第3話変態と変態
「だ、だれだ、お前。」
震える私の前に絵馬君が立ち上がってくれる。
「いいわねー、小学生って健気で」
まるで自分の身体を見せつけるような、肌色の多いビキニのような服を着た女だった。胸元の大きく開いた胸元と、ストッキングのようなものを吐いている足が目を引く。
「食べちゃいたいぐらい。」
身体と違い、自分の身体を隠すように覆われたマスクを彼女はつけていた。その中で舌なめずりをし、唾を飲み込む「ごくん」という音が聞こえる。
「へ、変態」
絵馬君が後ずさった。
「逃げるぞ!是枝」
「う、うん」
「はあ、はあ、ここまでくればもう大丈夫。」
俺だけしか知らない秘密基地のはず。
「あらー、秘密基地?かわいいねえ。」
目の前に変態がいた。少しいい匂いがするのが、憎たらしい。
「逃げろ!」
「ここなら大丈夫かな?絵馬君。」
「ああ、大人もたくさんいるし。」
「先端でいいの、ちょっとだけ食べさせてよ。」
二人はまた無言で逃げ出した。
ちょうど、近衛ちゃんの武器屋から帰るところだった。
「ねえ、あの子禊さんの教え子じゃない?」
「え?」
速水が指さした方向をすぐに見る。確かに、高田絵馬君と是枝美沙ちゃんが一緒に歩いていた。疲れているようだが、しきりに彼らの斜め後ろの方向を気にしている。
「どうしたの?」
すぐさま駆け寄って、私は状況を確認した。
「せ、先生」
「実は変態に追われてて」
美沙ちゃんは私に抱き着いた。彼女たち二人が変質者に襲われそうになっていて逃げているということであろうか。
「ふむ。」
「えっっっ、やべえ奴ですねあなた!!」
私の200m先には私の腕を、正確には腕の中にいる私の生徒をじっと見つめる変態がいた。身長はおよそ175㎝ほどか。胸の膨らみは相当なもので、女の私でさえ引き込まれるほどだ。グラビアアイドルを思わせるスタイルと過激なファッション。マスクから除く目が二重で、鼻が高いことからも美人であることが伺える。残念な美人、という枠だろう。
「ヤバい奴、というセリフは別にしてその子と知り合いなの?あなた。あなたも綺麗ねえ、その髪。欲しいわ。」
”ガチ”の人か。困った。というか、あなたの存在自体が子供たちの教育に悪いので即刻退場願いたい。特に、今だ小学三年生の高田絵馬君の性癖がとても心配である。
「禊さん、下がってください。ただの変態だったらよかったんですけどこの人、、、強いですよ。」
「速水?」
速水がいつになく本気モードだ。すでに鞘から刀を抜刀している。
「あら、そこの女の子は戦いがお望みなのかしら。私としては平和的に終わらせたいのだけど。」
変態もこれに応戦しようと、艶めかしく太ももから短刀を取り出した。
「子供は見ちゃダメ。」
欠かさず小学生二人の目をふさいでおく。眼に毒だからね。
「いきますよ!」
「かかってきなさい、あなたも食べてあげるわ。」
二人の戦いはとんでもないスピードで進行していた。普段から速水の訓練を見慣れている私でなければ何が起きているかわからないかもしれない。下手に援護しようとすると邪魔になりかねない。
「高田君、動ける?」
私はある判断を下した。
「う、うん。」
「今、先生とその友達がこの人相手に時間稼ぎをするから二人でギルドまで行けるかな?」
すぐに返事は帰ってこない。当然か、大人と一緒にいた方が安心だ。
「先生、私いける。」
意外にも返事をしたのは是枝ちゃんの方だった。
「そう、偉い子ね。ギルド本部で事情を話せばすぐに保護してもらえると思うけど、うまく説明できなかったら私達の客だって言えばいい。がんばって。」
「で、でも。」
及び腰な高田君。
「ほら、行くよ。」
是枝ちゃんが姉のようだ。この先の関係性が決まった瞬間だなあなどとまだ私はのんきなことを感じていた。
