神川禊はこの世界に負けません!!!
絶対に怯ませたいトゲキッス
第1話出会い
「はっ!」
いつのまにか寝てしまったようで口元にべったりとついたヨダレが気持ち悪い。今何時だろう?ずいぶん長く眠ってしまった気がする。寝すぎたせいか、まだ頭がずんずんと痛い。
悪夢を見たせいか、寝すぎたせいかそれともどちらもか、コロナウイルスにかかった時のように体が重い。熱もありそうだ。
「……今だ原因ははっきりしておらず……」
テレビの音声が聞こえてきた。体が少しこわばる。寝る前からつけっぱなしだったのか。消さないと、、、
「……感染した人類の九割以上が死滅している状況です……」
そういえば、そうだったなと私は寝る前のことを完全に思い出した。
二千二十六年六月。日本で新種のウイルス(後にRウイルスと呼ばれることになる)が確認された。日本政府政府は直ちに緊急事態宣言を出したが、時すでに遅し。天下の台所と呼ばれた日本第二の都市大阪にRウイルスはすでに蔓延しており、当時の日本政府はロックダウンを余儀なくされた。
十月上旬、ここ岡山にも感染者が出た。私が友達の理亜と遊んだ後、突然体調が悪くなりベッドに倒れ込んだのが十月十五日、今日はテレビによると十月十八日。私はおよそ三日間ほど寝ていたのだ。体のだるさや熱さからも残念ながら、ウイルスに感染したのだろう。
こんな時は・・・とりあえず保健所に電話をすればいいのだろうか。けれどこんなに致死率が高いウイルスで病院に行ったところで治るのかわからない。
「もしもし。もしもし。」
応答がない。
続いて、保留用音楽と思しきものがスマートフォンから流れた。
「ただいま岡山県東部保健所は閉鎖しております。用がある場合は東京都福祉保健局までお願いします。」
なぜ、疫病が蔓延している今この時に保健所が閉鎖をしているのか、と問い詰めたくなるがそんな元気もない。東京都福祉保健局というところにも電話をかけてみたが、残念ながら繋がらないようだ。
とりあえずご飯を食べるためにキッチンに立った矢先、強烈なだるさと四肢に痺れが襲ってきた。意識がなくなりそうなので水だけは飲んだ。
次に目覚めた時、初めに襲ってきたのはキッチンという場所で寝てしまった故の腰痛だった。さっきまで(もしかしたら数日前の可能性さえあるが)の私を悩ませていた唸るような頭痛は消えていた。立ち上がった瞬間、すこしふらっとしたが軽い貧血に違いない。
どうやら、R?ウイルスは完治したと見てよさそうだ。スマホには19日とある。小さい頃から田舎で育ったせいか免疫力が異様に高いと医者には言われている。今回もあまり苦しまなかったし、丈夫な体に産んでくれた両親に感謝だ。
「よっこいしょ。」
とりあえず腹の空きを解消しなければろくに動けないためお粥を作ることとする。
「いまだ東京以外の日本各地では感染が続いており、、、」
テレビは相変わらずつけっぱなしだった。冷蔵庫から米を取り出す。
「 ……また、感染者の症状として物理的に不可解な現象の報告が全国各地でなされており、、、、」
ひんやりとまだ冷たい水道水が私の手に触れる。そういえば、この水道水は安全なのだろうか。想像通りなら、街中から人が消えているため当然水道局の人員も消えているはずなのだが。
「……大阪でも水を自在に操作できる人類など……」
次はかまどであっためれば、、、次の瞬間。私の手から、赤い炎が噴き出した。炎が水と触れ、軽い爆発が起こる。
目の前で起こった事象を前に、頭は真っ白になった。以前であればあり得ない、今自分の掌から炎が噴出したように見えたのは幻想ではなかろうか。しかし現実として、私の目の前で爆発が起きている。そもそも、なぜ私は爆発の直撃を受けて無事なのか。熱湯や水蒸気を受けてもわたしは痛いとも熱いとも感じなかった。取り留めもなく思考が回る。
一時の錯乱状態から私を正気に引き戻したのは窓の外にたたきつけられる拳の音だった。驚いた私はそっとスマートフォンをポケットから取り出す。呼ぶのは警察ではなく警備員だ。このマンションに常駐している警備員なら数分後には到着する。
パリィン!!!
