第2話異変

 県と槍が旗印となっている冒険者ギルドでは、昼間っから柄が悪い人々が酒を飲んだくれている……のではなく。老若男女様々な人々が昼夜、人を襲うモンスターとなってしまった動物たちをどうやって狩るのかについて話し合っていた。

今や、冒険者ギルドの拠点となり、ひっきりなしに人が行き来する市役所の向かいには三階建てのレストランを改築した小さな学校があった。

「先生先生私、わかった。その四角形の面積は8でしょ」

「いや、もとめるの三角形だろ」

「じゃあ、4かな」

私、神川禊は週に三日ほどこの学校に勉強を教えに来ていた。

この学校は一クラス十五人。学力別で八クラスほどある。ただ、教員免許を持っている人は本当に少なく、授業形態ではなくて寺子屋のように生徒に自身で問題集を解いてもらう方式になっていた。ちなみに、給料なんてものはほとんど出ない。労働基準法を盾に最低賃金を要求したいのはやまやまだが、そもそもの学校がギルドの善意で運営されていることとRウイルスが流行る前も、教師には最低賃金という言葉は存在

しなかったらしいので強く言えないのが現状だ。

「うーん、これはね。美沙ちゃん。円を求める問題だから……」

目の前の女の子。ウイルスで親を亡くし、姉妹をなくし、そして学ぶ機会さえも奪われようとしている。私がどれだけ薄給だろうとも先生をやり続けるのは子供から学習する機会を奪ってはいけないと強く感じるからだ。

「ありがとう、禊先生」

私はこの場所が好きだった、クラス全員の名前を覚えるほどには。








「うーん、おいしい。やっぱりアイスはメリーボーガンに限るね」

「本当に絶品ですね、禊さん。」

Sレート「怪鳥」討伐祝いとして、私と速水は二人で軽いパーティーを催していた。近所のスーパーにアイスを強盗、速水的に言うと拝借しに行った甲斐があった。アイスなどの物資はRウイルス蔓延後にまた作れるのかわからないため、貴重なのでいつも食べれるわけではない。限られた日しか食べることを許されない贅沢である。

「次はSSレート、倒しちゃいますか。」

「エスエスうー。行っちゃうかー。」

凶暴化した動物たちはその強さ、脅威によってギルドがそれぞれランク付けを行っている。

ランクについては以下の通りだ。

Ⅾランク アマチュア冒険者一人でも余裕をもって倒せる。単体の蟻などが該当。

Ⅽランク アマチュア冒険者数人で何とか倒せる。数匹の犬、猫や鴉が該当。

Bランク ベテラン冒険者数人と同等の実力。徒党を組んだサル、犬の群れのボスなどが該当。  

Aランク ベテラン冒険者数人を凌駕する実力。イノシシ、熊などが該当。

Sランク 熟練した冒険者数人と同等の実力。 弱いドラゴン、異常に巨大なモンスターが該当。

SSランク Sランクに収まりきらないモンスターが該当。Sランクの時にじゅれんした冒険者を何人も返り討ちにしたものから、強さの底が知れないものまで同じランクの中でも強さに差がある。ドラゴンは主にここに分類される。

SSSランク このランクに分類されるモンスターは自然災害とも呼べる類のものであり、全く冒険者による討伐の見込みがないものが該当する。

私達は、今回の「怪鳥」を含めSランクモンスター三体を討伐したことでSSランクモンスターの討伐依頼を受けることができる。ただ、SSランクモンスターとSランクモンスターの間に横たわる実力の溝は深い。私達がSSランクモンスターに挑戦するのはずっと先のことになるはずだ。







「たしぎ。久しぶりー--。」

「美琴か。久しぶりだな。」

今日、私は速水とともに彼女の友人を訪ねていた。うん、速水から聞いていた通り変わった見た目をしている。

「神川禊です、よろしく。」

「あなたが神川さんですか、美琴から話は聞いています。近衛たしぎです。

どうぞよろしく。」

目を引くのは彼女が着ている白衣だろう。何度も実験を行っているからか、彼女の白衣はカラフルに汚れていた。”博士”とでも呼ばれていそうだ。

「たしぎぃー、最近全然外出てないんじゃないのー?そんなんじゃ、体に毒だよ?」

「美琴こそ、危険なモンスターとばかり戦ってると聞いたよ。体は大丈夫なのか?」

速水から散々話を聞かされていたので、わかったつもりだったが実物を見てみると二人はつくづく対照的だなと思う。身長が170㎝ほどある速水に対して、近衛ちゃんは150㎝ほどしかない。体を動かすのが得意な速水と頭を働かせるのが得意な近衛ちゃん。そして速水が若干釣り目気味なのに対して、近衛ちゃんは少しタレ目だ。幼馴染として中学までずっと一緒だったらしいが、どちらかがRウイルスで死ぬことにならなくてよかったと思う限りだ。

