第七幕 26 『武神杯〜本戦前夜その2』

 武神杯予選が終わって闘技場から王城へと戻った私たちは、その足で王城敷地内にある工房へと向かった。


 そこは騎士団員が用いる武具や城内で使う日用品などの製作・修繕を行うところで、専属の鍛冶職人が詰めている。




「すみませ〜ん、親方はいますか〜?」


「あ、姫様!親方ですね、少々お待ちください!」


 工房に入って声をかけると、若手の職人さんが取り次いでくれた。

 彼が工房の奥に行ってそれほどかからずに大柄な男性がやってくる。

 年齢は父さんと同じくらい。

 日に焼けた筋骨隆々の体躯も同じくらい。

 ただ、頭髪はすっかり剃りあげてツルツルで、代わりに立派な髭をたくわえている。



「おお、姫さんか。例のモノ出来てるぜ」


 この人がこの工房の責任者。

 皆からは『親方』と呼ばれているので、私もそう呼んでいる。

 名前はヴェイクさんと言う。

 強面で言葉遣いも荒いが、中身は気の良いおっちゃんである。

 ウチの団員で慣れてるというのもあり、私としてはとっつきやすい人種だ。

 女子供だと見た目で侮らなかったのも高評価だ。



「ありがとうございます、親方!早速見せてもらっても?」


「ああ、もちろんだ。おい、誰か!姫さんのアレ、持ってきてくれ!」


「はい!親方!」



 そうして若い職人さんが持ってきてくれたのは、私の身長よりも長い布で包まれたモノ。

 親方がその包を解くと、中から現れたのは…


「どうだい?姫さんの依頼通り、しっかり研いでおいたぜ。柄の方は取り敢えず有り合わせで拵えてんで、調整がいるが…ここで確かめていくかい?」


「ええ、そのつもりです」


 そう、この工房には私の武器である薙刀の研ぎと柄の取り付けを頼んでいたのだ。

 刀身は例によって[変転流転]の魔法によって私が製作したのだが、やはり刃の部分は研ぎが必要だった。


 素材は、レティの伝手でモーリス商会に用立ててもらったミスリルなどの複数の金属鉱石から[変転流転]によって精製したもの。

 これは、軽く強く靭やかで刃物の素材として優れた特性を持つ『精霊銀』と呼ばれる合金素材だ。


 各金属の比率は知られているものの、比重の異なる複数金属を均一に溶融・合金化するためには特別な秘伝の技術が必要とされるので非常に希少な素材である。

 名前の由来は、この合金を初めて作った古代の錬金術師が精霊から教えてもらったと言う伝説による。

 僅かながらアンデッド系の魔物に有効と言われてるので、少しでも『異界の魂』対策が取れれば…と思って作ったのだ。




 受け取った薙刀を手に工房の外に出て、感触を確かめるように何度か素振りを行う。


「どうだい?」


「ん〜、そうですね…もう少し短い方が良いかな?あとこれくらい。それと、重量バランス的には柄がもう少し軽いほうが良いんだけど…」


 と、実際に振り回してみて調整したい内容を伝えていく。

 そんなに武器に拘る方ではないのだけど…折角一から作るのだから納得いくものにしたい。


「ああ、そのくらいなら直ぐに出来そうだな。少し待っててくれ」


 そう言って親方は工房内に戻って行った。


 親方が調整してくれる間は護衛の二人とお喋りしながら待つことに。


「本戦からあの…『薙刀』を使うのですか?」


「うん、そのつもり」


「リュシアン様から聞きましたけど、カティア様が一番得意な武器なんですよね」


「剣と比べてそれほど明確な差がある訳じゃないけどね。対戦相手との相性によっては剣の方が良い場合もあるから使い分けるつもり」


「なるほど…じゃあ剣も新調すれば良かったんじゃないですか?結構年季が入ってますよね」


「そうなんだけど…どうも今の剣に愛着があるんだよね」


 父さんから贈られた剣をずっと大事に使ってるから、もうそろそろ…とは思っても、なかなか踏ん切りがつかないんだ。

 命を預けるものだから、よっぽどガタが来たら流石に新調するつもりだし、そうなったらそれこそ[変転流転]で生まれ変わらせても良いと思ってる。



 しばらく話をしていると、親方が工房から出てきて薙刀を渡してくれた。


「じゃあ、また試してみてくれるか?」



 再び薙刀を振るって感触を確かめると、先程よりしっくりくる。


「…うん、良さそう。親方、ありがとうございます!」


「問題なさそうだな。それにしても、姫さんは変わった武器を使うな。確か『ナギナタ』…だったか。グレイブに似ているが、穂先は東方の『カタナ』のようだ」


「ええ、同じ東方の流れをくむ武器です。グレイブよりは斬撃向きですね」


「そのようだ。しかし、まるで武術と言うよりは舞を舞っているようだな」


「そうそう、華麗で美しいですよね〜」


「そ、そうかな…」


 確かに、型をなぞると舞のように見えるかもしれない。

 実際『舞』が付く技名もあるし。



 ともかく、これで新たな武器も手に入ったし、明日の本戦に向けて気合も入るというものだ。

 改めて親方にお礼を言ってその場を後にした。











「カティア様、おかえりなさいませ。それと、本戦出場おめでとうございます」


「ありがとう、マリーシャ」


 自室に帰ってくると、出迎えてくれたマリーシャに祝福された。

 彼女は今日はお休みじゃないから試合は見に行けなかったはずだけど、誰から聞いたのだろう?


「私は残念ながら応援にはいけませんでしたが、今日遅番で観戦に行った者がおりまして。ふふ…怪しげな格好をした選手が激戦を制した、と」


「まあ、怪しいよね……明日はマリーシャも観戦出来るんだっけ?」


「はい。陛下の側付きとしてですが…カティア様の勇姿が今からとても楽しみです」


「うん、明日も頑張るよ。初戦の相手はかなり強いし、面白い試合になると思うよ」


 あのエルフ少女。

 相当な実力者だ。

 熾烈な戦いになるのは間違いないだろう。


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