直後、聞こえたのは窓のガラスがきれいにわれる音だった。近くにあったフライパンを左手に包丁を右手に持って身構える。窓を割ったことから、何かしらの武器を持っている可能性がある。
白く長い髪に真っ黒なズボンと真っ黒なTシャツ。ベランダなしの高層階マンションなのに、黒ずくめの服を着た侵入者は窓を軽く飛び越えて入ってきた。胸元と臀部の健康的なふくらみから女だということがわかる。ただ安心はできない。こんな高層マンションの窓から入ってきたことから、相手の身体能力は抜群に良い。
端正な顔立ちの彼女はきょろきょろと私の家の中を見渡し、キッチンに立っている私を見つけた。
「あ。」
相手は戸惑っているようだ。今のうちに先制攻撃を仕掛けるべきか?
「・・・生きてます?生きてるよね?」
黒づくめの彼女は泣きながらそう言った。
目の前で突然泣き出してしまった女の子がいる。フライパンと包丁を置き、私は彼女が落ち着くまで胸で抱いていた。
「グズ、スンスン、スン、ありがとうございまず。」
一時間後、彼女は泣き止んだ。近くで見てみると彼女は私よりも幼いことが分かる。私の目測では高校三年くらい?
「はい。」
「ありがとうございます。」
チョコとジュースを渡して、椅子に座らせる。彼女の手には少しかすり傷ができていた。
「で……なんで私の家に入ってきたのかな?」
なるべくプレッシャーを出さないように話す。
「ごめんなさい!」
いきなり謝られた。
「映画で見た高層マンション登りの方法を試してみたくて……」
「本当に?」
「本当です。信じてください、生きてる人がいると思いませんでしたが」
確かに噓をついていると思えない表情だ。
「わかったわ。でも、ガラス代は弁償してね」
彼女はポカーンとした表情を浮かべた。そして、笑い出す。
「くっつ、ハハハっ!!!」
「なにがおかしいの?」
少しむっとする。イヤー、だって。
「今、ガラス代なんか気にするなんて、ぷぷ。外に人いないんですよ?」
眉が少し上がるほどの驚き。次に納得。
テレビではこの病気の致死率は九割と言っていたけど、十割に近いのだろう。保健所がダウンするのも通常時ではありえない。
「なるほどね、だから君は躊躇なく人の家に侵入できたの」
お気に入りの家を壊され嫌味が止まらない。
「そ、そうです」
少しギクッとしているがそれでいい。彼女は反省してほしい。
そういえば、年齢と名前をまだ聞いていなかった。
「君、年齢と名前は」
「速水美琴、17歳です」
高校生という予想はあっていたわけだ。
「私は神川禊。20歳よ。」
この先、生き残っている人類が何人かわからない中、同じ年代の女の子がいるの心強い。
「神川さんは、Rウイルスに一回感染されたんですか?」
「感染したけど、ギリギリ生き残ったわ。死にかけたわね」
闘病した五日間の記憶は大部分が吹き飛んでいる。しかし、残った記憶は壮絶だ。
「速水ちゃんはどうなの、かかったの?」
首を傾けながら彼女は言う。
「多分かかったんですが症状は出ませんでした。ただ、」
「ただ?」
「ある時から身体能力が格段に上昇しました。」
私は炎を出せた。彼女は身体能力が向上した。
「Rウイルスに感染して生き残ったなら、なんらかの恩恵にあずかることができるのかしら。私はさっき炎が出せたわ。」
「お姉さんは炎、ですか。」
恩恵には種類がある。今後、出会う人もそれぞれの恩恵を持っているはずだ。
本題に入ろう。
「ねえ、速水ちゃん。これから私と一緒に行動しない?」
「え……いいですよ。」
何も考えることなく即答した速水ちゃんに今度は私が驚く番だった。
「もうちょっと考えなくていいの?」
「はい。迷ったら直観に従えというのが私の教理です。」
「飛び出せ!炎よ。バーニング!」
事前の作戦通り私の手から出た真っ赤な炎が巣を焼き焦がし、今回の獲物である灰色の怪鳥二匹は慌てて出てくる。鳥に合わせて、速水もチーター並みのスピードで走り出した。
そして、跳ぶ。二メートルほどある鳥のかぎづめに手から飛びつく。
