第二幕 3 『報酬』

 黒歴史となった夜会からはや数日。

 公演はその日程の殆どを消化し、明日の休演日を挟んで残るはあと三日を残すのみとなった。


 今日の公演を終えたあと、例の『異界の魂』の件でパーティーを組んだ皆とギルドを訪れる事になった。


 思いがけず重要案件となったため時間がかかっていた査定が、ようやく終わったとの連絡が入ったのだ。



「随分と時間がかかったね、父さん」


「そうだな。これほどかかるのはそうそう無い事だ。まあ、俺らが了承したというのもあるが、情報共有とか事後処理諸々を優先したってのもあるだろうな」


「そうだね。あんなのがまだ他にも現れるかもしれないのだから、早く共有しておかないと。侯爵様も大変みたいだね」


「ああ、何でも近々王都に行って直接報告することにしたらしいぜ。もちろん事前に報告は上げてるんだろうが、どのみち国の上層部も交えて対策練らなきゃならんだとさ。社交シーズンでもねぇのにめんどくせぇ、なんて愚痴ってたよ」


「ふふ、面倒くさいなんて言ってても、結構細やかな気配りされるよね、閣下って」


「顔に似合わずな」


 褒めてるのか貶してるのかよく分からない会話をしながら歩いていると、ギルドに到着した。




 今日は午前午後と公演があって、終わってからも後片付けやミーティングなどをしていたため既に夕暮れ時だ。


 ギルドとしては一番忙しい時間帯だが、特殊な案件の応対と言うことでカウンターには並ばずに別室での対応となるみたい。

 何だか他の人たちに悪いね。



 中に入ると、こちらに気づいたスーリャさんがやって来た。


「皆さん、ようこそいらっしゃいました。今回はお待たせしてしまって申し訳ありませんでした」


「あ、いえ。私達は別に急ぎじゃないですし。皆さんの方こそ大変だったのでは?」


「ふふ、大丈夫ですよ。確かにやるべきことは色々ありましたが、侯爵閣下やギルド長が的確な指示をしてくださいましたから。さあ、ご案内致しますね、こちらへどうぞ」


 そう言って案内されたのは、前回報告した時と同じ部屋だ。

 中に入ると既に侯爵閣下とギルド長のガルガさん、『鳶』の面々が待機していた。


 …というか、また閣下もいらしてるんだ。


「おう、来たかお前ら」


「あん?何でまた侯爵サマが来てるんだ?」


「今回はたまたまだ。例の件で俺ぁ王都に行かなきゃならんからな。後事のことを各所に根回ししてるところだ。まあ、せっかくだから査定の結果を聞かせてもらおうとな」


 そんなに忙しいのにマメだよねぇ…


「では、皆揃ったようだし査定結果を報告するとしよう。まず、報酬金額だが…『鳶』『エーデルワイス』双方の報酬を合算して両パーティーの人数で按分という事だったな。それはいいな?」


「ああ、問題ない」


「ええ、その認識で合ってます」


「では報酬の内訳だが、もともとの『鳶』への調査依頼報酬が金貨5枚、侯爵閣下の指名依頼分で50枚、更に国からの報奨金が出ている。これが金貨20枚。すべて合わせて75枚。…一人あたり金貨7枚と半金貨1枚だな」


 わぉ!かなりの額になったね。


 それにしても、閣下の指名依頼分が凄い額だ。

 基本額が金貨10枚だったのに…

 相当高く評価してくれたんだね。

 閣下には感謝しないと。


 それと、国からも報奨金があるのか。

 まあ、今後発生するであろう驚異に対して、有用な情報提供と対策の道筋がついたのだから、そういうのがあってもおかしくないか。



「そんなに…これはカティアちゃんに感謝しないとだね」


「何を言ってるんですか、今回無事に解決できたのは皆の力があってこそですよ!」


「その通りだ。確かに最後の決め手はカティアだっただろうが、そこに至るまでの道筋において皆が持てる力を最大限活かしたからこその結果だろう。侯爵閣下も仰っていたが、自分の成した仕事を誇るといい」


「「「はいっ!」」」


 そうそう、仮に最初からシギルの力に目覚めてたとしても、私一人の力じゃどうにもならなかったんだし。


「うむ。では次に貢献度の方だが、これも全員で均等に按分という事だったな。では手続きをするのでギルド証をいったん預けてもらえるか。スーリャ、頼む」


「はい。では皆様、お預かりしますね」


 そう言ってスーリャさんが皆からギルド証を回収して、部屋から出ていった。


「よし、そこまで時間はかからんだろうから少し待っててくれ。それから今回の貢献度の加算によって、カイト以外の『鳶』のメンバーはBランクへの昇級資格を得ることになるはずだ」


