第四幕 4 『新たな夢』


「…何か、暗いね」


「ああ…」


 リッフェル領領都ゴルナード。

 黄金街道の宿場町でもあるこの街は人口およそ1万を数える中規模の街だ。


 この街はゲームでも存在していた。

 だが、ブレゼンタムやブレゼンタム東部遺跡でもそうだったように、現実のこの世界では規模そのものが違うので大きな建物や大まかな位置関係がなんとなく同じかな?といった程度だ。


 ただ、この街には確か…秘密の地下道みたいなものがあったと思う。

 そこを利用する機会はないと思うけど、実際にこの街にもあるのかな?



 そんなことを考えながら街を歩いていく。


 本来ならば活気があるであろう街の中心部。

 しかし、道行く人の表情は暗く、街全体がどんよりとしている印象だ。


「…まあ、ここはあくまでも通過点に過ぎない。一泊したらさっさと出発だな。取り敢えず宿を確保するか…」


 昨日と同じように分散して宿を取る。

 領都というだけあって宿の数も多いので全員問題なく宿泊する事ができた。









 その夜、食事も終わって同じ宿に宿泊するメンバーでロビーに集まり話をする。

 この宿に泊まっているのは、私、カイト、ミーティア、父さん、そしてルシェーラ様だ。


「街はひどい有様でしたわね…」


「…そうですね。やはり、重税が重くのしかかっているのでしょうか」


「それだけじゃないみたいだぞ」


「と言いますと?」


「ギルドで情報収集してきたんだがな。前の街で聞いた噂、本当のことらしい」


「…若い娘を、というやつですか?」


「ああ。それだけじゃねえ、どうも領軍の横暴が酷いらしくてな…暴力沙汰は日常茶飯事、娘を無理矢理連れてかれたなんて話もある」


「…想像以上に腐ってますわね。僅か数カ月でよくもそこまで…」


「今年に入って代替わりした、と言うことですが、それ以前はどうだったんですか?」


「そうですわね…私は直接はお会いしたことはないのですが、父に聞いた話によれば公明正大な人物だと聞いております」


「その方は亡くなったのですか?」


「いえ。確か…病気療養のため、という事らしいですが…この状況を見るとそれも怪しいですわね」


「継いだのはご子息で?」


「はい。ただ、まだ幼いので先代の兄が後見してる…という事だったかと。確かその兄の名前は…マクガレン」


「…何か、すっごくありがちなお家乗っ取りに聞こえるんですけど」


「事実そうでしょうね」


「なるほどな。まあ、聞いてみりゃ単純な構図って訳だ。国が動けばすぐ解決だろ」


「…そうですわね」


 お嬢様の表情は複雑そうだ。

 心情としては今すぐにでも解決したいと言うことなのだろう。

 だが、父さんが改めて釘を刺す。


「我慢ならねぇ気持ちは分かるが、もう俺らにできる事はないぞ」


「ええ、分かっておりますわ。悔しいですけど、今は我慢するしか…」


「お嬢様…」


 どんなに怒りに震えても冷静に己を律する様が、かえって痛々しい。

 この人は本当に上に立つ者として常に正しくあろうとしてるんだね。

 そこが、凄く尊敬できるところなんだけど、何もかも背負い過ぎやしないかと少し心配にもなる。


 実際のところ私達にできる事なんて無いだろう。

 まさか領主邸に乗り込んで、成敗!なんて訳にはいかないし。

 現状を知らせる事ができただけでも役目を果たしたと言えるだろう。




 誰もが釈然としない思いを抱えながら、それぞれの部屋に戻っていった。



 なお、今日はカイトとは別室である。

 二人部屋が空いてなかったからだ。

 ちょっと残念…


 幸いにもミーティアは、昨日のように「一緒じゃなきゃイヤ!」と言うこともなかった。

 どうも、ワガママを言う時でもちゃんと状況を見てるふしがあるんだよねぇ。

 本当の意味で私達を困らせることはないと言うか…

 絶対通らないような我儘は言わないのだ。

 その点、外見年齢よりも相当賢いんだと思う。

 基本的にはすごく聞き分けの良いいい子だしね。



 カイトもいないし、特に夜ふかしすることもなくミーティアと一緒に眠りについた。





















 …これは夢?

 これまで見ていた、自分自身と邂逅する夢の感覚と同じだ。


 だが、もうあの夢を見ることはないはず…



 そう思っていると、ただ果てしなく白いだけだった空間が次第に色付き始めて、景色が映し出されていく。


 これは…森の中?


 鬱蒼と生い茂る木々、僅かな光が差し込むだけの薄暗い森。

 あのスオージの大森林に似ている。


 これは、あの時の記憶なのだろうか?



