第四幕 8 『作戦』


「異界の魂が乗り移った人間…それは、かつて『魔王』と呼ばれる存在にまでなりましたわ」


「300年前の暗黒時代の伝説ですね。グラナ皇帝が魔王となって強大な力を得た、と。…父にもそのような強大な力があると?」


「それは分かりませんが、異界の魂が人間に取り憑いた場合はより強大な力を持つ傾向がある…らしいです」


 かつてブレゼンタムのギルド長やリル姉さんにも聞いた話だ。

 かつてのグラナ皇帝は自らの魂を『黒き神』に捧げて魔王になった。

 今回の件も『異界の神』を信奉する宗教が関わっていると言う。

 『黒き神』と『異界の神』は恐らく同じものだろう。

 そうすると、黒幕はグラナ帝国か…?


 憶測に過ぎないが、警戒するに越したことはない。

 もう情報は押さえているかもしれないが、侯爵様や国には伝えた方がいいだろう。



「そうすると、かなりの難敵と予想されます。真正面から乗り込むのは得策では無いでしょう」


「それもそうだが、とにかくカティアのシギルが無けりゃ話にならん。それに、前回みたいにオキュパロス様の助力を期待するわけにも行かないだろう。確実にあの『闇』を封じ込めねぇとこっちがお陀仏だ」


「多分それは大丈夫だよ。最初からシギルを発動させて光の結界に封じ込めてから肉体を滅ぼせば倒せるはず。その状態なら物理攻撃も効果があるよ」


 あの夢で見た倒し方だ。


 あれはただの夢じゃない。

 過去に実際にあった出来事だ。

 夢が根拠だというのは説明しにくいけど、不思議なことに私自身は間違いないと確信しているのだ。


 ただ、光の結界が本当に私にも出来るのかは事前に試しておきたいね。


「倒す算段は付けられそうだ、と。そうすると、如何に邪魔されずに戦いに持ち込めるか、か」


「それもありますが、叔父上たちや連れ去られた女性たちの安否も気になります。おそらくは領主邸に囚われているとは思いますが、何とか探りを入れられないものか…」


 そうだ。

 先代領主様と現領主様、女の人たちも助けなければだ。

 迂闊に突っ込んで人質にでもされたら厄介だ。

 出来れば戦いに望む前に監禁場所や安否についての情報が欲しいし、可能なら救出したい。



「どうにかして潜入できないですかね…」


「…ひとつ、手が無いわけではありません」


「どんな手です?」


「わざと捕まるのですよ。差押えと称して無理矢理若い女性を拉致している…それに乗じるのです」


 なるほど。

 それが一番手っ取り早いかも。

 となると…流石にお嬢様にお願いするわけにも行かないし、私の役目だよね。


「確かにそれが手っ取り早いですね。誰かの代わりに私が捕まれば…」


「カティア、俺は反対だ。捕まった人達がどういう目にあっているのかも分からない。お前をそんな危険に晒すわけには…」


「そうだな。俺も反対だ。娘をみすみすそんなところにやれるかってんだ」


 ふむ。

 カイトと父さんは反対、と。

 そりゃあ、恋人(仮)と父親だもんね。


 でも、他に良い手があるかな〜?


「カティアさんだけ危険に晒すわけにはいきませんわ。もしその手で行くなら私も一緒に行きます」


「いやいやいや、流石に不味いでしょう。侯爵様に怒られちゃいますよ」


「ですが、一人だけでは危険です」


「まあ待てって。その作戦で行くって決まったわけじゃねえ」


「でも父さん、他に何か作戦はあるの?確かに危険はあるけど、少なくとも確実に内部に入り込めるんだし、これ以上の策は無いと思うけど」


「問題は中に入った後だろ。中がどういう状況なのか分からねぇんだ。その後の行動が決めらんねぇと、作戦なんて呼べねぇだろ」


「ダードさんの言う通りだ。一旦中に入ってしまえば、外部と連絡を取るのも難しくなる。外からフォローが出来ないとなれば、単独行動と言うことになるが…何かあってもこちらで把握できないのは余りにも危険だろう」