「え!本当ですか?やった〜っ!」


「もちろん昇級するには試験を受けてもらう必要があるが、まあお前たちなら問題あるまい。近日中に昇級試験を受けるのなら、このあと下で手続きしていってくれ」



 おお、これでここにいる面子は全員がBランク以上って事になるんだね。

 私はこの間Bに昇級したばかりなので、次の昇級は相当先の話だろう。

 Aランクは実質的な最高ランクだから、そこまで昇級するのは並大抵の道のりではない。


「ああ、あとアネッサとロウエンはAの昇級試験は受けないのか?大分前から昇級資格自体はあるみたいだが…」


 そう。

 実は姉さんとロウエンさんはとっくにAに上がれるはずなんだけど、試験受けてないんだよね。


「う〜ん、正直昇級のメリットをあまり感じないんスよねぇ…」


「同じく〜。変な二つ名付けられるのも嫌だし〜。うちとしてはダードさんとティダが居れば十分なのよね〜」


 二人はそう言っているが、もちろんメリットは色々ある。

 受けられる依頼はほぼ制限が無くなるし、ギルドが保有する資料などの閲覧権限も殆ど無制限となる。

 あと、Cランク以上のギルド員が引退すると、その功績に応じて手当…退職金みたいなものが貰えるんだけど、Aともなればその金額も相当なものになるはずだ。

 その他にも細々したメリットがある。


 むしろデメリットはほとんど無いのだから、資格を得たら試験を受けるのが普通だ。


 まあ、うちは兼業だからね、それほどメリットを感じないというのは分からなくもない。

 姉さんが言うように身内に既に二人もいるし…て事なんだろう。


 後は…二つ名ね。

 父さんの『剛刃』とか、ティダ兄の『閃刃』とか。

 父さんは大分嫌みたいだけど、姉さんもそんなに嫌なんだ…

 厨二病みたいで恥ずかしい、って感覚はこの世界にもあるみたいだね。


「姉さんに仮に二つ名を付けるとしたらどう言うのになるのかな?」


 思わず私が呟くと…


「『超絶可憐な一輪花』とか」


「もう〜ティダったら〜恥ずかしいわ〜」


「「「…」」」


 ティダ兄のぶっ飛んだネーミングに、いやんいやん、と姉さんが恥ずかしがるが、とても嬉しそうである。

 それで良いのか…




 そんな馬鹿話をしているうちに、スーリャさんが戻ってきた。


「お待たせした。全員分の手続きが完了しました。今回の貢献度の加算により、レダさん、ザイルさん、レイラさん、リーゼさんはBランクへの昇級資格を得ています」


 ガルガさんが言っていた通り、『鳶』の4人が正式に昇級資格を得たようだ。



「よし、これで今回の件は全て片付いたな。まぁ、俺ぁまだいろいろあるんだがよ」


「閣下はいつ王都に向かわれるんです?」


「5日後だ。俺一人だけなら飛竜でも手配してさっさと出発しちまうんだがな。流石にそうもいかねぇ」


 迅速果断の閣下らしいけど、侯爵ともあろうお方が供も連れずに、と言うのはありえないだろう。

 まあ、街中で見かけるときは、供なんかいたためしがないんだけども。


 ブレーゼン領はイスパル王国の西の辺境であり、王都までは数週間はかかるだろう。


「そうですか…道中お気を付け下さいね」


「おう、ありがとうよ。まあ街道を行く分には問題ねえさ。近辺の生態系も戻りつつあるしな」


「せいぜい大人しく護られている事だな」


「全く、事務仕事ばかりで体がすっかり鈍っちまってるぜ…」


「ははっ、手合わせならいつでも受けて立つぞ」


「お前ぇの馬鹿力にゃ、もうついてけねぇよ。…さて、そろそろ俺ぁ戻るかね。…あぁ、そうだ。カイト、カティア、明日時間取れるか?」


「ええ、特に予定はありませんが…」


「私も。明日は休演日なので大丈夫です」


「そうか、良かった。ルシェーラが話があるって言ってたんだ。時間があるならうちに来てくんねぇか」


「承知しましたが…どのような話なのでしょうか?」


「いや、それが俺には教えてくれねぇんだよ…」


 …閣下にはナイショの話?

 なんだろ?

