第四幕 10 『潜入』


 作戦会議から二日後、いよいよ潜入作戦を決行する事になった。


 私とルシェーラ様、ケイトリンさんは協力者の一人である衛兵の人に連れられて領主邸へと向かっているところだ。


 特に拘束されたりはしておらず、普通に歩いている。

 無理矢理連れ去られる人だけでなく、諦めて大人しく付いていく人もいるらしいので特に不自然ではないそうだ。


 当然、魔法薬で髪の色も変えている。

 ケイトリンさんは面が割れてないのでそのままみたい。


 あと、作戦中は偽名を使うことになっている。

 私は『ティア』、お嬢様は『シエラ』、ケイトリンさんは『ケイト』だ。

 元の名前を少しもじっただけだが、あまりかけ離れていても咄嗟に出てこなくなるので、これくらいがいいだろう。




 さて、私達はついに街外れにある領主邸の門前までやって来た。


 街の規模自体はブレゼンタムと比べるべくも無いが、領主邸の大きさはブレーゼン家のそれよりもかなり広いらしく、門一つ取ってもその大きさに圧倒される。

 お嬢様に聞いたところによると、伯爵邸としては大きい方だが、常識の範囲内ではあるらしい。


 …侯爵様はもう少し贅沢してもいいと思うな。



(…いよいよですね。さて、どうなる事やら…)


(先ずはどこに連れて行かれるか…直ぐに先に囚われた女性達のもとに連れてかれるなら良いのですけど)


(まあ、入ってみないと分かんないよ。それよりも、離ればなれにならなければ良いのだけど)




「お疲れ様です、新たに女達を連れてきました。引受をお願いします」


 私達を連れてきた衛兵さんが、邸の守衛に取り次ぎをお願いする。

 守衛が中に入って暫くすると、邸の使用人らしき初老の男性がやって来て私達を中に招き入れる。


「ようこそいらっしゃいました、と言うのは少々おかしい気もしますが…それ程怖がらずとも良いですよ。さあ、こちらへ」


 どうもこの人はこちらを哀れんでいるような感じで、なるべく怖がらせないようにと気遣ってくれているようだ。

 この人にとっても不本意な状況と言う事なのだろうか。


 邸の前庭を歩きながら話をしてみる。

 少しでも情報収集しないと。



「あの…あなたは?あ、私はティアと言います」


「ああ、申し遅れました。私は先々代様からこの邸に仕えておりますスコットと申します。…ここまで来てそのように落ち着かれているとは、中々肝が座っておいでのようで」


「え?あ、あの、もう諦めがついてるというか……でも、ここに連れられた女の人達がどうなったのかが分からないので、これでも不安なんです。」


(…ティアさん、自然な感じでナイスですわね)


「そうですね…今までここに連れられてきた人達は元気に過ごしていますよ。…少なくとも健康ではあります」


 …何か含みのある言い方だね。

 まあ、若い女性ばかり集められてるのだし、どういう扱いをされているのかは何となく察することはできるけども。


 例え無事救出して、身体は無事だったとしても…心のケアが必要になるかもしれない。



 というか、私達もそういう目に合う危険があるのだから、さっさと情報収集して突撃してもらわないと。



「これから、先にここに来た娘たちと同じところに案内しますよ。基本的にはそこに居てもらうのですが、邸内でしたらある程度の自由はありますよ」


 へえ…がちがちに監禁ってわけじゃないんだ。

 今前庭を歩きながらあたりを見回して見ると、あちこちに見張りはいるみたいだけど、それほど厳重という感じもしないけど…


「その、逃げ出そうとする人はいないのですか?」


「…そうですね、居なかった訳ではありませんが…無事に過ごしたいのであれば、それは考えない方が良いとだけ言っておきます」


 これまで逃げ出せた人がいるという情報は聞いてないから、皆捕まったんだろうけど…

 見た雰囲気以上には監視はしっかりしてるのだろう。


 しかし、そのとき捕まった人はどんな目に合わされたのか…




「私達…これからどうなるんですの?」


 お嬢様が不安げな表情で、心底怯えるように呟く。

 なかなか演技派ですね。

 今度舞台に出てみません?


