第四幕 9 『作戦2』


「これが邸の見取り図です」


 ヨルバルトさんが何枚かの図面を取り出して私達に説明する。

 リッフェル家は伯爵位のはずだが、侯爵位のブレーゼン家の邸よりも幾分か広い気がする。


「女性達が囚われているとしたら…監視も必要になるでしょうし、ある程度まとめられていると思います」


「今まで何人くらい連れてかれたんですの?」


「正確な人数までは押さえていませんが、我々が把握してるだけでも50人ほどです。もう少し多いかも知れませんが…それ程の人数を収容できる場所は限られてきます」


 そう言って、図面上のいくつかの部屋を指差していく。


「まずは一階の大広間。ダンスホールにも使われる邸では一番広い部屋ですね。ただ、そのぶん出入口も多いので監禁には向きませんし、生活するには不便です」


 一階の中央あたりを指す。

 確かに邸の中ではそこが一番広い部屋だ。


「そして、客室棟。人数的にはキャパを超えてますが、詰め込むことは可能でしょう。本邸への通路と棟自体の出入口を押さえておけば棟全体が監禁場所になり得ます。候補としてはこちらのほうが可能性が高いと思います」


 次に指差すのは、本邸から少し離れた所にある別邸。

 本邸からの通路で繋がってるほか、棟自体に出入口が一箇所ある。

 この二箇所を押さえるだけで封鎖できるということだ。

 生活環境も整ってるし、こちらの方が可能性が高いだろう。


「最後に、ここ。地下牢獄ですね」


「…何で領主邸にそんなものがあるんです?」


「リッフェル領主邸は昔の砦跡を改装したものです。なので、その名残が残ってるのですが、これまで使われておりませんでした。…正直人数的にはここが一番可能性が高いのでは…と思ってます」


 地下の入口を見張るだけで良いからね。

 でも、そうなると女の人の扱いはあまり良くないかも。


「牢屋に入れられたら身動き取りにくくなるなぁ…まあ、他もそうだろうけど、物理的にね」


「お前、簡単なやつならピッキングできんだろ」


「…まあね。ヘアピンの一つでもあれば」


 ロウエンさん直伝の技ね。

 …よく考えると、私って何なんだろう?

 ロウエンさん自身は冒険者をやるようになってから覚えたらしい。

 傭兵時代はトラップ探知とか鍵あけとかのスキルは関係ないもんね。



「牢の鍵さえ何とかなるなら、むしろ本邸とは離れにあるから脱出はしやすいんじゃない?」


「見張りの数にもよりますけど、たしかにそうかも知れませんね」


 ケイトリンさんの言葉を肯定する。

 外部のフォローがあればやりやすいかもね。


「後は叔父上たちですが…恐らくですが先代様の部屋にそのまま軟禁されてるのではないかと思われます。この部屋です」


 二階のかなり大きな部屋を指し示す。


「もちろん、そこではなく他の場所にいる可能性もあるのですが…」


「屋敷内部に入れさえすれば、私が[探知]で探るわよ。見取り図を覚えといて照らし合わせれば、それらしい反応と場所でだいたい分かると思うよ」


 ケイトリンさんの言う[探知]とは、周囲に微弱な魔力波動を放って気配を探る魔法だ。

 熟練の斥候のような事ができるというわけだ。


「すみませんがお願いしますね、ケイトリン。…さて、監禁場所の予想はこんなところですが、何れにしてもやってもらいたいことは同じです。囚われの人達の監禁場所とその状況、あとは父…いえ、マクガレンの居場所が確認できたら先ずは一報を下さい」


「分かりました。その後は?」


「状況報告の内容によって動きは変わるかも知れませんが…まず邸の周辺で陽動をかけますので、それに乗じて囚われの人達を脱出させます。一座の皆さんには邸の外に待機していただき、脱出させた人達の保護をお願いしたい。保護を確認できたら精鋭部隊が一気に突入し潜入組と合流、そのままマクガレンを打倒。概略としてはこんな感じですかね」


「一座の連中には作戦伝えれば、ティダのやつが上手いこと動いてくれるだろ」


 丸投げだね。

 まあ、ティダ兄なら問題ないだろう。



「あとは、カティアさんとルシェーラさんにはこれを」


 といって渡されたのは瓶に入った怪しげな液体。

 魔力を感じるので何かの魔法薬かな?


「これは?」


「一時的に髪の色を変える魔法薬です。あなたたちは顔が割れているでしょう?」


 そうでした。

 潜入するのであれば、このままじゃ無理だったね。


 しかし…これを飲むの?

