第四幕 3 『暗雲』

 ドキドキして、なかなか眠れなかったのが嘘のようにぐっすり眠ることができた。

 幸せな気持ちに満たされて…



 そして、あの夢。

 私はついに、この世界に本当の意味で生まれ変わったんだ。

 もはや、【私】と【俺】に境界はない。

 私はカティアだ。




 それにしても…ついにしちゃったんだな…

 あ、いや、キスしかしてないよ?

 ミーティアが寝ている横でそれ以上の事なんて出来ません。

 ちゃんと別のベッドで寝ました。


 しかし、あんなにいい雰囲気になって、キスまでしたのにカイトはよく自制できるもんだなぁ、なんて妙に感心してしまった。

 【俺】の記憶があるから分かるけど、若い男があそこまで行って手を出さないなんて、普通は我慢できないよねぇ…


 わ、私は別に手を出されても良かったんだけど、カイトは真面目だし、それに、私の事を大切にしてくれてるんだろう。

 …むしろ私の方が我慢できなくなって襲っちゃうかも。


 はっ!?

 だめだめ!

 けじめを付けるまではプラトニックなお付き合いだよ!

 全く…いざこうなってみると、いきなり積極的になるなんて。

 あの葛藤はなんだったのか。


 でも、キスくらいはいいよね…?


 そんな事を考えていると、にへら〜、と頬が自然と緩んでしまう。




「なんだ、その気持ち悪ぃ笑いは。…おまえら、さては…」


 あ、いけない。

 いま宿の食堂でみんなと朝食を取ってるところだったよ…


「あらあら〜?カティアちゃん、とうとうオトナになったのね〜」


「ち、ちがうよ!?な、何もしてないよ!!」


「…ほんとに〜?」


「ほ、ほんとだよ…」


「なんにも〜?」


「な、なんにも…」


「キスもしてないの〜?」


「き、キスは…した…」


「あら〜」


「そ、それ以上はしてないよ!!」


「そうなの〜良かったね〜」


「う、うん…」


 あ、何か姉さんの目が凄く優しい感じ…

 からかってるだけじゃなくて一緒に喜んでくれてるんだ。


 そして、いつの間にかカイトは父さんに隅っこに連れてかれて何事か話をしている…


 ご、ゴメン、頑張って…






ーー カイトとダードレイ ーー



「…まあ、お前らのことはもう二人とも大人なんだし、自主性に任せるから別に好きにすりゃいいんだがよ」


「は、はぁ…」


「実際のところ、どうするつもりなんだ?」


「と言うと?」


「お前の抱えてる『問題』ってやつだ」


「…」


「お前の正体から察するに、まあよくあるお家騒動絡みってところか?」


「…そんなところです」


「ふむ。そうすると、なかなか厄介な話だよな。まぁ、お貴族様のことはよく分からんが。…解決の糸口はあんのか?」


「正直なところ、俺一人の力では…厳しいものがあるのは否めません」


「まあ、そうだろ。だがなぁ、カイトよ、それは一人で解決しなければならない事か?」


「えっ?」


「カティアとも約束したんだろ?悩み事を話すって。だが、話をするだけか?アイツの力は不要か?」


「…俺は、カティアを危険に晒したくはありません」


「はっ、アイツがただ大人しく守られるだけのやつじゃない事は知ってんだろ?お前のためなら、アイツはどんな協力だって惜しまないだろ。それこそ、必要なら自分の秘密を表沙汰にする事だって厭わないさ」


「…」


「俺たちだってそうだ。もうお前は一座の仲間なんだからな。俺たちは仲間のためなら命を懸ける。俺たちだけじゃねえ。侯爵やルシェーラの嬢ちゃんだってそうだろ。…まあ、要するに俺が言いてえのは、お前はもっと周りを頼れってことだ。お前には頼れる連中がいる。それだけは覚えとけ」


「はい…ありがとうございます」


「あとは、まあ、イチャつくのは程々にな」


「…は、はい」




ーーーーーーーー








 さて、一行はリゼールの町を出発して再び街道を東に向かって進んでいく。

 次の目的地はリッフェル領領都、ゴルナードだ。


 出発前に宿の人から話を聞いたところ、領都までの街道にも盗賊が出没するようになったらしい。

 やはり農民が食うに困って…というのは昨日遭遇した彼らと同じ境遇だと想像できるが、彼らは領軍によって容赦なく皆殺しにされているという。

 それを聞いたとき、お嬢様は怒りに震えていた。

 同じ貴族としてその所業は相当腹に据えかねるのだろう。


 もちろん、私達だって許せないと思ってるが、自分達で何とかできる問題でもないと弁えてもいる。


 だが、もしそんな非道が行われる場面に直面したとき、お嬢様は…いや、私も、果たして冷静でいられるものだろうか?