「で?今回は何の用だ。別に、遊びに来たわけじゃないんだろ?」

私をちらりと見る。頭が回る子だなあ。

「そうだ!今日はね、たしぎにまた新しい武器を作ってもらいに来たの。」

そういえばそうだった。

「なるほど、お客さん。どんな武器がお好みで?」

「私の杖よ。」

彼女が運営している武器屋通称近衛武器は確かな品質で固定客が多い店だ。信頼もできる。

「素材は持ち込みですか?」

「これで頼むわ。」

そう言い、私は先日討伐したばかりの「怪鳥」の骨を取り出す。ギルドに売り払う前に、少しだけかすめておいた。

「これは……もしや高レート、それもSクラスのモンスターの身体の一部でしょうか?」

「たしぎ、見たらわかるの。さーっすがー。」

渡した部位は元のモンスターの外形がわかる部位ではなく、鳥の翼の一部だ。見るだけでわかるのは素直にすごい。

「この翼の一部を、杖にしてお渡しすればいいんですね。」

「そうよ。」

「わかりました。では、二週間後ぐらいにお店にお越しください。自信作をお渡しできると思います。」

杖の出来が楽しみだ。

「そういえば、やるって言ってたの研究は進んでるのたしぎ?」

「今のところ、進捗はなし。だな」

科学者のような見た目らしく研究もしているらしい。

現状で、恩恵についてギルドでわかったことはいくつか。いずれの恩恵もRウイルス感染後に発現していること。速水のようなケースも稀にいるが無症状で感染はしているのではないかといわれている。種類があること。一つ目に私のように炎など物質の操作、創造。二つ目に速水のような身体能力強化。三つ目に透視など完全に特殊な能力。目の前の彼女は鍛冶、の恩恵を持っているのだとかいないとか。

「大学の施設を拝借して、研究をしたりもしてるけど正直人手と時間が足りないな。私一人でできる気がしないから大阪に行くことも検討してる。大阪で憧れの教授がRウイルスの研究をしているらしいから。」

「えー、大阪なんか行かなくていいじゃん。私達と暮らそうよー。女の子一人暮らしは今のご時世危ないよ?」

私の家はまだまだ広い。小さい女の子もう一人増えたぐらい問題ないな。

「すまない、研究施設をよそに移せないからそれは難しい」

「そう。じゃあ、しょうがないね。でも、私達と暮らしたいならいつでも言ってよ」

「ああ。心にきざんでおくよ」










小学三年生の是枝美沙は最近悩みがあった。学校が終わった後、自分をじっと見る視線を感じるのである。家に帰っても当然、優しいお父さんも厳しいお母さんもいない。相談する相手は必然的に同じ学年の友達になった。

「大丈夫、まだ見られてる?」

峯田夜はウイルスがはやる前は全然仲良くなかった相手だが、ウイルスが流行ってから仲良くなった友達だ。女の子として気が強く、頼もしいので話すことにした。

「いや、今日は大丈夫かもしれない。」

やっぱり二人だと心強い。

「変質者だよ、きっと。警察に相談した方が……」

「警察、やってるのかな。」

二人で黙り込んでしまった。

「ごめん。」

「夜ちゃんは悪くないよ。」

いつもの視線は勘違いかもしれない。もしかしたら、私が不安になりすぎているだけかも……

「じゃあね。」

夜ちゃんとの分かれ道。ここから一人で家に帰らなくちゃいけない。

「また明日。」

数分後。がまた襲ってきた。脂汗が私の身体を襲う。こんな時、どうすればいいの?110番は役に立たないし、子供の家はどこに人がいるのかわからない。

心臓の音が速くなっている。

ガサガサ。後ろの草が、さっと動いた。

「え?」

怖い。人生で何回目の純粋な恐怖。

逃げなきゃ。今すぐここから。逃げなきゃ。逃げなきゃ。早く離れないと。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ、逃げなきゃ。

右足を動かして、左足を動かして。又右足を動かして。うまく左足が動かない。

「あっ!」

石が。そして、腕と足に切り裂くような痛みが走る。

もう、いいや。私はその場で座り込んで泣き出してしまった。後ろの草から人が飛び出した。

「な、なあ。大丈夫か」

少し背が小さい、小学三年生ぐらいの男の子。

「え、絵馬君?」

同じ教室で先生に教わっている仲間だ。

「なんでここに?」

「それは、お前を……そうじゃない俺の家はこっちなんだ」

「確か、絵馬君の家は逆方向だったような」

「そんなことはどうでもいい」

どうでもよくないし、知りたい。

「それよりも、なんでお前泣いてたんだよ。大丈夫か?」

「う、うん。」

視線が絵馬君だったらもう大丈夫なはず。な、はず。

「大丈夫じゃ、ないかも。」

視線を私はまだ感じている。しかも、さっきよりも近くから。

「お前、後ろ。」

恐ろしいものを見たかのように、絵馬君は後ろを指さした。

「妬けちゃうわねー、その若さ。是非、私に欲しいわ。」

そこには……

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