 二人の言う事も一理ある。

 だけど、虎穴に入らずんば…とも言うしねぇ…


 と、そこで私達の問答を黙って見守っていたヨルバルトさんが割って入る。


「連絡を取る手段はあります」


 と言って、彼が取り出したのは…


「これは…耳飾り?」


 青い宝石をあしらった、シンプルながらもどこか神秘的な雰囲気の耳飾りが二組。


「これは、『念話の耳飾り』と言います。対になったもの同士限定ですが、その名の通り[念話]が使えます」


「[念話]…神代遺物アーティファクトですか…」


 [念話]は神代魔法だ。

 それが使えると言う事は神代遺物アーティファクトに他ならない。


「ええ、リッフェル家の宝物庫で保管されていたものです。邸から脱出する際にくすね…持ち出してきました。これがあれば離れていても連絡を取ることができます」


 …いま、くすねてきた、って言おうとしなかった?


「なるほど…それなら随時状況を伝えて、場合によっては外部からのフォローも可能ですわね」


「はい。もし、内部潜入作戦を採るのであれば、潜入した者の状況報告次第で外部の者も臨機応変に動くことが可能になるでしょう。もちろん、事前に考えられるだけの行動指針は決めておく必要はありますが」



「どう?父さん、カイト。これがあるなら連絡は取れるし、状況さえ分かれば動きも決めやすいでしょ?」


「…気は進まねぇが、まあ分かった」


「感情的には反対なのは変わらないが、他に手は無いか…だが、お前に何か危険が及ぶと分かれば、俺は無理矢理にでも突入するぞ」


「カイト…」


 もう、カイトってば。

 そんなに熱い気持ちをぶつけられたら、キュンッ、てなっちゃうじやないか。


「はいはい、お熱いですわね。では、潜入作戦を決行すると言う事でよろしいのですね。…ただ、やっぱりカティアさん一人では危険ですわ。私も一緒に潜入します!」


「お嬢様、それは…」


「止めても無駄ですわよ。例え他領の事でも、貴族の不始末は同じ貴族の私が雪がねば!」


 …もう隠す気ゼロだね。

 まあ、今までの言動からもバレバレなので、誰も気にしてないが。


「まあ言うだけ無駄だろ。それに、俺としても単独行動よりは多少安心できる」


「ルシェーラ、カティアを頼む」


「ええ、お任せください!(すっかり恋人扱いですのね)」


 …いいのかなぁ?

 まあ、お嬢様は頼りになるし、私としても助かるか。



「だったら、わたしも一緒に行くよ。ウチの領のことなのに、この娘達に任せっきりにするわけには行かないでしょ?」


 と、ケイトリンさんも参加表明する。


「…そうですね。頼めますか、ケイトリン」


「任せて!これで潜入するメンバーは決まりね。あとは具体的な作戦を決めなきゃね、ヨルバルトさん」


「あっと、その前にだ。ウチの一座の連中はどうしてるか分かるか?あんたたちなら接触してるかもしれんと聞いたんだがな」


 そうだった。

 レジスタンスのメンバーが接触してるはず、と聞いてたがまだ確認していなかった。


「ああ、そうでした。確かに、他の一座の方…ティダさんにあなた達の状況は伝えています。出発の予定を変更して、今は再度宿を取って待機しているみたいですが…」


「…が?」


「いえ…その、どうもミディットという方が大層ご立腹のようでして。…『ダード、帰ってきたらただじゃおかないよ!』だそうです」


 うわあ…

 その様子が目に浮かぶよ…


「…俺のせいかよ」


「その…おじさま、申し訳ありません。ミディットさんには私から謝りますわ」


「ああ、気にすんな。ババァがキレてんのはいつもの事だ」


 それは父さんにだけだと思うよ。

 ばあちゃん的にはお嬢様も年少組扱いみたいだから、素直にお願いしておいた方がいいと思うけど。



「とにかく、ウチの連中に伝わってるならそれでいい。作戦次第では何人か動いてもらわにゃだしな」


「助かります。では、詳細な作戦を詰めるとしましょうか」



 私達が潜入して情報収集するという方針は決まったが、より具体的な作戦行動を決める必要がある。


 最終目標は領主代行のマクガレンを打倒することだが、人外の力を得ているであろう相手を倒すのに潜入メンバーだけで対処するのは不可能だろう。


 外で待機しているメンバーも最終的には打倒マクガレンの戦力として動かなければならない。


 そのためのより具体的な作戦を詰めるために、私達は話し合いを続けるのだった。

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