「グェッッッ」
「ファイアーボール!」
驚いたところを私の炎の球で撃ち抜く、予定だったが鳥が速水を落とそうと暴れた影響で炎の球は5mほど横にずれた。
「あ、まずい」
速水をかぎづめに残したまま、鳥は勢いよく上空に飛び上がる。周りの木々が風圧で揺れた。
鳥は周りの木々を優に超え、空を滞空する。
「パキュア、パキュア。」
鳥の灰色の身体が一瞬青色に輝く。直後、鳥はその口から水色の球を放ち始める。
一つ目は私の隣で爆ぜて、地面に多大な亀裂を残した。左に逃げて、二つ目を避けた。撥ねた水が熱い。
通常攻撃じゃあそこには届かないか。しょうがない、とっておきである。
「じゃあ速水、時間稼ぎ頼むよ。」
「はやいとこ片づけてっっっっ!」
最大で射程距離が10mである私の炎魔法の射程を30mにこれから引きのばすのだ。無茶言わないでほしい。とりあえず、私が持ってる杖を拡張する。折り畳み傘のように、先端が伸びるのがこの杖のいいところだ。
「ファイアーボール レンジ ショート ツゥー ロング」
長さを拡張した都合上、ファイアーボールの半径は半分ほどになっている。今度魔法を外してこれ以上空に登られると、本当に当たらなくなるので絶対に当てなくてはいけない。
「撃ち落とせ」
今回は怪鳥の右翼に炎の球がクリーンヒットした。鳥の上体のバランスが崩れ、綺麗に墜落し始める。
「速水、落ちるよー」
「おいよ。はっ」
かぎづめを抜ける時に、少しだけ剣で切り付けて彼女は落ちる。いつ見ても綺麗な着地だ。音一つ立てない。
「撃ち落とすの遅かったですよ、もうちょっと早くできたんじゃないですか。」
「ごめんて。」
怪鳥はそのまま東の方角に墜ちていく。
「三百?千はあるんじゃないんですか?」
「いやーお得意先の姉ちゃんといえども、千はむりだなあ。五百でどうだい?」
「Sレートの怪鳥ですよ?八百は欲しい……ぶえ!」
なおも食い下がる速水の首を捕まえて、六百万で怪鳥の取引を終える。
「ありがとねー、是枝さん。」
「どうもー。」
足早に商工ギルドを私はあとにした。
「もっと取れたんじゃないですか」
「あれぐらいでいいの。別に、ぼったくられてるわけじゃないし。あんまり高く売れちゃうと強盗やなんかから狙われるかもしれないでしょ」
「私達なら撃退できるじゃないですか」
「そもそも誰かに狙わるってのは、精神的に摩耗するからお金以上に損なの。」
大きなお金が入った時、私は家に帰るまで安心することができない。不安だから。お金を盗まれないか、落とさないか。
私と速水で暮らしはじめて半年が経過した。世界はRウイルスが流行したその時から大きく衣替えをしている。まず、公的機関は完全に停止してしまった。保健所も、市役所も、消防、そして警察。病院に行くと、保険がないから今までの十倍の額を請求される。家から火が出ても自分で消火するか、諦めるか新しい家に住み映るか選択しなければいけない。持ち主は中で死んでいる可能性が高いが、住む家はたくさんあるのだ。
そして、この世界に起きた大きな変化が一つ。動物たちが、凶暴化したのである。人懐っこい犬でも、人を見たらその鋭い牙でかみつくようになり、鴉はごみをあさるのではなく直接店を襲うようになった。サルは徒党を組んで人里を襲撃しに来ることもある。蟻さえも毒を持っていて嚙まれたのなら重症だ。海に落ちたのなら、どう猛な肉食魚たちに一瞬で骨までしゃぶりつくされる。挙句の果てには、ドラゴンだ。彼らは今空を完全に支配し、人間から制空権は失われた。
動物たちに対抗するために人間側で生まれたのが、「ギルド」である。それぞれがRウイルス感染後に授かった恩恵もしくは後遺症を使い、冒険者ギルドでは、日夜人々が冒険者となり協力して凶暴化した動物たちを狩っている。商工ギルドでは、冒険者が狩ってきた動物を売りさばき、食物としている。
Rウイルスが日本を大きく変えたのだ。
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