第58話原体剣舞連・宮沢賢治:体の底から響いてくる原始のリズム

宮沢賢治の「原体剣舞連はらたいけんばいれん」を読みました。

詩集『春と修羅』に掲載されている一篇で、青空文庫で読めます。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card1058.html

底本は『宮沢賢治全集1』(ちくま文庫)


宮沢賢治(一八九六~一九三三)は岩手県生まれの詩人、児童文学者。

盛岡高校農林学科在学中に日蓮宗を信仰するようになりました。卒業後は農学校の講師をしながら詩や童話を書きました。


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原体剣舞連


       宮沢賢治


   dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah


こんや異装いそうのげん月のした

とりの黒尾を頭巾づきんにかざり

片刃かたはの太刀をひらめかす

原体はらたい村の舞手おどりこたちよ

ときいろのはるの樹液じゅえき

アルペン農の辛酸しんさんに投げ

せいしののめの草色の火を

高原の風とひかりにささげ

菩提樹まだかわと縄とをまとふ

気圏の戦士わがともたちよ

青らみわたるこう気をふかみ

楢とぶなとのうれひをあつめ

蛇紋山地じゃもんさんちかがりをかかげ

ひのきの髪をうちゆすり

まるめろの匂のそらに

あたらしい星雲を燃せ

 dah-dah-sko-dah-dah

肌膚きふを腐植と土にけづらせ

筋骨はつめたい炭酸にあら

月月つきづきに日光と風とを憔慮し

敬虔に年をかさねた師父しふたちよ

こんや銀河と森のまつり

じゅん平原の顚末線てんまつせん

さらにも強く鼓を鳴らし

うす月の雲をよどませ

 Ho!Ho!Ho!

    むかし達谷たった悪路王あくろおう

    まっくらくらの二里の洞

    わたるは夢と黒夜神こくやじん

    首は刻まれ漬けられ

    アンドロメダもかがりにゆすれ

    青い仮面めんこのこけおどし

    太刀を浴びてはいっぷかぶ

    夜風の底の蜘蛛くもおどり

    胃袋はいてぎったぎた

  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

ちらにただしくやいばを合わせ

霹靂へきれきの青火をくだし

四方しほうの夜の鬼神きしんをまねき

樹液じゅえきもふるるこのさひとよ

赤ひたたれを地にひるがへし

雹雲ひゃううんと風とをまつれ

  dah-dah-dah-dah

夜風よかぜとどろきひのきはみだれ

月はそそぐ銀の矢並

打つもてるも火花のいのち

太刀のきしりの消えぬひま

  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

太刀は稲妻いなづま萱穂かやほのさやぎ

獅子の星座せいざに散る火の雨の

消えてあとないあまのがはら

打つも果てるもひとつのいのち

  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah


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 原体剣舞連は、岩手県奥州市江刺の、原体区に伝わる民俗芸能です。一九二二年八月に、詩人が現地で見た経験が基になって書かれた詩です。


 宮沢賢治の詩の中では、好きな詩のひとつ。

言葉の一つ一つの意味を解釈するよりも、言葉のリズムや響きを楽しみたいと思い、あまり細かい語釈はしないで、ただただ詩そのものを楽しみました。


 私には詩全体を、太鼓のリズムが響いているように感じられました。お祭りなどでも太鼓の響きは、日本人に独特の感覚を呼び覚ますように感じます。


 原始時代から日本人の心の底に染みついた、原初的なリズム。自然に手足が動き、体が動き、昂揚し浮き立ってくるようなエネルギーです。


 そんな響きが「dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah」と詩全体に満ち、力がみなぎってくるような感覚です。


 今回はじめて、YouYubeで原体剣舞連の踊りを見ましたら、イメージしていたのとは少し違っていました。

https://www.youtube.com/watch?v=Nc-vlPLj_rQ


 私は北上の民俗芸能「鬼剣舞おにけんばい」のイメージが強かったためか、もっと勇壮な荒々しい踊りかと思っていましたけれど、優雅な感じです。


 純粋無垢な子供達が、先祖の霊を慰めるために踊るのだそうで、詩の描写通り、男の子は頭巾に黒い鶏の羽根を飾っています。


 詩の中に出てくる「悪路王」は、平安時代の蝦夷(東北地方)の族長と言われた人物。坂上田村麻呂に討たれて果てるのですが、舞いを見ながら、詩人は悪路王の末路を思い浮かべたのでしょうか。


 大和朝廷側からすると、坂上田村麻呂は英雄で、悪路王は悪者なのでしょうけれど、東北の子孫の気持ちとしては、わが地の英雄こそ、悪路王であるのかもしれませんね。


 先祖の霊をなだめるための踊りということで、血なまぐさい古代の歴史に埋もれていった人々の霊も慰められるのだと思います。

(記:2016-11-04)

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