 まあ、行ってみれば分かるか。


「分かりました。いつ頃お伺いすれば良いのですか?」


「何時でもいいと言ってたから、お前ぇらの都合で構わねぇだろ」


「じゃあカイトさん、待ち合わせして行きましょうか」


「ああ、そうだな」


 と言うことで、明日はカイトさんと侯爵邸に伺うこととなった。




「それじゃあ、俺達も帰るか。そうだ、カイト達、一緒に飯食ってかねぇか?」


「ああ、いいですね。下の食堂ですか?」


 父さんの誘いに、カイトさんと、『鳶』の他の皆も了承の意を返す。


「そのつもりだ。お前らはどうする?」


「あ、私も一緒に食べてくよ」


「同じくッス」


「すまん、俺とアネッサはリィナが待ってるから帰らせてもらう」


 あ、それはそうだ。

 リィナ放って食べて行く訳にはいかないね。


「そりゃそうか。じゃあ、ティダとアネッサ以外は行くってことで。じゃあ、ギルド長。俺らもこれで失礼するぜ」


「ああ。では、またな」


 そうして、私達はギルド長の前を辞して階下の食堂に向かった。








「えっ!?解散…ですか?」


 ギルド併設の食堂で食べながら話をしていたのだが、驚くべき話を聞いた。


「ああ、『鳶』は今回の件の完了をもって解散することになった」


 そう。

 カイトさん達のパーティー、『鳶』を解散するというのだ。

 カイトさん以外のメンバーも頷いていることから、突然今になって出た話ではないみたいだ。


「えっと…何でですか?それぞれの役割が明確で、パーティーとして凄く完成されてると思うのですけど…皆さん仲も良いですし」


「ああ、別に不満があって、という訳じゃないんだ。以前からそう言う話はしてたんだ。全員Bランクになったら解散するってね。まあ、試験受けた訳じゃないからまだ昇格はしてないんだけど。多分大丈夫だと思うよ」


 私の疑問にザイルさんが答えてくれた。

 喧嘩別れじゃないのは安心したけど、なんでうまく行ってるパーティーを解散させるのかはよく分からない。


「今カティアちゃんが言った通り、うちのパーティーって一人ひとり役割が明確なんだけど…それってつまり、いつも自分がやる事が決まってるって事なのよ」


「でも、それこそがパーティーが目指すべきかたちなんじゃ…」


「カティア、こいつらはな、現状に満足するのでは無くより高みを目指すって言ってるんだよ。確かにパーティーとしては完成されてるかもしれねえがな。個人の成長としては頭打ちになっちまう…そう考えてんだろ?」


「ええ、そういう事です。お互いの成長のためにそれぞれ別の道を歩む。その先でまた一緒に組むこともあるかもしれないですけどね」


「そっかぁ…皆さんそこまで考えてるんですね。すごいなぁ…」


「ふふ、カティアちゃんみたいに何でも高レベルでこなせるのが理想的だけど、流石にそれは高望みね」


 みんな向上心があるよね。

 私も見習わないと。


「それで、皆さんもう次のパーティーは決まってるんですか?」


「いや、解散するのを決めたのは今日だからな。掲示板のパーティー募集とかを見てこれから検討だな」


「あ、私は一度『学院』に行こうかな、と」


「学院…?ああ、神代魔法の件ですか?」


「はい。カティアさんからヒアリングさせて頂いて色々と整理がついたので、本格的に論文にしようかと思いまして」


「そう言えば、リーゼさんは何で冒険者をしていたのですか?」


「そうですね…そこまで深い理由はないんですけど。私って魔法が好きなので、それを実践で活かしてみたいと思ったんです。あとは、冒険者をやってると遺跡とかダンジョンとか行く機会があるじゃないですか。そうしたところで新たな発見が得られるかも、とか夢見たりしてたんですよ。実際、冒険者をしてたからカティアさんに出会って、神代魔法の一つが明らかになりましたし」


「お役に立てて良かったです。まあ、私はオキュパロス様に教わっただけですけど」


「いえ、そもそも神々と直接話ができる事自体が稀有な事ですから…」


「でも、せっかくお知り合いになれたのに、寂しくなりますね…」


「ふふ、番号も交換しましたし、お手紙のやり取りはできますよ。それに、私の実家はブレーゼン領なのでまた戻ってくるつもりですし」


 リーゼさんが言う『番号』というのは、各ギルド員が持つ固有の番号の事で、この番号さえ分かれば特定の居住地を持たなくてもギルドを通じて手紙や伝言などのやり取りが可能なのである。


「そうですか。じゃあまたお会いできる日を楽しみにしてます」


「ええ、私も。研究で何か成果が出たらカティアさんにもお知らせしますね」


 うん、楽しみに待ってます。





「よし、ここは『鳶』の連中の再出発を祝して俺が奢ろうじゃないか!」


「やった!父さん太っ腹!」


「何便乗してんだ、お前は自腹だ」


「ちぇ〜っ」


 ちゃっかり便乗しようと思ったけど、あっさり却下されてしまった。


「ダードさん、そんな…報酬だって融通してもらったのに」


「何言ってる、ありゃあ正当な分け前って話だろ。遠慮すんな」


「そうだよ、カイトさん。遠慮しないでじゃんじゃん頼んでね」


「お前えが言うな」


「「あははは!」」




 そうしてまた、楽しいひと時が過ぎて行くのだった。

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