第9話 後悔と決別
「ママ~、神様に弟が欲しいってお願いしたんだ~。ママはどっちが良いの?」
小さな女の子の声で、ハッと我に返る。
「う~ん、ママは元気な子ならどっちでも良いかな?」
そう答えた彼女が、少しゆったりした服を着ていた理由を知った。
「パパは?」
「パパもどっちでも良いかな?」
穏やかに笑う彼が、俺に気付いて視線を向けた。
彼女は娘と話していて、全く気付いていない。
おそらく、彼女に俺が居ると伝えようとしたのだろう。彼が彼女に声を掛けようとしているのに気付き、俺は慌てて首を横に振る。
すると彼は、小さく俺に会釈をして視線を元に戻した。
俺が直ぐに物陰に隠れると、彼女が不思議そうに振り向いた。
「誰か居たの?」
彼に話し掛ける彼女に、彼は小さく微笑んで
「まぁな」
って答えた。
「え?誰?誰?」
キョロキョロする彼女に耳打ちをすると、彼女はゆっくりと俺の方にお辞儀をした。
「ママ?どうしたの?」
不思議そうにする彼女の子供に
「ママの大好きだった人が居たんだって」
と答えた。
「え~!パパじゃないの?」
驚く彼女の子供に
「そうね、残念ながらパパじゃないのよ」
って笑って答える彼女に
「じゃあ、みかはパパが大好きだから、パパのお嫁さんはみかだからね!」
そう言って彼の足に抱き着く彼女の子供を、彼はゆっくりと抱き上げて
「そうだな!大好きな人は譲ったけど、家族になりたい人は譲らなかったから、パパの勝ちだな!」
と彼が笑う。
「会いたかったなぁ~」
残念そうに笑う彼女の声に、とっくの昔に、彼女の中で自分の存在が思い出に変わっている事を知る。
「いつか会えるよ」
「そうかな?」
「でも、会ってどうするんだ?」
そう訊いた彼に
「え?う~ん。まず、お礼が言いたいかな?短い間だったけど、付き合ってもらえて嬉しかったから」
と笑顔で答えた。
「長塚君も、幸せだと良いね」
彼にそう呟いた彼女の横顔が、とても綺麗だった。
ふと、あの日手放さなかったら、彼の位置に自分が居たのかもしれないという思いが過ぎった。
……でも、それは直ぐにかき消された。
彼女の「長塚君も」という言葉が、彼とだから幸せになれたのだと告げているように思えたから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます