた。


「ただ問題はそんなに簡単に夢を操れるかなんですよね」

「あ、そうだ。それならコツがあるよ」


 夢の中で好き勝手するのが得意な僕は答える。


「必殺技に名前をつけたりして叫ぶんだ。そうすると意外と簡単に出来たりする」

「なるほど! そういえば私を助けてくださったときも『ガードインパクト』とかおっしゃられてましたもんね!」


 改めて言われるとちょっと恥ずかしいけど、このやり方はなかなか効果がある。

 日沖さんも納得の様子だ。


「それでもうひとつの分かったことというのは?」

「鰐淵くんがエッチだということです」

「なにそれ!?」


 日沖さんは頬を少し赤らめて、恨みがましく僕を軽く睨む。


「男湯と女湯を仕切る壁を消したじゃないですか。あれが証拠です」

「あれは突然勝手に」

「いいえ違います。鰐淵くんが『消えろ』って願ったから消えたんです」


 日沖さんは疑いの眼差しでジトーッと僕の瞳を覗き込む。

 消えろとまでは思ってないけれど、気になってしまっていたのは事実だった。


「違う! 断じて違う! そんなこと思ってないから!」

「隠さなくて大丈夫です。健全な男子というのはみんな一人残らずエッチだから気を付けてと友達から聞いてますんで」


 どんな歪んだ情報を入れ知恵されてるんだよ!

 あれこれと言い訳を並べたが、僕のエッチ疑惑は解消されることはなかった。


「どんな夢を見るか操作出来るともっといいのにね」

「そうですよね。そうすれば怖い夢も見なくて済むのに」


 彼女は神妙な顔で呟く。


「どうしたの?」

「実は私、昔からすぐ悪夢に魘されるんです。だから私の怖い夢に鰐淵くんも巻き込んでしまうんじゃないかと心配で」

「そんなこと心配いらないよ。むしろこれからは僕がいるから大丈夫」


 軽くそう言っただけなのに日沖さんは顔を真っ赤にする。

 あまりにも照れるのでこっちまでまるで告白でもしたかのように照れてきてしまう。


「はい。よろしくお願いします」


 なんだか寝るのが待ち遠しくなってきた。

 今日は夜更かしなどせず、すぐ寝るぞと心に誓っていた。



 ────────────────────



 自分で書いておいてなんですが、好きな女の子と毎晩夢で会えるってすごく羨ましい話ですね!


 ハプニングエッチも経験しつつもまたひとつ仲良くなった二人。

 まだまだ距離があり不馴れな二人ですが、更なる冒険でその絆は深まっていきます!

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