「あなた達はこの邸でゆっくり過ごしてもらえればそれで良いのです。ただ、領主代行様のお眼鏡にかなった際には…それ以上は言わなくてもお分かりでしょう?あなた達には不幸なことかとは思いますが…私ではどうする事も…」


 はいはい。

 分かりたくないけど分かりますよ、まったく…


 でも、やっぱりこの人にとってもこの状況は本意ではないみたいだ。

 何とかしてあげたいけど、それだけの力が無いことを嘆いているのが言葉の端から伝わってくる。




 それにしても…

 ヨルバルトさんに聞いた話からすると、マクガレンは『異界の魂』に囚われているのは間違いないはず。

 人間に取り憑いた場合、その人間が抱える闇の部分…欲望や妄執を増大させると言う。


 つまり、闇に囚われて増大した欲望や妄執というのが…女性達を集める理由なのだろう。






 話しながら歩いているうちに、本屋の玄関までやって来た。


 門からここまで優に100メートルはあったよ。

 見取り図見て把握していたはずだけど、どんだけ広いんだ…



 重厚な両開きの大きな扉を開いて中に入ると、広々とした玄関ホールの空間が私達を迎える。


 中は静まりかえっていて、他の使用人の姿などは見えない。



「さあ、こちらです」


 そう促されて進んでいくのは、玄関ホール右手奥の扉。

 事前に図面で確認した情報からすると、どうやら客室棟に連れて行かれるみたいだ。


 取り敢えず、牢屋に入れられるとかじゃないみたいなので一安心かな。



 扉の奥には長い通路が続いていて、そこを進んでいく。


 右手側は一面壁が続いているが、左手側は腰の高さくらいの柵となっていて、一定間隔で柱が並んでいる。

 こちらは中庭に面しているようで、所々にある柵の切れ間からそこに行けるようになっている。


 と、その中庭にある四阿ガゼボに何人かの女性が集まっているのが見えた。

 ここからだと遠目で表情までは見えないけど、穏やかな雰囲気で悲壮な感じはしないように見える。


「あの…あそこにいる人たちはもしかして…?」


「ええ、あなた達と同じく、税を払えないということで連れてこられた娘たちです。先程も申し上げましたが、ご覧の通りこの邸の中であればある程度の自由は保証されています。生活自体に不便はありませんから、彼女たちはここの生活にも慣れて、比較的馴染んでる方なのでしよう」


 う〜ん、意外と好待遇なんだね…


 もちろん、本人の意思によらず連れてこられた挙げ句、女性の尊厳を無視される事を考えると、住環境の待遇が良いからといって許されるものではないのだけど。



 そして、中庭を回り込むように通路をしばらく進んでいくと、客室棟の入り口までやって来た。


 本屋よりは小さな建物のはずだが、それでも十分に立派で大きい。

 まあ、高位貴族がお客さんを泊めるところだしね。



「あなた達の部屋は3階です。申し訳ありませんが、この客室棟も手狭でして、三人とも同じ部屋となります」


 いや、それはむしろ助かったよ。

 バラバラにされる懸念もあったからね。


 そして、三階まで上がって部屋の前まで案内される。


「こちらです。出入りは自由にしてもらって構いませんが、夜は出歩かないでください。何か御用がありましたら、一階に使用人が詰めていますのでお申し付けください。食事は部屋までお持ちいたします」


 …普通に客待遇だね。

 潜入作戦と言う割には拍子抜けだなぁ…


「では、私はこれで失礼いたします」


 一通りの案内を終えて、スコットさんは去っていった。


 さて、取り敢えず部屋の中に入りますか。









「ふえ〜、何か立派な部屋だね〜。三人でも十分な広さだよ」


「ほんとに。何だか好待遇だねぇ」


「お二人とも。目的を忘れないでくださいまし」


「もちろん忘れてなんていませんよ。でも、予想外の待遇でちょっと拍子抜けしてしまったのは否定できません」


「そうですわね。皆さんご無事…と言って良いのかは分かりませんが、思ったよりは酷いことにはなっていなかったのはせめてもの救いでしょうか。もちろん皆さんが受けたであろう屈辱は百倍返しにして殺すヤル必要がありますけど」


 おお…敵を目前にして再び怒りが湧いてきたみたいだね…

 ちょっと怖いです…




とにかく、取り敢えず潜入はできたので、外で待機しているメンバーに連絡しましょうかね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る