 …いや、どうやら違うようだ。

 見覚えのない人達が、何者かと闘っている。


 一人は、屈強そうな戦士。

 年齢は若いが、なんとなく父さんに似ている気がする。


 一人は、魔法使いらしき人物。

 黒目黒髪で凛とした雰囲気。

 非常に整った中性的な顔立ちだが、服装から女性であることがうかがえる。

 

 一人は、金髪に翠眼の可憐な少女。

 姫騎士といった感じで勇ましく長剣を振るっている。

 …何だか顔立ちが私に似ているような?


 最後の一人。

 光の加減により金にも銀にも見える不思議な色合いの髪に、菫色の瞳の若い男。

 なんだか凄く見覚えのある色彩。

 貴公子とか王子様といった感じだ。



 そして、闘っている相手は…

 !?

 あれは、まさか!?


 彼らが戦っているのは、一見なんの変哲もないゴブリン。

 しかし、その体には黒い靄のようなものを纏っている。

 見紛うはずもない…

 あれは、『異界の魂』だ!



 異界の魂に乗っ取られたゴブリンは、やはりあの時のオーガと同じように著しく能力が増大しているらしく、およそゴブリン一匹相手とは思えないくらいに激しい戦いが繰り広げられている。


 戦士が盾になって引きつけ、魔法使いが牽制し、姫騎士が斬りつける。

 その間、貴公子は何らかの準備をしているのか、目を閉じて集中している。



 そして、目を開いて何事かを呟くと…

 彼の前に翼を象ったような光り輝く印が現れた。


 やはり…


 これは、過去のリル姉さんのシギルを持った人の記憶?



 シギル発動とともに彼の身体から不思議な色合いの光が溢れ出し、ゴブリンもどきを囲むドーム状の結界になった。



『今だ!リディア!』


『任せて!…ディザール様、我に力を!』


 リディアと呼ばれた少女の言葉とともに、剣と盾を象ったような光り輝く印が現れた。

 シギル持ちがもう一人!?


 彼女から溢れた光は剣に集まって極限までその輝きを増す。


『いくよ![天地一閃]!!』


 大上段から剣を振り下ろすと、剣閃は光の奔流となってゴブリンもどきを襲う!


 結界に囚われていたゴブリンもどきは、避けることもできずにまともに直撃をうける。

 そして…

 光の奔流が過ぎ去ったあとには、肩口から袈裟に分断されたゴブリンの姿が。

 その身体はボロボロと光に溶けて消えていく。

 そして、あとに残るのは何もかもを飲み込むような漆黒の闇。

 肉体を失い剥き出しになった『異界の魂』だ。


『テオフィール!』


『ああ!これで終わりだ』


 突き出した掌をぐっと握りこむと、闇を封じ込めていた光の結界が収縮する。


 闇は最後の足掻きとばかりに蠢いて対抗しようとするが、抗しきれずに光に呑み込まれ…遂には消滅する。


 そして、闇を消滅させた光は無数の小さな光になって散っていき、それも淡雪のごとく儚く空気に溶けて消えていくのだった。




『ふう、終わったな』


『お疲れ様、テオ!ロランにリシィもありがとう!』


『いや、今回はゴブリンで良かったよ。異能も無かったみたいだし』


『本当にね。前回なんて死にそうになったものね。…ロランが』


『…あれは酷かったな。まさかドラゴンとか、ヤバすぎだろ』


『しかし、これでもう10体目か。一体どれ程この世界に迷い込んでいるのやら…』


『大丈夫よ!みんなやっつければいいんだから!』


『…ふ、そうだな。頼りにしてるぞ、リディア』


『うん!テオと一緒なら怖いものなんて無いわ!』



 戦闘が終了して、和気あいあいと話をする彼ら。

 どうやらかなり気心が知れたパーティーのようだ。




 それにしても…

 さっきの戦い方は参考になったな。

 前回私達が戦ったときは、身体を先に消失させてしまったことで危機一髪の状況に陥ってしまった。


 ああやって先にシギルを発動して、閉じ込めてから倒せばいいんだ。

 あの結界みたいにするのは私も出来るのかな?

 前回発動したときは、ある程度私の意思でコントロールできた気がするので何とかなりそうだが。



 そして、もう一つ気になることが。


 テオフィールとリディア。

 聞き覚えがある名前だ。


 300年前の悲劇の英雄、アルマ王国最後の王子がテオフィール。

 その恋人でイスパル王国の姫君であるリディア。



 これは、かつて実際にあったことなのか?

 そして、なんで私は彼らの夢を見るのか?


 繋がりがあるとすれば、やはりそれはシギルだろうか?


 分からない…

 新たな謎に頭を悩ませる。






 やがて、私の意識は浮かび上がるような感覚がして…

 そこで私は目覚めるのだった。

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