 色がどぎつい紫というか、ピンクというか…


「…これ、飲むんですか?」


「う…ちょっと勇気が要りますわね」


「ああ、これは髪に塗るものですよ。色は決められないのですけど、効果は一週間ほど続きます。落とす薬もあるので、作戦が終わったらすぐ戻せますよ」


 あ、良かった。

 こんな体に悪そうなもの…と思ったよ。


 何色になるか気になったので早速試してみる事にした。




「…お嬢様は銀髪ですか。綺麗ですね〜。ほんと、髪の色が違うだけで全然印象が違います。これなら多分バレることはないかと」


 お嬢様の艷やかな黒髪は、今は透き通るような銀髪になっていた。

 神秘的で、可憐な顔立ちとも相まって妖精のようだ。

 元の髪色とは真逆の色合いなので、印象はかなり違ったものになるだろう。



「カティアさんは黒くなりましたわね。なかなかお似合いですわ」


「カイト、ど、どうかな?似合ってる?」


「ああ。黒髪もよく似合う。新鮮だな。だが、やはりカティアは元の髪色が綺麗だと思うぞ」


「そ、そお?えへへ…」


「「「…」」」


「ま、まあ、これで素性がバレるリスクは減らせるでしょう」






 その後、潜入組以外も含めて、メンバーの役割や作戦の詳細を詰めるためにさらに話し合いを続けた。


 なお、ミーティアは私達が作戦行動中はここで面倒を見てもらえる事になった。

 レジスタンスには非戦闘要員の女性メンバーもいるのだが、私達が話し合いをしている間に可愛がってもらい、すっかり餌付けされていた…

 大人しいと思ったらいつの間に…






 作戦は決まった。


 後は身代わりになれそうな人がタイミングよくいるのか、だが。

 それをヨルバルトさんに聞いてみると…


「実際に誰かの身代わりになる必要はありません。衛兵の中にも協力者がいるので、捕まったふりをしてもらえれば。本当は邸内部の様子も聞ければ良いのですが、外回りの衛兵ではそこまでは分からなかったのです」


 流石に邸の警備はそれなりに堅いということかな。

 でも内通者がいるなら使わない手はないね。



「…で?決行はいつにするんだ?すまねぇが、俺らもいつまでもここで足止め食らってる訳にはいかないんでな」


「そうですね。根回しも必要なので流石に今日このまま決行…とはいきませんが、明日か…遅くとも明後日までには動けるようにしましょう」


 ウチの一座の皆にも協力を取り付けなければいけないし、準備も色々あると思うけど、明日明後日決行と言うのはかなりのスピードだと思う。

 多分、作戦の草案自体は元々考えられてたんだろうね。


「一座の方々への伝達や諸々の準備はこちらで行いますので、皆さんは作戦決行まではこちらでお休みください」


「ああ、そうさせてもらうわ。ところで、ここは何処なんだ?街の外なのは判るが…」


 窓の外には木々が見えていて、どこかの森の中のような感じだが。


「ゴルナードの街の少し北にある森の中です。表向きはただの民家ですが、かつての盗賊ギルドのアジトの一つですね。まあ、彼らも古代の施設をそのまま利用してただけだったみたいですが」


「ああ…何でも先代領主の管理下だったとか。実際には子飼いの者が管理してるとも聞いたが」


「…それは私のことです。もともと私はレジスタンスではなかったのですが、協力を申し出たらいつの間にかリーダーのような立ち位置に…。正直に領主代行の息子と言うのも憚れたので、子飼いの者と名乗ったのです。まあすぐに素性は知られたのですがね」


 でも、知られてなおリーダーやってるんだから、そこは人柄なんだろうね。

 少し話しただけでも誠実なのが分かるし。



 とにかく、これで作戦会議は終了。

 準備はレジスタンスの皆さんにお任せして、私達は作戦決行までゆっくりする事に。


 何か手伝うことはないか、と申し出たんだけど、これ以上この領の問題で迷惑はかけられないと丁重に断られた、

 別に気にしなくても良いのに。

 というか、相手が『異界の魂』である以上、私も無関係ではないのだけど。


 まあ、せっかくのご厚意なのでゆっくり休むことにする。



 ただの民家と言う割には相当広いと思うのだけど、流石に全員分の部屋があるわけでもなく、私とミーティアと…カイトが同室だ。

 もう誰も何も言わなくなった。

 ちょっと嬉しいと思ってるのはナイショだ。


 まだまだ日は高いけど、迂闊に外に出るわけにも行かないので部屋で寛ぐ事にした。








ーー ???? ーー



「…はい、決行が決まりました。明日か明後日には動くと思われます……はい、引き続き動きがあれば報告いたします。それで…そちらの状況は?」


 カティア達が滞在するレジスタンスのアジトから程近い森の中で、フードで顔を隠した怪しげな人物が何事かを話している。

 誰か相手がいるかのような口ぶりだが、不思議なことにその会話の相手は近くに見当たらない。


 謎の人物は手に薄い板のようなものを持ち、それを顔の横に近づけながら喋っている。

 もし、カティアがその様子を見ていたのならば、それが何なのか分かっただろう。


「…なるほど、ギリギリ間に合いそうですか。何とかお願いします。…それと、作戦が始まったら私も暫く連絡が取れなくなると思います。…ええ…はい…そうですね……では、そのようにお願いします。ところで…」


 一通り報告と相談事が終ったのか、謎の人物はそれまでの緊張感が漂う雰囲気を一転させて、幾分砕けた感じで切り出した。


「あの〜、この件が終わったら休暇もらえませんかね?ここのところ働き詰めですし…え?次の仕事がすぐ始まる?そこを何とか…だってもう一年近く休みがないですよ?…え、自分も休んでないですって?知りませんよそんなの。部下を休ませるのも上司の務めだと思うんですけど?…聞いてます?……あれ?もしもーし?………切られた」


 がっくりと項垂れるその様子には哀愁が漂っている。

 どうやら彼?彼女?が休みを取れるのはまだまだ先のようだった…


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