 …その懸念が現実になるとは、この時は思ってもいなかった。

 





「こんなにも長閑な風景なのにねぇ…」


「…今朝の話か?」


「うん。たった一人の権力者によって多くの人が苦しんでる。なんでそんな事ができるんだろう…」


 街道を歩きながら、カイトとそんな話しをする。

 一緒に歩いていたお嬢様が複雑そうな表情をしている。


「貴族の権力は民を守るためにあるもの。私達貴族が好き勝手にその力をふるえば、民は傷つき、ひいては国が滅びる要因になりかねない。だから、私たちは己を厳しく律する必要があるのですわ。それなのに…!」


「…ブレーゼン領の領民は幸せですよね」


 侯爵閣下も、奥様も、お嬢様も、民のことを第一に考えるような人達だ。

 そりゃあ、全ての人が幸せだなんて思わないけど、少なくとも盗賊に身をやつすほど困窮してる人なんてブレーゼン領では聞いたことがなかった。


「ブレーゼン領だけではありません。本来、イスパル王国では貴族の意識改革、啓蒙がかなり進んでいて、少なくともこんな状況を引き起こすような暗愚な領主なんていないと思っていましたわ」


「どうせ長く続かないのは分かりきっているのに、何を考えているんだろうな?」


 そうだよね。

 それすら分からないくらいに愚かなのか、それとも、何らかの目的があるのか。

 しかし、どんな目的があろうとも、民を虐げて良い理由なんてない。


 魔物相手ならただやっつければ良いだけだけど、権力相手には力だけで解決できるものではないからなぁ…

 下手すればこっちがお尋ね者になってしまう。


「とにかく。ルシェーラ様の手紙で一刻も早く国が動いてくれるのを期待するしかないですね」


「…そうですわね。歯がゆいですけど、仕方ありません」


 お嬢様はもどかしさを感じているようだが、今できる最善を尽くしていると思う。

 もちろん、そんな事は分かってるのだろうけど、感情というのはままならないものだ。





 と、前方が何か騒がしい。


「どうしたの?」


「…」


 私の質問に父さんは無言で、顎で指し示したその先には…


 !?


「何て…ひどい…」


 そこには、農民らしき人々の無残な死体が横たわっていた。

 20人くらいはいるだろうか?

 生存者は一人もおらず、みな大量の血を流して地面に大きな染みを作っている。

 殺されてまだそれほど経ってないみたいで、腐敗はしておらず、野生動物や魔物に食い荒らされていないのが、せめてもの救いだろうか…


 確かに盗賊行為は罪だ。

 自分が苦しいからと言って他人を犠牲にして良いわけではない。

 だけど…これは余りにも酷すぎる。



「こんな街道筋で堂々と皆殺しとは…イカれてやがる」


「…父さん、このまま野ざらしにしておけないよ。弔ってあげよう」


「ああ…そうだな」


 みんなで手分けして穴を掘り、彼らの遺体を埋葬する。

 魔法も駆使して相当深く掘ったので、動物に荒らされる心配も無いだろう。


 そして皆で冥福を祈った。


「…行くか」


「あ、ちょっと待って。…父さん、他に誰か来ないか見張ってて」


「どうする気だ?」


「エメリール様のシギルの本来の役割は[葬送]。彼らが来世への旅路を迷わないように鎮魂歌レクイエムを…」


 そして、私は彼らの冥福を祈りながら、鎮魂歌レクイエムを歌う。

 私の想いを受けて、シギルが発動する。

 溢れ出した不思議な色合いの光が、優しく彼らの魂を包み込み天に昇って行くように見えた。


 ふと、『ありがとう』という言葉が聞こえた気がした。




「…さあ、行きましょう」





 やりきれない想いを振り払い私達は歩みを進める。


 長閑な風景、晴れ渡り雲一つない青空とは裏腹に、行く先には暗雲が立ちこめているかのようであった。


 そして、鬱々とした気分を抱えながらも私達はリッフェル領領都ゴルナードに到着した。


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