第5話 恐怖っ!ヤギ男
いつもなら宿題をしてお風呂に入ってからダラダラとゲームをしたり動画を観たりするが、今日は十時には寝ることにした。
なにせ寝れば日沖さんと会えるのだ。
こんな素敵なことはない。
デートの約束にでも向かうようにベッドに潜り込む。
今日はどんな夢なのだろうか?
また新しい日沖さんを発見できるだろうか?
想像するだけでワクワクしてしまう。
しかしそれがよくなかった。
ワクワクしすぎてちっとも眠くならない。
早く行かなくては、と焦るからより眠れなくなる。
時計を見ると既にベッドに入って二時間も経過してしまっていた。
無になることを心掛け、ようやく眠りに落ちていった。
──
────
気が付けば僕は古びた洋館の前にいた。
ここが今日の夢の舞台なのだろう。
辺りを見るが日沖さんの姿はない。
まだ寝てないのかな?
それとも既に寝てて、先に行ったのだろうか?
まぁ八時間は寝ると言っていたのだからもう寝ているのだろう。
たぶん先に来てどこかにいるに違いない。
追いかけるように僕は洋館の年期の入った大きな扉を開く。
「お邪魔しまーす」
挨拶をしたが返事はない。
玄関ホールは古い肖像画がかけられ、西洋の甲冑や剣などが飾られている。
でも薄暗くて埃っぽいので豪奢というよりは、どこか不気味で陰鬱な気配だ。
「おーい、日沖さーん!」
呼び掛けるが返事はない。
ずいぶんと広い屋敷みたいだけど、この中から彼女を見つけることは出来るのだろうか?
取り敢えず正面向かって左側の廊下を進んでいく。
絨毯が敷かれた廊下はいくつもの分岐点があり、まるで迷路だ。
しかも無数にドアがあり、試しに開けるとその部屋にも三方向にドアがあるという構造だった。
まるで人を迷わせるために作られたような館である。
こんなところで迷子になったら間違いなく出られないだろう。
「誰かいますかー?」
大きな声で呼び掛けると、扉の向こうからガタッと物音がした。
「入りますよー?」
声をかけてからドアを開ける。
生臭い血の匂いがした。
「ひっ!?」
中では頭から出血した血塗れの人が倒れていた。
まだ絶命してないらしく、ピクピクっと動いてこちらを見ている。
「何があったんですか!?」
問い掛けると彼はゆっくりと手を上げ、僕の背後を指差した。
大きく見開いた目は血走っており、恐怖で震えている。
「逃げろぉおおおおおっ!」
「へ?」
振り返るとヤギの仮面を被り、斧を持った大男が立っていた。
返り血を浴びて全身がどす黒く湿っている。
「う、うわぁああー!」
斧を振り下ろしてくるので慌てて逃げる。
動きはそんなに速くないのでなんとかかわせた。
「こっちに来るな!」
近くにあった椅子を投げつけ、ヤギ男がよろけた隙にドアの外へ出る。
もう右も左も分からず、とにかく全速力で走って逃げた。
「鰐淵くん、こっちです!」
「日沖さんっ!」
開いたドアから日沖さんが手招きしてくれ、僕は慌ててそこに逃げ込む。
「さっきヤギの仮面を被った男がっ」
「ヤギ男ですね。私も遭遇しました」
「奴はいったい何者なの?」
「分かりません。とにかくこの館にいる人を殺して回っているみたいです」
「マジか……」
完全にホラーの世界に迷い込んでしまっている。
「鰐淵くん、来るのが遅いです。私はもう一時間以上追いかけ回されているんですから」
「ごめん。早めにベッドに入ったんだけど眠れなくて」
「でも来てくれてよかったです。二人でこの館から脱出しましょう」
ヤギ男がいないことを確認し、廊下に出る。
しばらく進むと階段があった。
「ここから上に行きましょう」
「館から脱出するのに二階に上がるの?」
「どうやらこの館は自動で作り替えられる迷宮みたいです。一階とか二階とかそういう概念はないみたいなんです」
ラスボスの居城みたいな恐ろしさだ。
途中壁に剣が置いてあったので拝借しておいた。
気配を殺して慎重に移動しているからか、ヤギ男と遭遇せずに済んでいた。
しかしまるでゴールに近付いている気はしない。
「なんかここ、さっきも通らなかった?」
「鰐淵くんもそう思いますか? どうも私たちはずっと同じところを何度もループさせられてる気がするんです」
こういう仕掛けはゲームでもよくある。
こんなときは意表を突く行動に出る必要がある。
たとえば一見扉がないようなこの壁のどこかに──
「あった! 日沖さん、ここに見えないけれど扉があるよ」
「本当ですね! さすが鰐淵くん!」
「これで先に進める!」
ドアを開けてなかに飛び込むと、そこにヤギ男が待ち受けていた。
「うわっ!?」
「きゃあぁあ!」
ヤギ男は仮面を被っているけどニヤリと笑った、気がした。
血で濡れた大鉈を振り上げ向かってくる。
「日沖さん、逃げて!」
ヤギ男は鉈を振り下ろす。
僕は持っていた剣でそれを受けた。
しかし物凄い衝撃で剣を落としてしまう。
「鰐淵くんっ!」
「ここは僕に任せて早く逃げるんだ!」
ヤギ男が日沖さんを狙おうとしてきたので突進して体当たりする。
「グハァ!」
ヤギ男を掴んでなんとか時間を稼ごうとした。
しかし巨体の彼からしてみれば小柄な僕なんて障害でもなんでもなかった。
「うわぁ!」
軽々と振り払われ、壁に叩き付けられる。
立ち上がれない僕にヤギ男が大鉈を振り下ろしてきた。
そして容赦なく鉈が肩にザクッと食い込む。
「ぐああぁあ!」
ヤギ男が鉈を引き抜くと僕の肩から血が吹き出した。
痛くはないのだけど衝撃で肩が痺れた気がした。
「天使の雫!」
日沖さんが呪文を唱えると僕の身体が光で包まれる。
そしてみるみると血が止まっていった。
夢を自由に操るためには技の名前を叫ぶとやりやすいという僕の話を実行してくれたようだ。
夢の中では恐れは禁物である。
勝てる、やれると思い込まなければ負けてしまう。
さあ、ここから反撃の開始だ。
────────────────────
まさかのホラー展開にビビり散らす鰐淵くんと日沖さんでしたが、二人で力を合わせて逆襲開始!
ちなみにこんな恐ろしい夢を見たのは、日沖さんが寝る前に小説投稿サイトのファンタジー小説を読んでいたことが原因です。
意外と固い本だけじゃなくてあれこれ読むんですね、日沖さん。
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