第70話春の詩集・河井醉茗:そっと心に秘める青春の日々の記憶

河井醉茗の「春の詩集」を読みました。岩波文庫『醉茗詩抄』

青空文庫で読めます。

https://www.aozora.gr.jp/cards/001861/card57429.html


河井酔茗は、一八七四年(明治七年)大阪生まれの詩人です。

詩集に『無限弓』『灯影』などがあります。口語自由詩を提唱して、「文庫」(少年文庫)の記者として詩欄を担当し、北原白秋、島木赤彦など、多くの詩人を育てました。


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春の詩集


         河井醉茗


あなたの懐中にある小さな詩集をみせてください

かくさないで___


それ一冊きりしかない若い時の詩集

かくしてゐるのは、あなたばかりではないが

をりをりは出してみられた方がよい。


さういふ詩集は

誰しも持ってゐます。


をさないでせう、まづいでせう、感傷的でせう

無分別で、あさはかで、つきつめてゐるでせう。


けれども歌はないでゐられない

淋しい自分が、なつかしく、かなしく、

人恋しく、うたも、涙も、一しょに湧き出た頃の詩集。


さういふ詩集は

誰しも持ってゐます。


たとへ人に見せないまでも

大切にしまっておいて

春が来る毎に

春の心になるやうに

自分の苦しさを思ひ出してみることです。


詩集には過ぎて行く春の悩みが書いてあるでせう。

ふところ深く秘めて置いて

そつと見る詩集でせう。


併し

季節はまた春になりました

あなたの古い詩集をみせて下さい。


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 以前、ブログに私が若い頃に書いた詩を掲載していましたが、非表示にしてしまいました。

はじめは若い頃の記録として、残しておこうと考えたのですが、しばらくしたら、どうにも恥ずかしくて、いたたまれなくなってしまったのです。


 その後でみつけたのが、この「春の詩集」でした。

「をさないでせう、まづいでせう、感傷的でせう/無分別で、あさはかで、つきつめてゐるでせう」その通りでした。


 作者が言う「春の詩集」とは、現実の詩集ではありません。言うならば、青春の日々の記憶でしょうか。誰でも通り過ぎてきた、若い頃の思い出です。


 大人になって思い出すと、なんであんなことで悩んでいたのだろう。どうしてあの時もっとうまく立ち回れなかったのだろう。不器用な自分の行動が恥ずかしく、後悔の念でいっぱいになることもあります。


 それでも、あの当時はそう言うしかなかった、そう行動するのが精一杯だった。恥ずかしく思い出すと同時に、当時の自分が可愛らしくも感じるのです。


「ふところ深く秘めて置いて/そつと見る詩集でせう」心を許せる友には話すこともあるでしょうか。それとも、誰にも言わず、そっと心に秘めておくのもまた一興かもしれませんね。

(記:2017-11-03)

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