第十一幕 65 『迷宮管理者』

 第79階層をクリアした私達は光の渦に飛びこんで、ついに王都ダンジョンの最深部である第80階層へと進む。


 これまでと同じように、ぐにゃり…とした気持ち悪い感覚を一瞬だけ感じ……そして景色は一変した。


 階層を進むたびにその景色には驚かされてきたが、今回もある意味では驚くことになるのだった。





















 私達がやってきたのは、少し薄暗い室内。

 独特の匂いが立ち込めるその部屋は……


「……図書館?」


「ですわね」


「本がいっぱいなの」


 天井近くまで高さがある書棚が幾つも立ち並び、そこにはぎっしりと本が詰まっている。

 それはまさに図書館だった。




「むむむ……読みたい……」


「リーゼちゃん、一先ず我慢ッス」


 まぁ気持ちは分かるけど、ここはダンジョンなのだから自重して下さいな。

 罠とかあるかもしれないし。




 整然と並ぶ書棚の間を、警戒しながら進んでいく。

 先が見えない程に奥行きがあり、また無限に続くのでは……なんて思ったりもしたが……程なく終わりが見えてきた。


 書棚の長い通路を抜けると壁に突き当たり、そこには扉が。

 慎重に扉を開いて中に入ると、そこは読書スペース……というよりは、書斎のようだった。


 執務机と応接セットだけで、調度品のようなものは一切ない。

 広々とした書架と比べれば、小ぢんまりとした空間だ。




 そして、部屋の中には一人の人物がいた。




 私は彼を見て、驚愕に目を見開き絶句する……!




 他の皆も、私ほどではないがダンジョン最深部に人がいた事に驚きの表情を見せている。



 そして件の人物は、私達が部屋の中に入るとにこやかな表情で挨拶をしてくる。


「ようこそ、我が領域へ。ここに人が来るのは本当に久しく無かったこと。歓迎いたしますよ」


「あ、あなたは……」


「賢者リュート……何故ここに……?」


 カイトが言いかけたのを遮るように、呆然とした私の呟きが漏れる。


 そう。

 今私達の目の前にいるのは、見紛うはずもない前世の【俺】。

 いや、記憶にあるよりも少し歳をとったその姿は、私をこのダンジョンへと誘った賢者リュートのものだ。



「ええ!?」


「賢者リュート様……この方が?」


「まさか……そんな長い時を……?」


 遥か昔の人物が未だ存命……どころか、若々しい姿で目の前に現れれば、そりゃあ驚くよね。




 だが、当の本人は頭を振って言う。


「私は賢者リュートではありません」


「え…?でも、その姿は……」


 リュートじゃない?

 しかし、どこからどう見ても【俺】の記憶にある姿と瓜二つ。

 かつて賢者の塔で見た立体映像の姿とも。


「この姿は借物ですよ。これは、かつて唯一人ここまで到達した人間の姿。彼こそが本当の賢者リュートです」


「姿を借りている……?では、あなたは……?」


 姿を借りている……つまり、彼はただの人間ではないと言う事か。

 まぁ、こんなところに居るのだから当たり前なのかもだけど。


 じゃあ一体何者なのか?

 ……何となく予想はつくけど。



「私はこのダンジョンの管理者マスター。あなた方の概念で言えば『ダンジョン・コア』です」



 やはりか。

 こんなダンジョン最深部にいる人間では無い存在など、魔物じゃなければそれくらいしか思いつかない。


 だが、こんな風に会話が出来るというのは、やはり驚き以外の何物でもない。







 さて、彼がリュートでは無いのは分かったが……今回こうしてここまで来たのは彼の足跡を辿り、彼が後世に伝えたかったことを知るためだ。

 そしてそれは、いま私達を迎えてくれた彼……迷宮管理者ダンジョン・マスターも無関係では無いはずだ。



 賢者の書には、ダンジョンの存在意義は異界の扉を封じる事にある、と記されていた。

 それについて詳しく知りたければ、直接ダンジョンを攻略しその目で確かめろ……そう記されていたからこそ、ここまでやってきたのだ。

 ダンジョンと異界の扉……異界の魂との関係を知れば、今後この世界に訪れるかもしれない『魔王』や『邪神』についても、何か分かるかもしれない……と。









 そして迷宮管理者ダンジョン・マスターによって語られるのは、この世界の秘密の一端。


 それは果たして私の運命にどう関わってくるのか……


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