で、目の前の戦いは完全に膠着状態。しかし、恩恵で身体能力が強化されている速水と肉弾戦というステージでここまで互角に戦えるのか。変態もまた身体能力が強化されるタイプの恩恵なのだろうか。
炎魔法は安易に打つと二人諸共巻き込んでしまうな。
「ファイアーボール」
ぎょっ、とした顔でビキニ女は私を見た。私の炎の球は、二人の近くを狙ったものだ。わざと外したが、ビキニ女は必ずこれから私の杖をチェックしなければいけない。
「鬱陶しいわ」
次の瞬間、目の前にマスク女の顔が接近する。
「禊さん!」
速水はいい加減私をひ弱なままだと思うな。そう思いを込め、杖で思いっきり顔をぶん殴る。
「へぐっ!!」
若い女が出してはいけないような声を出して、マスク女は口から血を流した。
「やるじゃない、綺麗なだけじゃないのね」
「綺麗で頭がいいだけじゃ、この世界で生き残れないんでね」
そこに追撃。
「ファイアーボール」
その炎は当たるように思われた。いや、確実に当たるはずだったのだ。
「やっぱり、髪の毛はおいしいわね」
何かを咀嚼するような音がした直後、敵のスピードが格段に上がった。
「は?」
ガシャン!と刃と刃がこすれる音がする。
「面白くなってきたじゃないですか」
「思ったよりやるわね、眼鏡。がんばってる顔も素敵よ。」
速水がかばってくれなければ間違いなく死んでいた。その事実に愕然とする。
「あのまま当たってたはず……何をしたの?」
いきなり動きが速くなった。
「教えてあげる道理はないはずだけど、そうね。お代として教えてあげるわ。私は人を一部分でも食べると身体能力が上がるの」
「禊さん、髪です」
小声で速水がそう言った。そっと、自慢の長髪を触る。ない。後ろと右横部分の髪がごっそりとなくなっている。一回目の接触の時の狙いは髪だったのか。なるほどなるほど、許されないぞそれは。別に女の命ともいえる髪を奪うなんて。この髪に毎日何時間かけてると思ってんだ。食ったのか、それを。さぞおいしかっただろうなあ。私が手間暇かけて育てたこの黒髪を一瞬で壊しやがって。
「ぶっ殺してやる」
「あー、禊さん?」
そこのゴミカスに向かって、私は杖を構える。唱える魔法は今までで最大火力の魔法だ。変態がどんな速さで逃げようとも、この魔法の範囲からは逃れられない。
「ファイアー・プロミネンス」
「その魔法は私も巻き込まれますよ!!!!」
杖の先端から閃光が迸る。炎の柱が地中から、変態に突き刺さった。
「危ないじゃないですか!」
「速水なら大丈夫でしょ。信用してるのよ」
「そんな信頼はいりません」
それよりも私の髪だ。10㎝ほど切り取られた髪はもう元に戻りそうにない。うー。短くするかー、でもなあ。髪は長い方が好きなんだよなあ。せっかく妹ともお揃いだったのに。やはり許せない。アイツの髪を黒焦げにして、毛根を破壊し髪形を坊主に固定してやろうか。
「髪が気になるのはわかりますが、今は戦いに集中してください」
はいはい。どうせ、ボブの速水に私の苦しみはわかりませんよー。
「ボブの私がどうかしましたか?」
「え、エスパー?」
「私の髪を親の仇みたいに凝視してましたから。」
「速水の髪、綺麗よね。私に少し頂戴よ。」
きめ細かくてなめらかな髪だ。
「いやですよ、やめてください。」
「ほら、一、二の、三で。抜くわよ、一、二の。」
「ふ、ふざけてるわね。あんたたち。」
私の宝物を奪ったゴミカスはまだ生きていたらしい。だが、私の魔法は直撃したようで黒焦げになっていて、足もとはおぼつかない。
「死ね!」
とどめの一撃に杖で頭をぶん殴ると、ビキニの変態は崩れ落ちた。
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